幽霊の幽霊による幽霊のためのアルバイト
「これは悪霊の仕業ですね、間違いない」
胡散臭い台詞を吐きながら、白鷺望は目の前の夫婦に不安を与えていた。
髪をきっちり七、三に分けた男だった。白鷲はグレーのスーツをカッチリ着ており、ブルーのタイを結んでいる。意味もなく愛用している伊達眼鏡を中指で上げる彼は、一見どこにでもいるビジネスマンのようだった。
「その……悪霊と言いますと」
探るような調子で、小太りの女が尋ねた。
パーマをあてているのか、髪は鳥の巣のようである。対して隣に座る夫はうっすらと逃避が見えていた。
「例えば旦那さん。あなた、最近抜け毛でお悩みではないでしょうか?」
旦那は頷いた。
「奥さんも頑張ってはいるのに、体重計の数字が一向に減らない」
「はい、そうです」
「これ悪霊の仕業です」
見てのとおり白鷲はインチキ霊能力者だった。もっと直接的な言い方をすれば詐欺詩である。
彼は持って生まれたその見た目と、言葉巧みな会話術、さらには持って生まれた強運と天性の霊感を武器に、この世で一番楽して大金をせしめる方法を考えた。
その結果が今の彼だった。
「悪霊と一言に言っても色々いましてね。人を呪い殺したり、祟って不幸にしたり、憑りついて破滅させるような悪質な霊もいます。ああ、ご心配なさらずに田中さんに憑いているのは、比較的低級で害の少ない霊ですよ。それに私もいますからね」
よくもまあ、そんなにペラペラと舌が回るものだと感心させるぐらい、白鷲は独自で開発した効率よく洗脳する会話マニュアルにそって、田中夫婦に詰め寄った。
こんなもので本当に効果があるのか、恐らくは誰しも疑問に思うことだろう。
しかし平常時ならいざ知らず、意外にも人と言う生き物は困難を前にすると、例えそれが如何わしい輩の手であったとしても、藁をも使む思いですがるものなのである。
現に田中夫妻の目に疑心の色はない。
熱心な教徒よろしく、まっすぐと白鷲の目を見つめて彼の言葉を待っていた。
二人の様子を見ながら、今回は楽勝だ、と白鷲は確かな手ごたえを感じ取る。
こうなればもはや、二人はまな板の上の鯉も同然だ。
「さきほどお話を伺った限りですと、お二人に憑いている霊は短絡的。恐らく子供の霊かと思います」
「子供の霊……ですか?」
はい、と白鷲が頷くと隣に座っている旦那が唾を飲み込む音が聞こえて来た。
「もし子供の霊が私のような専門家に相談したと知れば、どうなると思いますか?」
「どうなるとおっしゃいますと?」
「例えば悪戯した子供が、先生に告げ口をされたと知れば、良い思いはしないでしょう。これは私の勘……と言っても経験則なんですが、十中八九今日中になんらかの動きがあるとみて違いない」
脅すように白鷲は畳みかける。自分の言葉に一喜一憂する中年家族を見るのは滑稽で面白いが、気の弱い人間を相手にするときは加減が必要だ。
こと田中夫妻にいたっては、さきほどから浮かべている青白い顔をさらに蒼褪めさせ、自分の死体でも見ているような強張りっぷりだった。
「私達はどうしたらいいんでしょうか?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、白鷲は持参したハンドバックから自作したカタログ表を持ってきた。
カタログ表には数珠や仏像はもちろんのこと、皿やら壺やら花瓶やら……はてには飲んだ方が具合が悪くなりそうな錠剤のセットまで、商魂たくましく売れるモノはなんでも売ると言わんばかりに載っていた。
無論、値段についてとやかく言うまい。彼等は零の数が多ければ多いほど、霊に効果的だとかわけのわからん理屈を振りかざす連中なのだ。
「田中さん達のケースですと、まあ私達も商売ですので本当はこっちの高額な物を買っていただいた方が嬉しいのですが、けれどそこまでしなくとも、こちらのお皿があれば十分かと思います。この皿の上に盛り塩を置き、玄関口に置くだけで大分変ってくると思いますよ」
親身になっている風を装って、白鷲は笑顔を浮かべながら嘘をつく。
やはり物を買わされるとなれば、消費者は無意識ながらに騙しとられるんじゃないかと抵抗感が生まれる。そこを付くように、抜かりなく白鷲は胸の前で手を叩いた。
パン、と個気味良い音が鳴り、思わぬ聴覚からの不意打ちに二人の肩はビクリと震えた。
「すみません。ちょっと気になったもので、軽く霊を祓いました。霊ってのは音に敏感で軽く手を叩いただけでも割と退散したりするもんなんですよ。ほら、若干ですけど空気が軽くなったような気がしません?」
「そ、そうですか?」
「ええ。現にお二人がこのカタログを見てから、邪魔しようと集まって来てましてね」
「と言うことは今はもういないんですか?」
「いないってことはありませんよ。二人に憑りついてる霊は以前、憑いたままですし……まあこればかりは仕方ないです」
あえて白鷲は突き放すように淡白な口調で言った。自分が今手を引いたら大変なことになる、そう思わせることで購入意欲をくすぐるのだ。
「こちらに使用者の方にとったアンケートもあるんで、どうぞ」
一方的に話を切り上げ、ページを一気に最後の項までめくる。
どこか名残惜しそうな視線でページを追っていた二人を見て、白鷲はあと一押しで落ちると判断する。
「割と霊でお困りな方って多いんですよ。これはほんの一部の方の言葉なんですが……どうです?」
もちろん記載された感想は全て偽りである。
もしここに真実を記されていれば「騙された」とか「金返せ」とか「コイツ等は悪徳業者だ」と言った素晴らしい実体験からくる感謝の言葉が並ぶだろう。
そもそも白鷲が見せた感想は、雑誌の最後のページに乗ってる眉唾な健康グッズより輪をかけて嘘くさかった。
例えば『この壺を買ってから悩まされていた低血圧が治りました』とか『身長が十センチ伸びました』とか『コンプレックスだった癖っ毛が治りました』とか、お前等は今までどんな霊に困らせられていたのだと疑問を投げかけずにはいられない、ツッコミ満載な文言だった。
しかし悲しいかな、これまで白鷲が築き上げた自身への絶対的な信頼と、悪魔ですら舌を巻くような神がかった交渉術により、すでに二人に疑問の余地はない。
洗脳された信者が、お布施に大金をつぎ込むように、すでに田中夫妻の財布は白鷲が握っていた。
「まあ心配な気持ちもわかりますから、すぐに決めて貰わなくても結構です。ただ今晩中には決めていただかないと、最悪……その大変申し難いのですが、除霊後のアフターケアまでは保証しかねますので、そこだけはご了承ください」
念には念をとダメ押しである。
白鷲の言葉につられて、夫婦の首が縦に頷いた。
「では、まず二人に憑いている悪霊を祓いましょう」
白鷲が偽りではなく、満足感から来る笑顔で頷いた、まさにその時だった。