第十四章 消えかける灯火 02
「誰だっ!?」
吐血と共に全身の力が抜け、膝から崩れ落ちたコロナ。
その物音を聞きつけた男達が、慌てて小屋の中から飛び出して来た。
「お前達……アイサイツの者が、少々不用心が過ぎるのではないか?」
広がる緋色の海の中で蹲るコロナの傍ら。右手に着けた鉤爪から鮮血を滴らせながら立つ、深めにローブのフードを被った短身痩躯の老人……
「こ、これはレヴォーグ様っ!?」
その漆黒のローブを、そしてその胸にある『三つ首の蛇』をあしらった刺繍を目にした瞬間、男達は反射的に片膝を着き頭を下げた。
「こんな素人の小娘に盗み聞きされている事にも気づかず内輪揉めとは……アナタ達の様な者達が、これからのアイサイツを担って行くのかと思うと、情けなくて涙が出てきますよ」
平坦な口調とは裏腹に、凍り付く様な殺気を纏うレヴォーグの言葉――
そんな言葉を浴びた男達には、寒空の下で滝の様に流れ落ちる自分の冷や汗を目にしながら頭を下げ続ける事しか出来なかった。
言葉を発する事も出来ずに、ただ身を震わせる男達。
そして、そんな男達の向かい、突然に黒い影が襲いかかった。
「うわっ!?」「ひゃっ!?」「ひひっ!?」
その影を下げていた頭の頭頂部へと受け、情けない悲鳴を上げながら腰を抜かした様に尻もちをつく男達……
しかし、怯え切った表情を浮かべる男達の足元に転がる物体――男達の頭頂部を襲った影の正体は、単なる竹箒であった。
そう、コロナが傍らにあった、愛用の箒を投げ付けたのである。
「くっ……」
だらしなく尻もちをつく三人を苦しげな目で睨みつけながら、最後の力を振り絞って立ち上がるコロナ。
そして、真っ赤な血の流れ出す腹部を押さえ、歯を食いしばりながら川の方へと向い、冷たい清流へとその身を投じたのだった。
「あっ、あのアマッ!?」
慌てて立ち上がる男達。
しかし、雲に陰る月の弱々しい光を映す川面から、瀕死の女ドワーフの姿は既に消え去っていた。
「どうしたのです? 追わないのですか?」
事の成り行きに手を出す事もなく、何事も無かった様に見守っていたレヴォーグは、忌々しげに川面を睨む男達へと問いかける。
「い、いや、しかしレヴォーグ様……」
「あの傷では、どうせ助かりませんよ……」
レヴォーグの問いへ、困惑気味に答える男達。
しかし、その答えにレヴォーグは深いため息をついた。
「アナタ達は、殺した相手の骸も確認しないで、アイサイツの名を名乗る気ですか?」
「そ、それは……」
「それに、殺すだけなら、あの場で殺せたのですよ。それこそ、心の臓を一突きにしてね。しかし、それを敢えてしなかったのは、失態を挽回する機会を――自分達の手でトドメを刺す機会を与えるため。アナタ達は、そんなワタシの厚意を無駄にすると言うのですか?」
「い、いえっ! 決してそんな事はっ!!」
あからさまな殺気を滲ませながら問うレヴォーグに、アゴヒゲの男は後ずさりながら顔を真っ青にして、その問いを慌てて否定した。
「ならば、生きている内に自分達の手でトドメを刺し、その頸をワタシの前に持って来なさい」
「ハッ! 行くぞ、オマエらっ! 手分けして、あの女を探せっ!」
「「オウッ!」」
走り出す男達はの背に目を向けながら、レヴォーグは軽くため息をつきながら肩を竦めた。
「まったく……近頃の若い者は……」
老人が若者に向かって使うこの言葉は、古今東西の全世界だけでなく、異世界でも共通らしい。