第十四章 消えかける灯火 05
「えっ……? し、ししょー……?」
肉の焼け焦げる嫌な臭いの立ち込める中、黒い和ゴス服の足元で、血塗れになり横たわっているコロナ……
その光景を受け入れられず呆然と立ち尽くしていたオレは、コロナの絞り出す様な掠れた声で呼ばれ、ようやく我に返った。
「くっ!」
慌てて駆け寄り、その傍らに膝を突くオレ。
水に濡れ、氷の様に冷え切った小さな身体を抱き起こしながら、血の気の引いた蒼白の顔へと目を落とした。
「す、すんません、し、ししょー……ドジっちゃったッス……」
「いいから喋るなっ! すぐに医者へ連れてってやるからっ!」
「ハハハ……い、医者は……いいッスよ……もう、助から……ないのは、じ、自分でも……分かってる……ッスから……」
荒い呼吸と掠れた声……
自分の死期を理解し、それでも無理に笑って見せるコロナ。
無残にも引き裂かれ深紅に染まったセーラー服と、そこから覗く抉られた様な深い傷口。そして流れる鮮血が、冷えた身体から更に体温を奪っていく。
そんな絶望的な現状にも関わらず、その現実を受け入れ切れないオレ。肩を抱いた手へ、無意識に力が込められていった。
ただ、当のコロナには、身体の感覚がもう殆ど残っていないのであろう。その小さな肩を指が食い込むほど強く掴まれていても、顔色一つ変える事なく言葉を絞り出していく。
「そ、そんな……ことより……最後にウ、ウチ……し、しょーに謝ら……ないと……」
「何をだよ……お前が、何を謝る必要があるんだよ……」
「し、しょー……」
「だいたい、最後って何だよ……お前、料理の修行して、一人前になって故郷に帰るんだろ? ウェーテリードに桜花亭の二号店を出すって言ってたろ? なに諦めてんだよ……」
感情を処理し切れず、掠れた声で問いかけるオレ。
そんな理不尽な問いを向けられ、コロナは虚ろな瞳のまま困り顔を浮べた。
理不尽な問い……
理不尽なのは分かっているし、そんな事を問われても答えられない事も分かっている。
それでも……それでもオレのちっぽけな脳ミソでは、他にかける言葉が見つからないのだ。
「おい、主よ。その辺にしておけ……己の最後を目前にして、それを理解し、受け入れておる者に、そのような事を申しても未練にしかなるまいよ?」
「未練……? くっ!?」
幼女の物とは思えない、全てを悟り切った様な口調を向けるラーシュア。オレは奥歯を噛み締めながら顔を上げ、その大人びた無感情な顔を睨みつけた。
「未練、上等だよっ! コイツはこんなトコで死ぬ様なヤツじゃっ! 死んでいい様なヤツじゃねぇーんだよっ!! だいたいっ、生命を狙われていたのはオレだろっ!? 何でコイツが、こんなトコで死ななけりゃ――」
「いい加減にせよっ、主っ!!」
オレの声を遮る様に飛ぶ、ラーシュアの怒声。
同時に『パンッ!』という乾いた音と共に、頬へと衝撃が走った。
「子供みたいに、駄々を捏ねるでないわっ! その傷が、助かる傷かどうか分からん主でもなかろうっ!?」
「くっ……」
「主よ……今際の際におる者が、残したい言葉があると言うのであらば、それを聞くは残された者の義務じゃ。それを子供の駄々で邪魔するでない」
「…………」
確かにラーシュアの言う通り、この傷は完全に致命傷……
現代日本の医学レベルでも、生命を繋ぐ事など出来やしない。いや、それどころか、まだ息をしていること自体が、奇跡と言ってもいいくらいの重傷だ。
ラーシュアの言葉にオレは何も言い返えすことも出来ず、ただ漠然と傷口を見つめながら、拳を握り締める事しか出来なかった……
「コロナよ……話の腰を折って、すまなんだな」
オレに向けた怒声から一転して、優しい口調で語りかけるラーシュア。その言葉に、オレの腕の中で横たわるコロナは、虚空を見つめながらゆっくりと首を振った。
「……ウチなんかの……事を、こ……んなにも想って……くれる……ししょーを……持って、ウ……チは……幸せ……者ッスよ……」
「………………」
「でも、ウ……チは、そんなし……ししょーに、毒を……」
苦しげに乱れる呼気で、途切れ途切れに言葉を絞り出すコロナ……
オレは、その言葉を――そこに込められた想いを一言一句聞き漏らすまいと、静かに耳を傾けた。
静かに流れる川音と遠くから聞こえる虫の音のを背に、消えかける生命の灯火をどうにか繋ぎ止めながら、言葉を紡いでいくコロナ。
今回のコンテスト参加者を名乗るヤツ等から、密入国の件で脅されていた事。優勝候補であるオレの食事へ、味覚を狂わせる種を入れさせられた事。しかし、その種が実は猛毒であった事。
そして、その事実を知り、更にそれに失敗した男達の次なる計画――桜花亭に押し入り、オレ達を殺して家に火を着けるという計画を知ってしまった結果が、今のこの状況であるという事……
徹頭徹尾、嘘で塗り固められた男達の言葉。その中でも、特にオレ達を苛立たせたのが――
「匿ったワシらも罪に問われる……じゃと?」
その苛立ちを顕に、眉間へと皺を寄せるラーシュア。
そう、男達は『密入国はそれを匿った者も罪に問われる』と言って、オレ達の身を楯にコロナを脅迫したと言うのだ。
自分のした事で、オレ達にも累が及ぶ……
そう言われて脅されたコイツは、どれだけ悩み、怯え、そして苦しんだだろうか?
それでも、オレ達の前では無理に明るく振る舞っていたコロナ……
その小さな身体を抱き起こすオレの腕が、怒りで小刻みに震え、強く唇を噛み締めていた口の中に鉄の味が広がって行く。




