第十三章 急展開 01
「おしっ! 完成だっ!」
ラフェスタ桜祭り――
先日、シルビアが委員長を務める実行委員会が決めた、なんの捻りもない祭りの名前。
その、ラフェスタ桜祭りを明日に控え、五十を超える屋台が次々と出来上がって行く中、ようやくオレも自身の屋台を完成させたのだ。
あいにくの曇り空の為、正確な太陽の位置は分からないけど、時刻はだいたい午後の三時を少し回ったくらいだろう。
ちなみに、四つほど右隣のラーシュア達が使う屋台は、実行委員が派遣したドワーフの職人達の手を借り、午前中には完成していた。
そして、そのドワーフ達は、今も完成の遅れている屋台の組み立てを手分けして手伝っている。
ちなみにオレの屋台も、設計図は、ドワーフの職人さんが描いてくれた物だ。
初めての祭りにも関わらず、こういう細部にまで気が回るとは……
実行委員長、シルビア王女殿下の手腕も中々だな。
とはいえ……
完成の遅れている屋台というより、綺麗どころのいる屋台を中心に手伝っている様に見えるのは気のせいか?
まあ、同じ男として気持ちは分からなくもないが……少々あからさま過ぎるぞ、このスケベ親父共めっ。
「はい、ご主人様」
綺麗なお姉さんにおだてられ鼻の下を伸ばすドワーフ達に一定の理解を示しつつ、それでも嫉妬の込もった視線を送るオレの前へ、そっと白いタオルが差し出された。
「あ、ありがとう、アルトさん」
「いえ、ご主人様こそ、お疲れ様です」
そう、タオルを差し出してくれたのは、隻眼の美女アルトさん。
そのセクシーダイナマイトバディに、オレの視線から一気に嫉妬の色が消え、代わりにオレへ向けて嫉妬の込もった男共の視線が向けられる。
くくくっ……羨ましいか? 愚民ども。
オレは優越感に浸りながら、受け取ったタオルで額に流れる汗を拭った。
季節は秋から冬へと差し掛かり、今にも初雪が降り出しそうな曇り空。
にもかかわらず、気温だけは小春日和どころか初夏に近い暖かさだ。
となると当然、オレも含めて作業をしている者は、ほとんどが夏の装いである。
そして、ふとっ二つ隣の屋台を組み立てる、やはり薄着な褐色肌のエルフの姿が目に入って来た。
全体的にスレンダー体型の多いエルフに対して、グラマラスな体型の多いダークエルフ。ご多分にもれず、見事な胸を持つダークエルフさんが角材を持つ手を上げた時、タンクトップの脇から豊満な横ち――
「フフフ、ご主人様ぁ~。どこを見てるんですか~」
満面の笑みで、オレの視線を遮るアルトさん。
いたい、いたい……お願いですから、足をグリグリ踏むのは止めて下さい……
「い、いや……どこも見てないよ……」
不自然なほどにニコやかな笑みを見せるアルトさんから逃げる様に、そっと視線を逸らすチキンなオレ……
そんなオレの視界に、次いで入って来たのは、今にも花を咲かせそうなくらい蕾を膨らませた桜の木々たち。
そう、この季節外れの暖かな気温と桜の蕾は、今まさにグリグリとオレの足を踏むアルトさん他、魔道士の皆さまが大気中のマナを活性化しているおかげである。
これで明日、ステラ他、数人のエルフさんが精霊に働き掛ける事で、桜の花を一気に開花させられるそうだ。
ホント、魔法というモノは便利な代物だな。
異世界の魔法文化に感心しつつ、オレは汗を拭ったタオルを肩にかけ、更に辺りを見回した。
「ところで、コロナの奴はどうしました?」
途中まで屋台の組み立てを手伝っていたコロナ。しかし、心ここに在らずといった感じでミスを連発するもので、少し前に厄介払いも兼ねて水汲みに行かせたのだけど……
まだ、戻って来んのか?
「ああ、あの小娘でしたら、あそこに……」
そう言って、オレの後方へと目を向けるアルトさん。オレはその視線を追う様に、後ろへと振り返った。
木製の桶を両手で持ち、何かを――いや、誰かを探す様にキョロキョロと辺りを見回しているコロナ。
その不安げな表情から、誰を探しているのかおおよその見当がついたオレは、眉を顰めて軽くため息をついた。
探しているのはおそらく、昨夜の男達であろう。
ったく……人の弟子に、あんな顔をさせやがって。祭りが終わったら、キッチリと落とし前をつけてやらないとな。
そんな事を思いながら、ギュッと拳を握り締めるオレ。
「…………ん?」
その、拳を握り締めるオレの右腕――二の腕辺りに、とても柔らかく、そして温かいモノが押し付けられた。
不肖の弟子から、その柔らかなモノへと視線を移すと、そこにあったのは、胸元の開いたチャイナドレスからのぞく大きな谷間……
そう、豊満なダークエルフに勝るとも劣らない、アルトさんのお胸様である。
オレの腕を抱える様にして抱き込み、潤んだ隻眼の瞳で見上げるアルトさん。若干、汗ばんだ山脈と、その谷間に浮かぶ色っぽいホクロに、オレの目が釘付けになる。
「ところで、ご主人様……姫さま達の事は、お聞きになりましたか?」
「えっ? ああ、うん……き、聞いたよ」
周りの男達からの攻撃的な視線を一身に受けながらも、オレは必死に平静を装い、返事を絞り出す。
え、え~と、確か……シルビアとトレノっち他、実行委員の幹部は明日の最終調整の為、今夜は伯爵邸に泊まり込むって言っていたな。
「そうですか。ちなみに、小姑さんとラーシュアさんも、明日に向けての作戦会議とかで、今夜は修道院に泊まるそうですよ」
「そ、そうなんだ……」
明日は一応敵同士になるわけだし、オレ達のいない所で作戦会議をしたいんだろうな。
まあ、どんな作戦を立てたところで、オレ達の勝利は揺るがないだろうけど…………って、ちょっと待てっ!
姫さまとトレノっちに続き、ステラとラーシュアもいないだとっ!
じゃ、じゃあ、今夜はオレとアルトさん、そしてお邪魔虫――じゃなくて、コロナの三人だけになるのかっ!?
てゆうか、そのお邪魔虫も、夜には掃除に出掛けるし、しばらくの間はオレとアルトさんの二人っきりに……
突き付けられた衝撃の事実に思わず、ゴクリと喉を鳴らすオレ。
そんなら妄想豊かな性少年――ではなく、青少年の心内を見透かすように、アルトさんは妖艶な微笑みを浮かべると、オレの耳にそっと口を寄せた。
「今宵、大事なお話がありますゆえ、あの小娘が出掛けた頃を見計らって、お部屋の方へお邪魔させて頂きますね」
耳にかかる甘い吐息と、ふわりと香る大人の女性特有の甘い香り。何より囁かれた言葉の内容に、オレの顔は一気に紅潮し、身体中が火照る様に熱く――
「ししょ~。只今、戻ったっ、にょわっ!?」
突如聞こえて来た、何かに驚くような聞き覚えのあるマヌケ声。その声が耳に届くと同時に、二の腕に当たる柔らかな感触がス~ッと離れて行く。
そして、次の瞬間っ!?
突然、目の前が真っ暗になり、オレの火照った身体が一瞬にして冷め切ったのだった。
「す、すんませんッス、ししょ~……」
暗闇の中、何かを隔てた様なこもった声が、冷たくなった耳に届く。
そう、水を汲みから帰ってきたうっかりドワーフ娘が、直前で何かに躓き、持っていた桶を手放してしまったのである。
そして現在、中の水を全身に浴びながら、その桶を頭から被っているオレ。
くっ……
仮にも平安時代から続く陰陽師の家系にして、内閣調査室の筆頭執行人であったこのオレが、うっかり娘からの不意打ちをモロに受けてしまうとは……
もし、こんな姿をラーシュアに見られたら、何を言われる事やら……
だ、だが、一つだけ言い訳をさせて欲しい。
一流の剣客や武道家ほど、相手の殺気を読み取り動きを予測するものである。逆説的に言えば、本人すら意図していない攻撃というのは殺気が込もっておらず、一流の剣客や武道家であるほど回避が出来ないモノなのだ。
しかるに今の無殺気な攻撃は、剣豪と呼ばれた宮本武蔵や、柔道の始祖と言われる嘉納治五郎ですら、回避する事は出来なかったであろう。
……………………多分。