第十四章 消えかける灯火 06
「し……しょー……ホン、トに……ごめんなさい……ッス。もう……少しで、ウチ……は、ししょーを……」
「もういい、分かった……分かったから」
「ゆ、許して……くれるん……ッスか……?」
「許すも許さないもねぇし、そもそもお前が謝る必要なんてあるか」
「し、ししょー……」
「だいたい、お前は自分の師匠を甘く見過ぎだ。お前の偉大な師匠は、自分の飯に毒を盛られて気が付かんほど、マヌケじゃねぇーんだよ」
「…………」
気が狂いそうになる程の怒りと悲しみをムリヤリ押し止め、努めて明るく語りかけるオレ。そしてコロナも、それに応えるよう、微かに頬を綻ばせた。
「ウチ……サウラントに……来て……ししょー達に……会えて……ホン、ト、良かったッス……。みじ、かい……あいだ……でしたッスけど……と、ても……たのし……かった、ッスよ……」
「コロナ……お前……」
「し、しょーも……ステラも、ラ……シュアも、姫……さまも、おっぱい騎士さんも……まあ、片目さんは……ちょっと怖い……ッスけど……、それ……でも……み、ん、な……大好きしたッス……」
「…………」
「故郷に、のこ……って……餓死……する、でもなく……、山で……野盗に……襲われ、自害……するでも……なく……、大好きな……ししょーに、看取られ……その……腕の中で、死ねるんッスから……ウチは、ホント……幸せモン……ッスよ」
「バカヤロ……」
焦点の定まらない瞳で、それでもムリに笑って見せるコロナ。
人生最後の笑顔――
今生の別れに見せたその最後の微笑みを、オレは胸の中に強く抱きしめた。
霞む視界と頬を伝わる温かな感触。
ああ……オレは泣いているのか……
幾多の仲間達の死――いや、肉親の死ですら、心を乱す事なく受け入れて来たオレは、自分の目に溢れているモノが涙で有ることを、すぐには理解出来なかった。
「ししょー……最後に……ひとつ、お願いを……き、いて貰って……いい……ッスか?」
冷え切った身体を抱いた胸の中から聞こえる、掠れた声。
ひとつのお願いだと……?
「アホか……? ひとつなんて、なにケチ臭い事を言ってんだ? 十個でも二十個でも、好きなだけ言ってみろ。オレが全部叶えてやるから」
「ハハハ……そんな、に……たくさん……急には……思い付かな……いッスよ……」
「そっか……で、お願いってなんだ? オレは何をすればいい?」
「もし、いつか……ウェーテ……リードウチに行く事があったら……ウチの日記……を、家族に渡して……欲しいッス……」
日記……
確かに前半は日記が綴られていたが、後半はレシピ帳と化していた日記帳。
ザッと目を通したが、和食の基本から桜花亭のメニューの殆どがレシピ化されていた。
「ウチの……い、もうとは……ウチとちが、って、優秀ッスからね……。アレがあれば……ウ、チの代わりに……向こうで、凄い料理……屋さんを開いてくれる……ッスよ、きっと……」
「そっか。なら本家として、オレも頑張らないとな」
「はいッス……」
「分かった。必ず届けてやるから、安心しろ」
「あり、がとうッス、ししょー……で、でも……そんなに急がなくて……大、丈夫ッスよ……ドワーフは、人と……違って……長生き……ッス……から……」
消え入るような声で、そう言い終えると、胸の中から荒い呼吸の音がスッと止まった。
「お、おいっ!?」
涙で霞む視線を落とし、胸に抱いていたコロナの顔へと目を向けるオレ。
そこにあったのは、まるで笑顔と見間違う程の安らかな顔……今まで幾度となく見てきた死に顔の中で、一番安らかな死に顔だ。
「くっ、……バカヤロー。こんな理不尽な死に方で、なに満足そうな顔してんだよ……」
オレは、永遠に目覚める事のない眠りに落ちた、コロナの満足気な顔を再び胸に抱きしめた。
込み上げる感情を抑え込む様に強く、強く……
「齢百歳そこそこで逝っておいて、何が長生きじゃ。それでは人間と変わらぬではないか、たわけが……」
膝を突くオレの腕の中で眠るコロナを見下ろし、そう呟いたラーシュアは、一度静かに目を伏せてから、ゆっくり後ろへと振り返った。
「気を使わせたようで悪かったのう。もう出て来ても良いぞ」
ラーシュアに呼ばれ、物陰からゆっくりと近づいて来る、二つの足音が耳に届く。
ラーシュアが言うように気を使ったのか、はたまた単に出て来るタイミングを失っていたのか……
「ご主人様……」
暗がりの中から心配そうな声を漏らし姿を現したのは、初めて会った時に着ていた様な魔道士のローブへと着替えたアルトさん。
更にその隣には、純白のマントを纏い、そのマントのフードを深々と被って顔を隠した細身の男……
二人はオレの前までやって来ると、静かに片膝を突いた。
そして、オレの腕で眠るコロナに対して指を組む様に手を合わせると、祈る様に頭を下げる。
これが、コチラの世界での、死者に対する礼の取り方なのだろう。
真剣な表情で祈りを捧げる二人……
その二人が合わせていた手を離し、揃って顔を上げたところで、オレはフードの男へと向け、掠れる様な声で口を開いた。
「で、なんの用だ、レビン……」
そう、フードの男は、領主の息子にして伯爵公子のレビン・ガルーラである。
いくら顔を隠していても、佇まいや仕草――何より、その者の持つ気を見れば正体を見抜く事など、さして難しくもない。
対するレビンも、正体を見抜かれた事などに、さして驚く様子もなく、片膝を突いたまま、今度はオレに向かって頭を下げた。
「取り急ぎ、イチジョウバシ卿へお知らせしたき儀が御座いまして、人目を忍び桜花亭へと向かっておりましたが――」
「わたしがご主人様の後を追う途中、そのレビン殿をお見かけ致したので、コチラへとお連れしましたのです」
「しかし――ひと足遅かったようです……」
そう言って、レビンはフード越しにコロナへと目をやった。
いつものおちゃらけた態度や物言いなどは微塵もなく、伯爵公子として貴族へと接する言動を取るレビン。
対するオレは、その言動――特に、その口から出た言葉に、眉間へと皺を寄せ、睨む様な鋭い視線を返した。
ひと足遅かった……だと?
「おい、レビン……お前、何を知って――」
「主よ……その話は後じゃ」
レビンに向けて発した問いを遮る様に、言葉を挟むラーシュア。
そして、その視線は、オレの後ろへと向けられていた。