第十六章 一本の髪の毛よりも…… 03
どのくらい、そうしていただろうか……?
降りしきる雪を、ただ一人で呆然と見上げるラーシュア。
先ほどまでは、時が止まった様に身じろぎも出来ず、アルトと二人で見つめていた雪景色。
しかしアルトは、ラーシュアの他人を拒絶する様な憂いた顔に掛ける言葉が見つからず、深く頭を下げて立ち去っていた。
「慢心……か。偉そうな事を申しておったが、慢心しておったのは、ワシの方じゃったかもしれんな……」
冷たい雪を、その幼い顔に浴びながら、ラーシュアは自嘲気味に悲しそうな笑みを浮べた。
事実、静刀が監視を付けて泳がせると言った時、ラーシュアはそれを止めはしなかった――いや、止めるなど頭の隅を掠める事もなかったのだ。
あの時……遅れてやって来たシルビア達の声を聞いた時。ラーシュアであれば、彼女達が現れる前にあの三人組を消し炭に変える事くらい訳がなかった。
それをしなかったのは、あの男達を脅威とは全く感じていなかったからだ。
しかし、以前の自分ならどうしていただろうか……?
そんな事を考え、ラーシュアは天を仰いだまま瞳を閉じた。
「戦乱の鬼神と言われたこのワシが、すっかりと平和ボケしてしまったようじゃな……」
自己嫌悪に苦笑いを浮かべながら、俯く様に目を伏せるラーシュア。
そう、修羅界の王、そして戦乱の鬼神と呼ばれた彼女であれば、自分に牙を剥いた者を生かしておく事などしなかったであろう。
「人の世の居心地の良いぬるま湯に浸かり、平和ボケした修羅の王か……そんなワシが、偉そうに主の心配などとは笑い話しにもならんな。ただ、それでも……」
瞳を閉じたままで、薄っすらと敷き詰められた新雪へゆっくりと足を踏み出すラーシュア。
「それでも、願わくば、あの娘達が、髪より軽い主の命を繋ぎ止める重しにならん事を……」
そんな呟きを漏らしながら、修羅王の化身は銀色の新雪に小さな足跡を残し、静かに闇の中へと消えて行った。