第十四章 消えかける灯火 01
さくら祭りを翌日に控え、カルーラ伯爵邸では軽い前夜祭として、パーティーが開かれていた。
立食形式の食事会で、参加者の殆どは近隣の貴族やその関係者達。
その中にあって、パーティーと主賓ともいうべき第四王女であるシルビアの回りには貴族達の輪が出来上がっていた。
じゃじゃ馬姫の異名を馳せるシルビアといえど、さすがにこの様な場ではドレスを纏い、貴族達の挨拶に作り笑い――もとい、上品な笑みで応えている。
そんな人だかりとは対照的に、すっかり壁の人と化したレビン。テラス側の壁に寄りかかり、静かにワイングラスを傾けていた。
本来なら、貴族の娘達に囲まれていてもおかしくはない容貌の伯爵公子であるが、彼の変わった趣味は貴族達の間で広く認知されており、時折来る事務的な挨拶を除けば、彼の元を訪れる者など皆無であった。
そんなレビンの元へ、グラスの乗るトレーを持ったメイドが歩み寄って来る。
一見すれば、どこにでもいるような普通のメイド。
しかし、その眼光や歩み、そして気配の配り方は、普通のメイドと少々かけ離れていた。
「レビン様。お飲み物はいかがでしょうか?」
丁寧な口調とは対照的に、とても給仕の女性とは思えない程の鋭い視線を向けるメイド。
しかし、その視線を向けられた当のレビンは気にする風もなく、爽やかな笑みを向けた。
「ありがとう。いただくよ」
空になったグラスをトレーに戻し、新しいグラスへゆっくりと手を伸ばす、レビン。
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙、一瞬のアイコンタクト……
深紅のワインが注がれたグラスを手にするレビン。そして、その手には――軽く握った小指と薬指の間には、小さく折り畳まれた羊皮紙が挟まれていた。
ワイングラスに一口だけ口を着けると、静かにテラスへと出るレビン。
そして、華やかなパーティー会場へ背を向ける様に手摺りへ両肘を突いて寄りかかり、こっそりと右手に収まる羊皮紙へ目を落とした。
時折吹く冷たい風が頬を撫で、長い髪を揺らす中。眉目秀麗な伯爵公子は、羊皮紙に書かれた小さな文字を目で追って行く。
……
…………
………………
「父上……なんと、愚かな事を……」
羊皮紙を握り潰し、眉を顰め肩を震わせるレビン……
「中々、尻尾を掴めず申し訳ありませんでした……それで、いかがいたしますか?」
気配を感じさせる事なくレビンの後ろに控えていたメイドは、その震える背に頭を下げてから一歩踏み出し、二人にしか聞こえないような小声で指示を求めた。
「今夜、我が家に宿泊する者の人数は?」
「王女殿下、スペリント侯爵公女を含めまして、二十八名となります」
イベントを明日に控え、近隣からは街の人口をも超える数の来客が集まって来ている。当然にして、宿屋はどこも満室。街の外れにある幾つかの空き地にキャンプ場を作るなどして対応しているが、ソレもほぼ満員状態だ。
その為、明日のイベントに参加する者の内、高位貴族数名とその従者は伯爵邸に宿泊する事なっていた。
「ニ十八名か……」
レビンは、よく手入れされた庭の噴水へと目を向けたまま、メイドの答えを反芻する様に呟いた。
「今から今夜の警備を、第二班から第四班に変更出来るか?」
「可能でございます」
「そうか……では、奴らに気づかれぬよう、極秘裏に頼む」
「かしこまりました」
「それと……」
言いよどむ様に言葉を詰まらせるレビン。しかし、一拍置いてから、意を決して言葉を繋げていく。
「わたしは、頃合いを見て会場を抜け出し桜花亭へと向かう。以降、ウチへ宿泊する者達の飲み物に――」
厚い雲の隙間から顔を出した朧月の下。庭の枯れ葉を舞わせながら、二人の間に冷たい風が吹き抜けた。