第十三章 急展開 03
「それで? あのドジッ娘がどうかした?」
オレは平静を装いつつも、若干投げやり気味に尋ねた。
「はい。同郷のよしみ……苦しまないよう、わたしの手で頸を刎ねてやりたいと思いまして、その許可を貰いに参りました」
「おいおい、頸を刎ねるって……穏やかじゃないな……」
先程までの妖艶な雰囲気から一転、元一軍の将……武人の顔を見せるアルトさん。
「穏やかじゃないって……むしろ、わたしはご主人様が穏やかに構えている事の方が驚きです」
射抜く様な隻眼の瞳。
その瞳には、微かながら殺気すら滲ませていた……
「ちょっと待って……穏やかに構えるとかなんとかって……何を言ってるか分からないんだけど……」
「分からない……? ご主人様はまさか、わたしまでもあのような子供騙しのお芝居で騙されると思っていたのですか?」
なん……だと……
自己評価98点。正にアカデミー主演男優賞レベルだと思っていたあの演技を、アルトさんは見破っていたというのか……
驚きの表情を見せるオレの顔を見て、アルトさんは大きくため息をついた。
「良いですか? わたしの方でも調べさせて貰いましたが、仕込まれていたのは、リュードの実の種――」
「へぇ~、アレは、リュードの実って言うのか」
お芝居がバレているなら仕方ない。オレは開き直る様に、あっけらかんと口を挟んだ。
「はい。果実自体には毒もなく、種の外郭も無害。しかし、種の中身は、あの小さな一粒で大人五人を即死させる程の猛毒です。誤って飲み込んでしまっても、種は消化される事なくそのまま排泄されますが、もし噛み砕いてしまった場合は……」
そこでいったん言葉を止めて、鋭い視線を送って来るアルトさん。
あのカツに、何粒の種が仕込まれていたのかは知らないけど、食事の中……特に肉の中に仕込まれていたなら、かなりの高確率で噛み砕いてしまうだろうな。
とはいえ……
「話は分かったけど……それが何で、あのドジッ娘の頸を刎ねるなんて話になるんだ?」
「何でって……ご主人様とて、分かっているのでしょう? あの種を仕込んだのは、間違いなくあの小娘です」
まっ、あの状況で毒を仕込めるなんて、コロナしかいないわな。
それに、昨日と今日の不審な態度――状況証拠もバッチリだろう。
「でもまあ、こうして生きている訳だし、別にいいんじゃ――」
「ご主人様は、甘すぎますっ!!」
アルトさんは、オレのセリフへ被り気味に声を張り上げて、勢い良く立ち上がった。
と、それに合わせて大きく弾む胸――
まるで、独立した生き物の様に上下へ揺れる胸に合わせて、オレの目も顔ごと上下に――
「ご主人様……真面目に聞いてますか?」
「ごめんなさい」
腰に手を当てて、ジト目で見下ろすアルトさんを前に、オレはスクっと立ち上がり深々と頭を下げた。
「まったく……」
呆れる様にため息をつきながら、アルトさんは再びベッドへと腰を下ろした。
「まあ、わたしも……いえ、わたしやわたしの部下達も、その甘さに生命を救われたのですから、こんな事を言うのは筋違いなのかもしれませんけど……しかし、生命を救われた恩があるからこそ、ご主人様の生命を狙う者を放置はできません」
「生命を狙う者……ねぇ」
オレは下げていた頭を上げると、肩を竦めながら椅子に腰を下ろした。
「確かに毒を入れたのは、あのドジッ娘だろうけど……アイツは殺す気なんてなかったろうし、おそらくアレが毒である事も知らなかったと思うぞ」
「知らなかった……? その根拠は?」
オレの言い分に、訝しげな目を向けて問うアルトさん。
根拠と言われても、カンでしかないのだけど……まあ、強いて上げるとすれば――
「殺気がなかったからね」
「殺気?」
「そう、殺気――オレが毒入りカツを口にしようとした時、アイツからは殺気が微塵も感じられなかった」
そう……たとえ、それが毒殺だとしても人を殺そうとするなら、普通は多少なりとも殺気が漏れるものだ。
「た、確かに、殺気などは感じられませんでしたけど……」
「だろ? それに、アイツが殺気を完全に消せる程の達人には見えんしな」
「殺気を完全に消せる達人って……どんな達人でも、完全に殺気を絶つ事など出来る訳がありませんよ」
殺気を完全に絶つ事は出来ないか……
オレは内心で苦笑いを浮かべて、肩を竦めた。
「なら、なおの事、アイツに殺意が無いことは、分かっただろ?」
「そ、それは、そうかもしれませんけど……あの小娘が毒を盛ったという事実には――」
「窓の外……」
オレはアルトさんの言葉を遮る様に口を挟むと、オレは窓から覗く夜の帳に包まれた街並みに目を向けた。
「窓の外……?」
「そう、窓の外……あの時、コロナの代わりに窓の外から殺気が向けられていたんだ――多分、二つ向こうの通りにあるパン屋の屋根の上辺りだと思う」
「二つ向こうの通りって……そんな遠くの殺気を感じ取ったのですか?」
「ああ。まっ、暗くて目視は出来なかったけど……誘い出してみたら、三人組みの男達が簡単に釣れたよ」
「なるほど……あの下手な芝居はその為でしたか?」
へ、下手……か、会心の演技だと思っていたのに……
心の中で涙を流しつつ、それでも満面に笑みを浮かべながら、オレは再びアルトさんの方へと目を向けた。
「そ、そういう事だから、あのドジッ娘の事は許してやってくれないかな? 三人組みにはオレの方で、キッチリ落とし前をつけるからさ」
呆気に取られ、キョトンとした顔を見せるアルトさん。そして、一度目を伏せると、やれやれといった感じの困り顔で微笑んで見せた。
「まったく……ご主人様はズルい人ですね」
「えっ?」
「好いた殿方にそのような顔を……童みたいに笑う無邪気な笑顔を見せられては、女は何も言えなくなってしまいます」
「ち、ちょ……っ。す、すすす、好いた男って……」
「これが惚れた弱みというモノですかね? 実際、ご主人様の、その甘さ――いえ、その優しさに惚れたわけですし、仕方ありません」
アルトさんの不意打ちにも似た告白に、全身が一気に火照りだす。
そして、口元へ妖しい笑みを浮かべるアルトさんから潤んだ瞳を向けられたオレの低スペックな脳みそは、簡単にオーバーヒートを起こし、フリーズ寸前へと追いやられた。
「ご主人様のご要望通り、小娘の件は見逃すという事にしまして……本題に入りましょうか?」
「えっ……? ほ、本題って……なに?」
脳みそが半分以上フリーズした状態の、声を絞り出す様な問い。
その問いに、アルトさんにはゆっくりと立ち上がると、首の後ろで寝衣を留めている紐へと手を掛けた。