第十三章 急展開 04
「うう~、ココは暖かいッスねぇ~」
箒を片手に桜花亭を出る事、徒歩二十分。
辿り着いたのは、ラフェスタ桜祭りのメイン会場とも言うべき、植樹されたばかりの桜並木。
準備期間の最終日だった事もあり、屋台や木々の陰には、片付け切れてないゴミが目立つ。
「さてっ! じゃあ、張り切って掃除するッスかねっ!」
一つ気合いを入れて、隠れたゴミを集め始めるコロナ。
周りで誰かが見ている訳でもないのに、鼻歌を歌いながから無理に明るく振る舞ってみせていた。
そんな空元気と作り笑い……
それでも、頭の中では別の事柄がぐるぐると回り続け、先日の一件が嫌でも浮かんで来る。
そう、先日の同じ時間、正にこの場所で、見知らぬ青年から密入国を指摘されたあの一件を――
※※ ※※ ※※
「知ってますか? この国で密入国は、匿った者も罪にとわれるんですよ」
「なっ!?」
まるで、心臓を鷲掴みにでもされた様な衝撃――
目の前が真っ暗になり、手にしていたホウキが足元へと転がり落ちる。
この青年の言葉……実は真っ赤なウソである。
何より司法の未熟なこの世界。密入国の揉み消しくらい、簡単に出来てしまう。
とはいえ、元が情報弱者である辺境部族の民。何より、サウラント王国に来たばかりのコロナが、他国であるこの国の法律など知るはずもない。
「な、何が……望みッスか……?」
コロナは奥歯を噛み締め、怯える様に身を震わせながら言葉を絞り出した。
「なに、至極簡単な事ですよ」
青年はコロナの耳元から口を離すと、再びニコやかな笑みを浮かべる。
最初に見た時には、とても自然に見えたその笑みが、今のコロナには、とても不自然な作り笑いに見えた。
「とはいえ……ココでは何ですから、静かな所でゆっくり話しましょう」
そう言って土手を下り、河原の方へと降りて行く青年。
夜の夜中、時刻は間もなく日を跨ごうというこの時間。辺りに人気などなく、ココでも充分に静かだろうとコロナは思う。
しかし今の彼女には、青年の言う事に逆らうという選択肢は残されていなかった。
そして、その茶髪の青年に案内されたのは、河原に建つ木造の小さな小屋。
促される様に中に入ると、小さな窓から差し込む月明かりに照らされた二人分の人影が目に入ってきた。
アゲヒゲの中年とスキンヘッドの大柄な男の姿……
下卑た笑みを浮かべる男達に、要求される内容へのおおよその見当がついたコロナ。
背後で扉を閉め鍵をかける青年の行動に、その見当が確信へと変わったコロナは襟のスカーフを引き抜きながら、一つ大きなため息をついた。
「まっ、ウチも嫌いではないッスけど……これでも忙しくて時間がない身ッスからね。手早く済ませて欲しいッス」
そう言って、静刀特製セーラー服の上着へと手を掛けるコロナ。しかし、そのコロナが取った行動に、男達は揃って眉を顰めた。
「ちょ……お前、何してんの?」
そんな男達を代表して、怪訝そうに尋ねる茶髪の男。
「何って……健気で気品があり、そして美しいウチに欲情した兄さん達は、秘密と引き換えにこの豊満な身体を要求してるんッスよね?」
「「「ないない、ソレはない」」」
コロナのツッコミどころ満載な言葉に、揃ってツッコミを入れる男達。
「な、なんか、失礼な奴らッスね……じゃあ、何の用ッスか!?」
ただでさえ、脅され連れて来られたのに、そこへ来てこの失礼な態度。
コロナは苛立ちを隠しきれず、声のトーンを上げて用件を問うた。
そんな、敵愾心まる出しの態度を気にも止めず、リーダー格のアゴヒゲか一歩前に出る。
「まあまあ、コロナさん。そんな慌てずに、ゆっくりと話を聞いて下さいよ」
「ウチは、忙しいって言ったッスよ」
男の飄々とした慇懃無礼な態度に、コロナは更に苛立ちを募らせ、鋭い視線で睨み付ける。
しかし、アゴヒゲの男は、その視線すらも軽く受け流し、やれやれとばかりに肩を竦めた。
「では、単刀直入に。コレをアナタの師匠――イチジョウバシ卿の食事にこっそりと仕込んで欲しいのです」
そう言って男が手のひらを差し出す男と、コロナは驚きに目を見開くた。
大きく開かれた眼球に映るのは、差し出された手のひらに乗る小さな木箱。そしてその中には、米粒の半分程度しかない小さな黒い粒が、約十粒ほど入っていたのだ……
「ま、まさか……これって、毒ッスか……?」
絞り出す様な声で問うコロナに、アゴヒゲの男はニコやかに笑って見せる。
「いえいえ、毒だなんてとんでもない。だだの調味料――プレの実の種ですよ」
「プ、プレの実の種ぇ? これがッスか?」
話には聞いた事はあったが、実物を見るのは初めてのコロナ。しかし、彼女には果たしてコレを、調味料と呼んでいいか甚だ疑問であった。
プレの実――唐辛子系の植物であり、最も辛味成分の強いと言われている品種である。特に辛味成分が多く詰まっているのが種のであり、その辛さは大陸四王国で一番辛いとも言われている。
コロナは、箱の中に収まる件の小さな種を指先でもて遊びながら、怪訝そうに男達へ目を向けた。
「何で、こんなモノをししょーに食べさせたいんッスか?」
「話せば少々長い話になるのですが――」
コロナの問いに、アゴヒゲの男は笑顔を崩さずに淡々と言葉を紡いでいく。
「わたし達は、隣の街で料亭をしている者なのですが――近い内に、このラフェスタの街にも支店を出そうと考えていたのですよ。そうしたら、その矢先に今回のコンテストの話が舞い込んで来ましてね」
「今回のコンテストとやらは、王国公認で第四王女のシルビア様が審査をするって話じゃねぇか?」
「そこで優勝出来れば、支店を出すのにこれ以上の宣伝はないだろう?」
アゴヒゲに続き、スキンヘッドと茶髪が言葉を繋いでいった。
確かに優勝すれば、この街での知名度が一気に跳ね上がるのは間違いないであろう。
「ふ~ん……何を作るかは知らないッスけど、せいぜい頑張って下さいッス。ただまあぁ、どんなに頑張った所で、優勝するのはウチのししょーッスけどね」
まるで自分の事の様に、誇らしくその薄い胸を張るドワーフ娘。
事実、酒場などの店主が余興で賭けを募ってみても、静刀の人気が高すぎて賭けが成立しないと嘆く程である。
「確かにイチジョウバシ卿は、最有力の優勝候補。その実力はシルビア王女のお墨付きもあり、現状では私達も勝てる気がしません」
アゴヒゲの男は肩を竦め、演技じみたオーバーリアクションで落胆する様に首を降った。
そして、一拍の間をおくと、不敵な笑みを浮かべながら手にしていた木箱を顔の横へと持ち上げた。
「だからこそ、コレの出番と言うわけですよ」
「ん? ………………っ!!」
最初は、言っているか分からなかったコロナであったが、すぐにその言葉の意味を理解した。