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死神の少女と死刑囚な執行人

作者: 大森サンジ

「また優しい人が死刑になった」


 ひとけのない、夕闇の公園。

 少女が暗い空へ踏み出すと、セーラー服のリボンが初夏の風に揺れた。



ーーーーーーーー

 刑法11条1項

 死刑は…(略)…絞首して執行する。

ーーーーーーーー



 細い紐は向かない。

 ビニール紐なんてもってのほか。

 首と紐のどちらかが切れてしまうからだ。


 太めの紐がいいらしい。

 特に、大型犬用リードのような縄は肌当たりも良さそうだ。


 座るなら、座高よりも若干高く。


 立つなら、週刊漫画雑誌を5冊くらい重ねて、ぴったりハマるくらいがいい。

 足で蹴り飛ばして、雑誌がきちんと崩れてくれれば逃げようがなくて最高だ。


 ホームセンターや大型スーパーはすごい。

 人が死ぬための道具が必ず手に入る。


 コンビニはだめだ。

 酒や煙草といったゆるやかな死しか置いていない。

 それどころか、売ってもらえない。

 ああ、カッターナイフがあるか。

 でも、生きることすら怖がってる臆病者がそんな刃物使えるか?

 答えは、否。

 痛いのは嫌だ。

 それはどんな人だってそうだろう。



 僕が選んだのは公園だった。

 人のいない公園。

 最後に乗ったのが誰かさえわからないブランコ。

 そこが16歳の僕の最後の場所になる。


 ブランコとブランコの間、支柱から垂れる縄の先に頭がちょうど入る大きさの輪がある。

 それはまるで電車の吊革のようにも見える。

 地獄行き電車の吊革だ。


 さあ、出発進行。


「君はどんな極悪人なの」


 出発の合図は「駆け込み乗車はご遠慮ください」に似た平淡な声で遮られた。


 目の前に少女がいた。

 見知らぬ学校のセーラー服を纏う少女。


「君は外国人とテロでも起こしたの?」


「いや」


「じゃあ、人のいる家に放火でもした?」


「そんなことしてない」


「それなら、強盗ついでに人を殺したの?」


「まさか」


「もしかして、大量殺人?」


「するわけないだろ! さっきからなんなんだ?」


「だって」


 少女が僕の手にある縄を指す。


「自分を死刑にするくらいだもの」


 夕暮れの風が少女の制服のリボンを揺らす。


「僕は何もしていない。ただ死にたいだけだ」


「へえ。何もしてないならなおさら、君が君一人殺したところで死刑には足りないよ」


 変な少女だった。

 自殺しようとする人間を止めることもなく、ただ不思議そうにしている。


「私ね、落ちこぼれなの」


 少女がブランコに座る。

 揺れ始めたブランコは少女の黒髪を前へ後ろへと揺らしていく。


「魂の音がして来てみると、まだ生きてるの。

 それで、気付くと回収しそこねてるの」


 少女はブランコをこぐのがとで上手かった。

 そのまま夕暮れの空に溶けていきそうなくらい、高く、高く浮かび上がる。


「おまえ、なんなんだ?」


 初夏のぬるい風が僕らの間をすり抜けた。


「死神。魂を回収してあっちに運ぶのが仕事」


 ひときわ大きく上がったブランコ。

 その勢いで少女は真下へ飛び降りた。


「危ないっ!」


 ひどく転倒してもおかしくない姿勢だったのに、少女はセーラーカラーとスカートをはためかせただけで、すっくりと着地してみせた。


「心配したの?」


「ああ」


 少女がくすくすと笑う。


「変なの。死神を心配するなんて」


 そのとき僕はもう縄を使う気はなくなっていた。

 でも、僕の勝手な気まぐれで彼女の仕事を失敗させてしまうのは申し訳ない気もしていた。

 ただでさえ僕は誰の役にも立てない上に、「クズ」で「ノロマ」で「生きてる意味ねー」人間なのに、人の仕事の邪魔までしているのだ。

 せめて一度くらい誰かの役に立ってみたいと思った。


「僕で良かったな。今日はちゃんと仕事できそうだぞ」


 吊革をを握り直す。

 この電車は地獄の前に「あっち」に着くらしい。

 途中下車は可能だろうか。

 可能なら、彼女と「あっち」を見てみたい。


 使命感に従って出発した僕の足は、すんなりと地面から離れていった。



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