第十三章 急展開 02
祭りの前夜――
オレ、アルトさん、そしてコロナの三人だけという、少々寂しい夕食を済ませたオレは、自室の窓から外の景色を見るともなしに眺めていた。
「そろそろかな……?」
ほうきを片手に家を出るコロナの背中を見送ったのは、十分ほど前になるだろうか?
オレは、昼間に聞いたアルトさんの言葉をもう一度、頭の中でリピートさせた。
『今宵、大事なお話がありますゆえ、あの小娘が出掛けた頃を見計らって、お部屋の方へお邪魔させて頂きますね――』
大事な話……か。
食後、昼間の疲れを癒やすべく――そう、あくまで昼間の疲れを癒やすべく、熱めの風呂に入ったオレ。
特に理由はないけど、とりあえず身体を隅々まで綺麗に洗い、来たるべき来訪者を待っているところである。
とはいえ……
さきほど見送った、コロナの後ろ姿――
お気楽で、元気だけが取り柄と言っても過言ではないうっかり娘が、背中を丸めて寂しそうに出て行く姿は、正直あまり楽しいものではない。
ったく……せっかく、夕食を奮発したんだから、少しは嬉しそうな顔しろってぇの……
そう、今夜の精力――じゃなくて、明日の活力の為に、今日の夕食は結構奮発したのだ。
ただでさえ、少人数の少々寂しい食事。にもかかわらず、いつもなら三人分はやかましいコロナが沈んでいたため、誰一人口を開く事のない、重苦しい空気の中での食事になってしまっていた。
ちなみに、精力――じゃなくて、活力の為に奮発した献立とは、天然自然薯に産みたて卵を落とした麦とろご飯。そして、卵をタップリ使ったタルタルソースの天然牡蠣のカキフライ。更に天然うなぎの白焼き肝吸い付き。
えっ? それじゃあ、活力じゃなくて精力の為だろうって?
おだまりなさいっ! そして十八歳未満は、早く寝なさいっ!
「ん?」
ふと、廊下の方から感じる人の気配――
長年の隠密家業で培ったスキルを動員して、その気配に意識を集中させる。
人数は一人。階段を上がり、真っ直ぐこの部屋へと向かう、微かな足音。歩幅、歩調から考えて女性であるとみて間違いない。
き、来たか……
オレはゴクリと喉を鳴らして、入り口のドアに目を向けた。
程なくして聞こえて来るノックの音――
「ご主人様、起きてらっしゃいますか?」
「あっ、ああ……起きてるよ……ど、どうぞ」
ドア越しに聞こえる艶っぽい声に、少々裏返った声を返すオレ。
落ち着け……落ち着け……
「では失礼します」
静かに開かれる扉。そして、ゆっくりと姿を見せるのは、かつて紫紺の竜召喚士と恐れられた、智将アルテッツァ・ワイズ。
身体のラインをくっきりと浮かび上がさせ、下着が透ける程に薄手な寝衣を纏い、妖艶な笑みを浮かべるアルトさん。
月明かりに照らされた、その神秘的な姿に、オレは思わず言葉を失い目を奪われた。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………あ、あの~、ご主人様? 中に入ってもよろしいですか?」
そして、僅かな沈黙ののち、先に口を開いたのはアルトさん。
少々困り気味に苦笑いを浮かべるアルトさんに、オレは慌てて椅子から立ち上がった。
「あっ、ああ、もちろんっ!」
そして、小さな丸テーブルをの前にある椅子を引いた…………のだが。
「ん?」
そんな、英国紳士っぷりを発揮するオレの横をスルーする様に通り過ぎると、アルトさんは静かにベッドの上へ腰をおろした。
な、なぜにベッドへ……
引いてしまった椅子の対応に困ったオレは、その椅子をアルトさんの方へと向けて、とりあえず自分で腰をおろすことにした。
「ご主人様ぁ? 何もその様な所に座らず、こちらに座ればよろしいのに」
そう言って、アルトさんは自分のすぐ隣をポンポンと叩いて見せる。
しかし、それは出来ない相談でこざる。なぜなら、そこに座ってしまわば、大事な話とやらの前に某のミジンコ程しかない理性など吹き飛んでしまう故に……
動揺のあまり、心の中の言い訳に若干武士言葉が混じってしまった。
艶っぽく足を組むアルトさん。その奥で見え隠れする、魅惑の逆三角形をチラチラと盗み見ながら、オレは平静を装う様に一つ咳払いをする。
「こ、こほんっ……そ、それで、アルトさん。大事な話って何ですか?」
おそらく、オレの視線に気付いてはいるのだろう。しかし、アルトさんはソレを隠すことなく――いや、むしろ見せ付ける様に足を組み替えて、大人の女性の余裕を見せ付ける。
む、紫のレース……ヤ、ヤバイ、鼻血が出そう……
チラチラとした盗み見から、思わずガン見になってしまったオレ。
それでもアルトさんは姿勢を変えることなく、妖艶な笑みを浮かべながら、その艶っぽい口を開いた。
「フフフ……ご主人様ぁ? わたしの用件など、分かっているのでしょう?」
「へっ……?」
オレの考えを見透かす様な、潤んだ碧眼の瞳。そして、吐息の様に漏れる艶めかしい声色……
その、神々しいまでの神秘的な姿に、オレは吸い込まれる様に魅入られていた。
「わたしの用件は、ご主人様のご想像通りですよ」
「そ、想像通り……」
「はい……わたしが今宵、ご主人様の寝所を訪ねたのは――」
「訪ねたのは……?」
ゴクリと息を飲むオレ。
遠い祖国の母上様、お元気ですか? 夕べ、杉の梢に明るく光る星一つ、見つけました。
まあ、それはどうでも良いのですが、わたくし一条橋静刀は今宵、晴れて大人の階段を――
「――あの小娘の事です」
そうそう、小娘と大人の階段を…………えっ?
一瞬、アルトさんの言葉の意味が理解出来ず、オレは呆ける様にポカンと口を開いた。
「え、え~と……小娘って?」
「ですから、あのコロナという小娘の事について、お話に来たのですが――」
ですよねぇ~。知ってた、知ってた。知っていましたよ、コンチクショーッ!!
「もしや、ご主人様――何か別のお話と思っておりましたか?」
「い、いや、そんな事ないよ、うん。コロナの事だろ? オレもその話だと思っていたよ」
いたずらっぽい、小悪魔スマイルを浮かべるアルトさん。
天国から地獄へと、一気にテンションを叩き落とされたオレは、テーブルに頬杖をついて、その元凶たるアルトさんの方へと目を向ける。
くっ……いたいけな性少年――もとい、青少年のピュアな心をモテ遊びおって。
こうなれば、今夜の一人寝のお供に、その紫色のレースが網膜に焼き付つくくらいガン見してくれるわ……