第十三章 急展開 05
「くくくっ、どうやら理解出来たようですね……そう、どんなに優れた料理人でも、その味覚が狂ってしまえば美味い料理など作れるはずもなし」
世界一、辛いと言われているプレの実の種。
確かにそんな物を食べたなら、少なくとも2~3日は味覚に影響が出てしまうだろう。
「ネェちゃんよっ。桜花亭は、今でも十分に繁盛してんだろ? だから、今回は優勝を譲ってくんねぇかな?」
「それに、色んな調味料を扱う厨房だ。こんな小さな粒が、他の調味料に混ざって入っちまったとしても不思議はねぇだろう?」
勝手な言い分を並べる男達に、コロナはまるで苦虫を噛み潰したかの様に顔を顰め、男達を睨み付ける。
しかし、見た目は幼く、そしてアホっぽく見えても、そこは齢百歳を超えるドワーフ。戦乱の中で百年以上も生きて来たコロナは、したたかに頭の中で現状を計算していた。
『味のベースになるソースは既に完成しているッスし、たこ焼きの生地も、しっかりとレシピ化されているッス。
それに焼きに関しては、ウチや片目さんも練習をして覚えたッスし、ししょーから合格点を貰っているッス。アイツらには悪いッスけど、正直ししょーの味覚が少々狂ったとしても、コンテストに影響はないッスよ。
でも……ししょーにあんな物を食べさせて、許して貰えるッスかねぇ――』
コロナはここまで考えると、表情には出さずに内心でほくそ笑んだ。
『あの、優しいししょーの事だ。きっと笑って許して――いや、笑っては無理ッスか。
脳天チョップ2~3発と、“こぶらついすと”とかいう不思議な絞め技を食らうくらいは覚悟する必要はあるッスね。
ホントなら閨でお詫びが出来るのならそれが一番なんッスけど、そんな事を言い出したら姫さまに騎士さま、それにあの片目さんに殺されそうッスしね……
とにかく、ウチの不法入国でウチだけが罰を受けるならともかく、こんなウチを拾ってくれたししょー達に累が及ぶのだけは、絶対に避けないといけないッス……』
コロナは、一度、目を伏せると大きく息を吸い込み、再び男達を睨みつける。そして、拳を握り締め、意を決して口を開いた。
「ホントに、ししょーの食事にそれを仕込んだら、不法入国の件は黙っててくれるんッスね?」
「ええ、ソレはもちろん。なんなら神に誓ってもいいですよ」
「仕込んだ上で、もしそっちが負けたとしても、ウチは知らないッスよ」
「フフフッ。コレでもわたしは、隣の街で一番大きな料亭の料理人。味覚が狂った料理人に負けるなど、天地がひっくり返ってもありえませんよ」
ふんっ! その悪党面、とても料理人には見えないッスよ。負けて悔しがればいいんッス。
と、心の中で悪態をつきながら、アゴヒゲの男から種の入った木箱を受け取ったのだった。
※※ ※※ ※※
ここまで思い返し、コロナはため息をつきながら、桜の木の幹へ寄りかかる様に腰を降ろした。
「ちょっと、休憩ッス……」
そう言って、夜空を見上げるコロナ。
しかし、あいにくの曇り空で、月は陰り星などは殆ど見えない。
「でも、ラーシュアはプレの種なんて食べて、よく平気だったッスね……アレは、よほど運が良かったんッスね、きっと」
プレの種に含まれる辛味成分は、殆どが外殻の中。
つまり、口に含んでも噛み砕がなければ、辛味成分は出て来ないのだ。
トンカツに仕込んだ種は十粒――
コロナは、ラーシュアがその十粒を噛む事なく完食したのだと、そう解釈していた。
「でも、あの三人組みは今日も居なかったッスね……」
男達の言う通り、静刀の料理に種を仕込んだコロナ。ただ、実際にそれを食べたのはラーシュアである。
その辺について、もう一度男達と話がしたく、コロナは昨日、今日と会場で男達の姿を探していたのだ。
しかし……
「なんか、一番大きな料亭って言ってたッスし、屋台は従業員にでも作らせていたんッスかねぇ……こんな事なら、店の名前を聞いとけば良かったッス」
そう、結果は見事な空振りだった。
しかも、その事に気を取られてミスを連発。挙句に足元がお留守になり、汲んで来た水を静刀に向かってぶち撒けてしまったのだ。
そして、ずぶ濡れの静刀から受けたのが、コブラツイストのお仕置き――
背中に伝わる冷たく濡れた感触と、全身の関節をバラバラにされる様な激痛を思い出し、コロナは身を震わせた。
「まっ、いつまでもグチグチ悩んでても仕方ないッス。ウチが言われたのは、プレの種を仕込めということだけッス。ししょーのトンカツにプレの種を入れたのは確かッスし、アイツらの事は忘れて――ん?」
シンっと静まり返る、真夜中の桜並木。そんな中、遠くから複数人の微かな足音が、人間よりも聴覚の優れたドワーフ娘の耳に届いた。
腰を下ろしていた木の影から、覗き込む様に後方を確認するコロナ。
「はあぁぁ……探すのをやめた時、見つかる事はよくある話とは、よく言ったもんッスね……」
そう、そこにいたのは、コロナの元探し人であった三人組み。
赤外線視力と言う、闇を見通す目を持つドワーフの視力で、どうにか顔が確認出来るくらいの後方。屋台の間から姿を現した男達は、そのまま土手を下り河原の方へと降りていった。
「あの先には確か、この前の小屋があったッスね……まあ、見つけてしまったのなら仕方ないッス。一応、報告くらいはしておくッスかね……」
コロナは、気怠げに眉を顰めると重い腰を上げて、ゆっくりと立ち上がった。