第十五章 反撃の狼煙 03
「驚かないんだな……?」
肉片に変わり果てたとはいえ、祭り会場のすぐ近くにこんな変死体を残しておけるはずもなく。証拠隠滅とばかりに、アゴヒゲの死体を完全に消失――いや、焼失させたオレ。
その一部始終を黙って見ていたレビンへと振り返り、オレは短く問いかけた。
「充分に驚いておりますよ。見ると聞くのとでは大違いです」
両腕にコロナの遺体を抱いたまま、淡々と答えるレビン。しかし、そのレビンの言い様に違和感を覚え、オレは眉を顰めた。
見ると聞く……だと?
そんなオレの様子を察すように、レビンは違和感の正体を告げるように口を開く。
「申し訳ありません。失礼は承知で、皆様の事は調べさせて頂いております――日本政府内閣調査室の元嘱託執行人、一条橋静刀殿。ウェーテリード王国、元宮廷魔道士のアルテッツァ・ワイズ殿。そして、天龍八部衆の一人、太陽神にして戦乱の鬼神、阿修羅様――」
「………………」
「とはいえ、この情報は私、独自のもの。父上はもちろん、先ほどの者達の組織ですら知り得てはおりませんでしょう」
だろうな……
知っていたら、あんな下っ端を差し向けて来るワケがない。
「フッ……それを知って尚、恐れる事なく同じ様に接してくるか?」
口角を吊り上げ、殺気にも似た気を発しながら問うラーシュア。
「はい。過去はどうであれ、皆様は私にとってかけがえのない友。ラーシュア様に至っては、より敬意の念が深まりました」
「ふん……よう言うわ……」
脅しとも取れる様な問いへ笑顔で応えるレビンに、ラーシュアは肩透かしを食った様に鼻を鳴らした。
「それを知っているなら話は早い……アイツらの事、全部話してもらえるだろうな?」
「もちろんです。その為に参った次第でありますので」
「正直、今のオレは虫の居所が悪いし余裕もない。嘘や妙な隠し事があれば、腕の一本くらいは斬り落としかねんからな……」
「心得ております。神の化身たるラーシュア様を前に、下手な嘘や隠し事が通るなどとは思っておりませんので――」
ラーシュアに続き、オレの殺気を孕んだ問いにも、顔色一つ変えずに淀みなく答えるレビン。
そして、一拍置くようにゆっくりと息を吸い込むと、淡々と事の真相を語り始めた。
「まず、先ほどの者達ですが、あの者達はアイサイツの構成員です」
アイサイツ……だと?
聞き覚えのない言葉に、眉を顰めるオレ。
「アイサイツですか……その名はウェーテリードでも何度か耳にした事があります。なんでも、サウラントを中心に謀略や暗殺を請け負う闇の組織だとか――」
と、そんな疑問に答えてくれたのは、隣国の智将アルトさん。
そして、オレとは別の意味で眉を顰めながら、アルトさんは言葉を繋げて行った。
「サウラント最大の闇組織にして、構成員の数は数百とも数千とも言われており、その殆どが普段は一般人に紛れて普通に生活を送っている、と聞いてはいしたが……いかに下っ端とはえ、サウラント最大の闇組織であるアイサイツの構成員がアレとは……サウラントはよほど人材不足なのですね」
「返す言葉もありません……」
アルトさんの皮肉混じりの言葉に、肩を竦めるレビン。
確かに下っ端とはいえ、暗殺者としては技量不足も甚だしい。それに、作戦は穴だらけで行き当たりばったり。
しかも、素人の立ち聞きにも気が付かないとは、ド素人もいいところ……
正直、組織としての体を、全くなしていない。同業者として、恥ずかしいレベルだ。
とはいえ、問題はそこではない。
いかに低レベルとはいえ、彼等は殺人鬼ではなく暗殺者。暗殺とは、それを望む者――依頼をする者がいて、初めて成立するのである。
つまり、依頼者――黒幕がいるという事だ。
そう、オレを殺したいと思っている者が……
「アイツらの事は分かった。で、黒幕は……この件の依頼者は誰だ?」
単刀直入に、核心へと突っ込んで行くオレ。
「それは……」
今まで淀みなく話していたレビンの言葉が、ここに来て初めて乱れた。
躊躇う様に口ごもるレビン……
しかしオレは、その逡巡に言葉で催促をするのではなく、無言の圧力を掛ける様にレビンを睨み付けた。
抜き身の刀を首筋に突き付ける様な視線……
しかし、純白の伯爵公子は、その視線に怯える事も逃げる事なく一度大きく息を吸い込むと、意を決して再び口を開いて行く。
「この件の依頼主は……我が父、アクシオ・カルーラです……」