第十五章 反撃の狼煙 04
今回の黒幕が自分の父であり、この街の領主でもあるアクシオ・カルーラだと告げた伯爵公子。
自分の父親が黒幕であると告白するその心中は、非常に複雑であろう。
ただ、オレの方は、レビンの口から出て来たその名前に全く驚く事はなかった。
善政の領主と呼ばれ、領民からの支持も熱いカルーラ伯爵――
しかしオレは、為政者の二重基準や二面性――裏の顔などはイヤと言うほど見て来たのだ。というより、ほぼ裏の顔しか見ていない。
善政の政治家が裏で暗殺を企てていたなど、オレにとっては日常茶飯事的な出来事である。
ただ、分からないのは、なぜオレが命を狙われるのかという方だ。
いくら、現代日本と比べて犯罪の隠蔽が容易とはいえ、暗殺というのは、それなりにリスクが伴う。
ましてや、暗殺組織を使ったというのであれば、費用もそれなりに掛かったであろう。
正直、カルーラ伯爵とは面識もなければ、接点など殆どないオレ。
この街の領主に取っては見れば、小さな料理屋の料理人でしかないオレの命に、そんな価値などあるのか……?
オレが顔を顰め、ない頭を捻っていると――
「フンッ! 黒幕がお主の父という事は、あのジャジャ馬姫絡みと言ったところかの?」
「なるほど、そういう事ですか……?」
「さすがラーシュア様。一の言から十を知るその慧眼。まことに感服致します」
と、納得する様子を見せる女性陣と、それを肯定するレビン。
てか、シルビア絡みだと? どういう事だ……?
ラーシュアの言葉にますます混乱するオレ。そんなオレを横目に見て、ラーシュアはやれやれとばかりため息をついた。
「レビンよ……世辞はいいから、続きを話してやれ。若干一名ほど、理解出来ん者がおるようじゃ」
「仰せのままに――」
理解力が低くて、悪かったなっ!
若干一名扱いされたオレは、同じ様に横目で恨みがましい目を返した。
そんなオレ達を前に、静かに話の続きを語り出すレビン。
先ほどの逡巡がウソのみたいに、スラスラと清流の様に流れ出る言葉……
謹慎が解かれ、この街に戻って来た頃から伯爵の周りに不穏な動きがあると感じ、レビンは自分の手の者に身辺を調査させたという。
善政の領主と知られるカルーラ伯爵。
だが、裏の顔は王室との絆を強く望んでいる野心家であった。
その為に、彼は様々な策を弄しており、その最たる者がレビンとシルビアの婚姻である。
八方に賄賂を送り外堀を埋め、反対する者には脅迫、時には暗殺という手段まで使っていたというカルーラ伯爵。
しかし、具体的な婚姻の話まで、もう一歩という所まで来て、その話が一気に立ち消えてしまったのだ。
そう、オレという存在の出現によって……
正に、『鳶に油揚げをさらわれた』カルーラ伯爵。
そして、彼がその事を知った時には、既にシルビア自身がオレとの婚約を公言しており、このラフェスタの街では周知の事実となっていた。
ましてや、今のオレは不本意ながら、国王から子爵の爵位を直々に拝命した貴族である。そんなオレを、他の対抗馬と同じ様に暗殺などすればどうなるか……?
そんなもの、考えるまでもない。
もしオレが不審な死を遂げたとなれば、王室も本腰を入れて調査するであろう。そうなれば当然、疑惑の目がカルーラ家に向く。
仮に上手く疑惑の目を躱せたとしても、自分の領内で貴族の不審死などが出たとなれば、その責任を追及される恐れもある。
正にカルーラ伯爵の計画は、頓挫寸前まで追い込まれた。
そんな折、突如現れたのがコロナであり、彼はその彼女に目を付けたのだ。
敵国であるウェーテリードの下層民であり密入国者。更には、人間ではなく異種族……
確かに、贖罪の山羊として、これ以上の存在はいないであろう。
カルーラ伯爵は、そんなコロナを使ってオレを殺そうと企てたというのだ。
「結局……為政者の薄汚い権力争いか……」
口を挟む事なく静かに耳を傾け、全貌を理解したオレ。レビンの話が終わると同時に、自然とそんな言葉がこぼれた。
オレは一度、目を伏せてからレビンへと向き直り、そのローブ姿を正面から見据えた。
「一つ確認だ――お前自身は、この件に関わってないんだな?」
「それは誓って。私自身は、お二人の婚姻を心より言祝いでおりました」
真剣な顔を見せるレビンの目を睨む様に、低い声で問うオレ。
浅く被り直したフードから覗く碧眼の瞳。その蒼い眼に、嘘や誤魔化しといった色は、全く見つからなかった。
「そうか……」
オレは短く言葉を返すと、その純白のローブの方へと歩みを進めて行く。
「行くのか?」
「ああ……」
短く問うラーシュアに、同じく短い返事を返すと、オレはそこで歩みを止めた。
視線を下げたすぐ先にあるのは、血の気のなくなったコロナの満足そうな顔。
レビンの腕の中で眠るコロナの、その冷たくなった頬に、オレはそっと手を当てる。
「オレはコイツの師匠だからな。きっちりケジメは付けてやらないと……」
抑揚のない声でそう告げると、レビンの横を通り過ぎる様に再び歩き出した。
が、しかし――
「イチジョウバシ卿!」
背後から呼び止められ、再度その足を止めるオレ。
「ここは社交会の場でも何でもないんだ。イチジョウバシ卿はやめろ」
「分かりました、お義兄さま」
そのお義兄さんもやめてほしいが――イチジョウバシ卿よりはマシか。
「今宵、我が屋敷の警備は、全て私の手の者に交代させており、お義兄さまのなさる事には一切の手出し無用と伝えてあります。また、当家にお泊りの賓客の皆様には、申し訳ありませんけど一服盛らせて頂きました。身体に害はありませんが、一度眠りに落ちれば、少々の物音程度で目を覚ます事はないでしょう。ただ……」
そこで、いちど言葉を区切るレビン。そして、一拍置くと声のトーンを一つ落として再び言葉を綴り始める。
「ただ、姿は確認出来ていませんが、父上の周りにはアイサイツの首領の影が見え隠れしております。当然、その技量は末端の者達とは比べられようはずもなく。努々ご油断なさりませんように」
レビンの言葉を、振り返る事なく背中で聞いていたオレ。
オレ達の事を調べ、その上でオレの正体を知ったレビン……
真相を告げれば、次にオレがどんな行動を起こすか予測していたのであろう。
オレの行動を妨げるモノを排除し、更にはオレの身を案じる言葉を並べるレビン。
しかし、オレはその言葉を聞き終えると、振り返る事も言葉を返す事もなく、無言のまま歩き出した……
いや、返さないのではなく、返せない――返す言葉が見つからないのだ。
そう、これからオレは、この伯爵公子の父親であるカルーラ伯爵を……