異界の魔女と貧民の少女の出会い
初連載で初投稿です。稚拙な作品ですが、楽しんでもらえればなによりです。
数百の大陸が生まれた巨大で広大な惑星、異世界『ラーグナーヴェ』には惑星を満たす特殊な物質が惑星核から生まれた。
ラーグナーヴェには惑星核から流れ出た【魔術元素】と呼ばれる、あらゆる事象や現象を意思で可能とすることの出来る、未知なる物質が惑星内部へと生まれ、惑星の表層部へ放出されたことで世界には魔術元素が満ち溢れ、それは世界へあらゆる影響を与え、産まれ出る動植物や自然すら変化させた。
『星命体』と呼ばれる”高位種族”が先ず初めに、ラーグナーヴェに誕生した。
星命体とは、高次元の存在で肉体と言う器を持たず、膨大な魔力と魂が精神星命体としての存在を形成する、一種の霊的な物に近い。
しかし、このラーグナーヴェに於いて肉体の死を受けず半永久的に生きられる、高次元の星命体は後に産まれる”生物種族”からしてみれば圧倒的な存在で、神に等しかったのである。
それ故、星命体として最初に生まれた者達は神々としてラーグナーヴェに君臨した。星命体が世界の統治と管理を行う中で数億年も後になって星命体に近い”上位種族”と、星命体に程遠い”下位種族”の『生物種』が生まれ、大陸各地で同族と暮らし争いと平和を繰り返しながらも繁栄していった。
数多の生物種が上位種族や下位種族同士で国を築き、戦争と和睦を反芻して領土を拡げては失い、また悲劇と喜劇を繰り返す。
星命体である神々は地上での統治と管理を上位種族の眷族に任せ、膨大な魔素が満ちる神々の世界へと帰還した。眷族である上位種族は下位種族に神々へに信仰心と宗教を作り与え、国家統治に役立てるように促し、それが宗教戦争へと繋がり、争いは広がることになった。
争乱の世を纏め統一したのは、【魔術の神】が眷族である『魔神族』であった。魔神族は主たる魔術の神の命に従い、世界にある無数の大陸へ渡り、千年帝国を築き上げた。
歴史上で千年帝国とは、千年もの永きに渡り平和を維持したことでそう呼ばれる様になった。千年帝国の崩壊後は、争乱の世が生物種によって繰り返され、最高神は嘆き悲しみ、怒り絶望した。
最高神は神の怒りを地上に解き放ち、その怒りは星を浄化する焔【神焔の星浄】と呼ばれ、痛みと共に歴史に刻まれた。
浄化の時は過ぎ、数千年が世界に再生と復興の時を終わらせ、新たなる時代の幕開けを迎え文明と繁栄を歩み始めていた。
◆
この世界にある歴史を記した図鑑並の大きな本を閉じ、目元を白く細い指で揉み解す。歴史書を横長い机に置き、本の上に手を乗せ深い溜め息を吐く。
「......ほんっと、下らない。三千年ぶりかしら? 生物種族が無能で塵芥の役立たず以下だって理解できる内容ね? まぁ、虚無そのものな星命体と比べれば、刺激的な面でのみ、優れているのかしらねぇ?」
豊満な胸元に流れる長く美しい金髪を、指先でくるくると弄くりながら彼女は、碧色の瞳を細め、愉しそうに口許を歪めて語る。
魔女の様な出で立ちの、黒いローブととんがり帽子を被る金髪碧眼な美女。染み一つ無い白く綺麗な肌に、整った顔立ちは鼻梁がすっと通り小さな鼻先をつんと立て、ふっくらとした柔らかな赤い唇は愉悦に歪み、それでもなお、微笑は美しさを保つ。瞳は鋭い剣の様につり上がっており、碧の瞳は全てを見透かすかの様にも見える。しかし、今はこれからやることを楽しげに爛々と瞳を輝かせていた。
本の上に置いた手を軽く上げ、指をパチンッと鳴らす。瞬間、指先に金色の火花が弾けキラキラと煌めき本に向かって宙を進む。
本の中にすっと溶け込む金色の光。
刹那、本がぼんやりと光に包まれふわりと宙を浮いた。そして、宙を進み近くに在った本棚の中にストンと収まる。
魔女の出で立ちをした美女は、本を片付けるとおもむろに椅子から立ち上がると、両手を頭上に上げて凝り固まった体をぐぐっと伸ばした。豊満な巨乳が前に押し出され、ぷるんっと揺れる。
「さァて、と。先ずは住み家作りかしらね? 近場にあったかしら。まァ、適当に探せばあるわよね」
机に立て掛けていた自分と同じかそれより少し高い、長く大きな杖を掴むと、彼女は歩き出す。
口許を横に裂き、美しい貌を歪め、愉しそうに微笑した。
「うふふっ、久しぶりの感覚ね。こォんなに楽しみなのは本ッ当に久しぶりだわ。あァ、楽しみ」
扉の無い大きな門を潜り抜け、図書館の様な広い部屋から出ると、眼前には黒と白の混ざり合わさった上下の無い空間が広がっていた。
彼女は何もない足元を気にもせずに突き進む。
そう、これからの楽しみを考えるだけで他には何も興味を向けることは無い。今から、彼女は刺激的な新しい門出を迎えるのだから。
歩いて数分もせずに、黒白の空間の中心へと到達する。そこには、数十メートル近い巨大な円形状の扉が空中に浮かんでいた。
豪奢な装飾が飾り付けられ、緻密な彫刻で高級感溢れる木製の扉には複雑な魔方陣が騎士と魔法使い、竜の絵を囲うように描かれてあった。
そんな芸術品の扉を気にもせずに、彼女は右手で触れる。
「......さァ、開きなさい。人の住まう、刺激的で面白そうな街がいいわね。其処に貴方の扉を繋げなさい、次元門!」
言葉に反応したのか、巨大な扉は刻まれた魔方陣が光輝き、ガゴォンッと大きな音を立てゆっくりと開門する。
開く扉の中から、生温い空気と風が流れ込み、彼女の肌を嘗めるように包む。気持ちの悪い風ですら、今の彼女には門出を祝う刺激的な一部でしかなく、外界との久しい感触と感覚に、愉悦が高まり、微笑を歪めていく。
外側に開ききった扉の内側にあったのは、大きな街を上空から写し出していた景色だった。
こんな巨大な扉が街の上空に現れていながら、街の住民は騒ぐこともなく何時もの日常を続けていた。それは、この次元門が景色に溶け込み、隠匿する機能を有しているからである。
街を見下ろす彼女は、愉しげに笑い声を上げる。
「アハハハハハッ、いいわ、いいわよ、此処。気持ちの良い悪意と雑味を感じるわねェ? 刺激的な感じがするじゃない? 此処に决ィめた! あァ、楽しみだわ、ウフッ、アハハハハハッ!」
高らかに笑い声を上げると、彼女の体がふわりと浮かび、扉の中へ堕ちるように入っていく。
堕ちていく彼女は街の中に複雑に立ち並ぶ建物へと消えて行った。
主なき扉は独りでに動き出し、ゆっくりと閉まり主の帰りを待ち続ける。
◆
なだらかな草原地帯に広がるのは巨大な交易都市『メルカトール』と呼ばれる、中立を保つ都市国家である。
都市国家のメルカトールは、野に咲く花の様な十枚の花弁が城壁のとして中央円形状の街並みを中心に広がり、巨大な壁で国土を囲われた城壁都市である。
中央部の円形をした城壁に囲われた内部には最高権力者達が住まう特別な場所である。其処にある建物は全て三階建て以上の高さを持ち、建物の壁や庭園にすら汚れが一つもなく、細部まで緻密に作られた高級感溢れる屋敷が美しい佇まいを見せていた。所謂、ここは貴族街と呼ばれる上流階級の住まう場所だからである。
貴族街の外壁から中央都市よりは少し余裕を持って作られた九個の都市が、壁毎に区画分けされて九つの都市として在った。貴族街の外側に作られた街並みは、平民の住まう住宅街に牧場や農場が中央都市から続く巨大な『大商路』と呼ばれる舗装された長大な路に合わせて広がっていた。
平民の住まう広大な平民街も、外側からの侵入を防ぐ巨大な壁が建造されており、外壁門には駐屯地があり多数の兵士が駐屯して防衛と監視の任務を行う。
外壁上にも兵士が巡回して監視網を敷くことで、魔物や盗賊等の危険な存在が侵入しないようにしている。
長閑で広大な大都市【メルカトール】は交易商業都市国家として中立の立場を守り、東西南北に在る八大勢力の各国と交易による権益を共有することで、メルカトールは侵略をされず生き残ってきた。
しかし、八大勢力の諸外国と関わることで都市内は拡大と共に闇も拡大していた。膨大な交易による権益を享受する者達と、幾つもの勢力争いにより搾取される弱者達に分かれていたのである。
大多数の平民が中立都市メルカトールの様に中立を維持して、搾取されず奪いもしない立場を守ることで自衛としたのである。だが、中立を維持出来ずに弾き出された者達が、都市内に貧民街を生み出し、中立都市とは名ばかりの闇を広げることになっていた。
平民街の外縁部にある外壁門と平民街の丁度その間に挟まれる様に貧民街は生まれ、綺麗ではないものの清潔感は少なからずある平民街と違い、貧民街は倒壊寸前の建物や無理矢理に増築した二階、三階立ての木製小屋が建ち並ぶ。
そんな、貧民街の汚れた通りには爪弾き者がギラギラとした欲望を輝かせた眼をして座り込んでいた。
奪われた自分達が此処を通る奪った奴等から奪い返すのは当然と、勝手極まりない考えで待ち伏せて、弱者が来るのを待っている。
その貧民街の中でも更に暗く汚い裏通りに、哀れな獲物と醜い狩人が争っていた。いや、正確には争いではなく理不尽な暴力を狩人が振るっているだけ。
薄暗い路地裏で、肉を打つ鈍い音が響いていた。
地面に転がる幼い体。薄汚れた襤褸の布切れを被せただけの衣服を纏う十才程度の子供は、三人の大人に殴り蹴られて地面に転がり倒れ、腕や足、頭を捕まれては立たされて繰り返し、非情で理不尽な暴力を受け続けていた。
泣き叫ぶ気力も無い様子で幼い子供は痛みに体を痙攣させ、唇を切ったのか血が涎と混ざり口から垂れ流される。絶望して光を失い濁った暗い瞳からは涙が零れ落ちる。
虚ろな眼で建物の隙間に見える青空を眺め、時に地面に転がり地べたに這いつくばって暴力が終わることを願っていた。
理不尽な暴力を振るう大人達の一人が、無反応な子供に苛立ち、怒りで顔を歪める。
「けっ、つまんねぇ餓鬼だ! 金も無ぇみてぇだしよぉ、そろそろ行くか?」
「あぁ、まぁ気晴らしにはなったしなぁ? ははははっ」
「つーか、この餓鬼が少しは金持ってればよぉ、この後で酒の一杯飲むぐれェは出来たのによ! ちっ、ぶっ殺すか? このクソ餓鬼」
よほど苛ついているのか、三人組の中で一番背の高い筋骨隆々な体格をした男が、子供の腹を踏みつけながら懐からナイフを取り出す。
刃物を取り出した男の顔は、弱者を蹂躙してその命を奪えることを、同じ弱者でありながら強者の側に成れることを歓喜して歪んだ、気味の悪い笑みを浮かべていた。
子供は太陽の光を鈍く反射して輝く銀色の刃物を見詰め、しかし、違和感を覚えた。
刃物の反射して映る景色に自分ではない、理不尽な暴力を振るう大人達でもない第三者が映り込んでいた。
それは、魔法を使う魔術士や魔導師、魔女と呼ばれる者達が着る漆黒のローブで身を包み長杖を片手に持つ、漆黒のトンガリ帽子を被った女であった。
三人組の男達の中でナイフを持った男の右隣に居た、子供を興味無さげに見ている男が最初に気付いた。
「あァ? ......お、おい。見ろよあの女! すげぇ良い女じゃねぇかよ!?」
下卑た声で叫び、魔女の姿した女に指を指す。
「んだよ、女だぁ?」
「ははっ、おい、まじかよ。ひひっ、最っ高じゃねぇか! コッチの方が楽しめるぜ」
ナイフを持った男は苛立ちながらも見ると、そこには美しい容姿の黒いローブの上からでも解る豊満な胸、高級娼婦でもこんな絶品は居ないだろう。
それ故に男は見惚れていた。
歓喜の声を上げて三人目の男が艶かしく美しい女に、無防備にも近付いていく。
女は近付いて来る男を一瞥して、直ぐに下に転がる子供へ視線を戻す。
その態度に近付いた男は眉間を歪める。
「おい、女。テメェ今の状況が解ってんのかよ? 今から俺達に犯されて滅茶苦茶にされるってぇのに、何クソガキの方見てんだよ!」
女は目の前に立つ男を無視して、視線の先の子供に語り掛ける。
「ねぇ、そこの貴女。哀れで、無様で、可哀想な君? 理不尽と無力に苛まれて絶望を知った貴女に聞きたいのだけれど、良いかしら?」
子供は、最初気付けなかった。こんな無様で醜い自分にこんなにも美しい貴族の様な女性が、話しかけてくるなんて、夢にも思わないからだ。だが、現実に彼女は少女へと語り掛ける。
「どう、この虫けら以下の塵芥共を私が処理してあげるから、貴女、私の物にならないかしら」
それは、圧倒的な者による上からの物言い。でも、少女はそれが希望の光を呼び込む何かに感じ、答えた。
「......ぇう、あ、たす......助けて、くれる、なら......貴女の物に、なる。......いえ、なり、ます! だから......っ、助けて下さい!!」
叫ぶ少女の心からの言葉に、魔女はにたりと深紅の唇を狂喜の笑みにして答えた。
「ええ、わかったわ。貴女は今から私の所有物よ。それから、対価としてこの場にいる塵芥共は殺してあげる」
突然のやり取りに理解が追い付かない男達は、各々が隠し持つ護身用の武器を、もたもたとしながらも出すと魔女を囲む様に動き、短かな刃物の刃を向ける。
無謀と無為であることも気付けない彼等は、魔女に叫び脅す。
「んだ、てめぇ! 俺達と殺り合うってのか! あぁ!? こっちは三人だぞ、解ってんのか!」
「大人しく犯られりゃぁ、可愛がってやるのにそこに転がってる餓鬼みてぇにされてぇのか! えぇおい!」
「ぴぃぴぃと囀ずって五月蝿いわねぇ? 小鳥でももう少し静かなものよ? 貴方達は、鳥以下の虫けら風情かしら。まぁ、これから死ぬ奴等に興味の欠片も無いし、沸くことも無いのだけれどねぇ?」
魔女は余裕の笑みを見せつけ、片手を肩程までゆっくりと上げていく。それは、あたかも彼等の終わりを告げるタイムリミットの様にも見える。
自分達の脅しに対して怖がる所か、逆に殺すと言い出す女に、男達は逆に恐怖を感じて身体中から脂汗が流れ出てくる。
「お、おい! こいつ何かやばくねぇか!?」
「こんな格好ってことは、この女まさか、魔法使えんじゃねぇか?」
「ちっ、てめぇら! こんな女一人に臆病風吹かれてんじゃねぇよ! こっちは三人だぞ!」
男達の中で二人が怯え、最初から刃物を出していた男が怒りながら叫ぶ。
それを滑稽な物を見た様な、蔑んだ瞳で眺めている魔女。
親指と人差し指をパチリと鳴らし、終わりを告げる。
「さようなら、醜い塵芥共?」
刹那、男が突然全身を黒く輝く魔法の炎に包まれ、焼き尽くされていく。
「なっ! がぁ、ぎゃぁああああ!?」
「うわぁあ、あつ、熱い! いやだっ、死にたくながぁぁぁぁぁ」
「ぐぉ、ぎぁ、ぎがぁああああ!」
男達は黒炎に完全に飲み込まれて、全身を焼く痛みと恐怖に叫び続ける。
死に物狂いで地面や建物に炎を擦り落とそうとしながらも、消えることの無い黒炎に絶望して叫び続けながら、哀れにも死に絶えた。
黒炎は骨も残さず焼き尽くし、後に残ったのは焼かれた人間の灰だけだった。その灰は、焦げた地面に山となって積まれ、魔女が片手を振るうと風が生まれ吹き飛ばされる。
後に残る灰も風で消え去り、そこには最初から何も無かったかの如く、何も無くなった。
「はい、これで終わりね? さぁ、貴女はこれから私の物よ。手始めに貴女のお家に案内してくれるかしら? そこを仮の拠点にしなければね」
片手間に事を成した彼女は、所有物となった少女に一方的に話し掛け、路地の入り口へとさっさと歩きはじめる。
「ぁ、あのっ! えと、その......」
「ん、なァに?」
何かを言いたげな少女に、彼女は顔だけで後ろを振り向いて聞く。
少女はボロボロの体を、壁に寄り掛かりながら何とか立ち上がると、言った。
「......えっと、すみません。私、家なんて持ってないんです。ごめんなさい......」
「あら、そうなの? まァ、これだけ汚ならしくしてれば、少しは気付きそうなものよね? ここに居るからには、先の塵芥と同じ感じかしら?」
少女は申し訳なさそうな表情で答える。
「は、はい」
「うゥん、何処かで優良物件でも買った方が良いのかしらね? あ、あと貴女立つのがやっとでしょう」
彼女は少女の方に体を向けると、片手を上げて人差し指を少女の額に触れる。直後、小さな光が彼女の指先から放たれ、キラキラと煌めきながら少女の全身を包み込む。
驚き体を硬直させている少女を無視して、魔法の光は少女の全身をくるくると巡り、癒していく。光が通った場所は傷が痕も残さず消え去り、痛みも無くなっていた。
突然の魔法に驚愕した少女は、驚きの余り見開いていた両目で彼女を見詰める。
驚かせて楽しんだ彼女は、癒しの魔法を使った指先を口許に寄せて、愉しげに笑みを作る。
「ふふふっ、貴女の表情は楽しいわね。もう、痛くもない筈よ。どう?」
「あ、え、と。はいっ、大丈夫です!」
「そう、ならいいわ。さ、行きましょう?」
路地の入り口へと歩く魔女と、その魔女に付き従う様に走る少女。
交易都市の物語がこれから始まる。