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一瞬のトキメキ

「さぁ、お入りください」


寮についた私は、大事な話があるから、と水樹の部屋へと招かれた


何を言い出すつもりだろうか……


帰り道は少しだけ上機嫌なように見えたけど、きっと何かを企んでいるのだろう


「な、何?」


椅子に座らされると水樹に正面に立たれ、私はただオドオドしていた


「打ち合わせの間中ずーっと、上の空でしたよね?」


げ…


「え?…そうだった?」


誤魔化そうとするも、声は裏返るし、そこあとに何の言葉も出てこないしで散々だ


これが漫画なら、汗がダラダラと吹き出してアタフタしている描写になるだろう


「バレてないとでも思ってたのか?


全てお見通しなんだよ


お前の頭の中は、岸谷明良のことで一杯だったんだろ?」


「は!?なんで…」


「なんでわかるの?って言いたいのか?


だからお見通しなんだって」


最悪だ


明良とのことが水樹にバレたら絶対に色々言われるだろうから、秘密にしておこうと思ったのに…


なんで知ってるのよ!



「それで、岸谷と2人きりになった時、何を喋ったのか教えてもらおうか?」


「な、なんで言わなきゃいけないのよ」


ほら、こうやって聞いてくるのはわかってたのよ

だから隠しておきたかったのに!


これ以上誰が言うもんか!


「まだ隠そうとするのか?」


黒い声が響いたかと思うと、肘掛けを片手ずつで掴まれる

椅子の背もたれと水樹に挟まれて、至近距離で向かい合うこととなってしまった


どうやっても逃げられない状態だ


近い!近すぎるよ!

そのあまりの近さに緊張して心臓が激しく脈打つ


「ふっ、これは結衣が男嫌いだとわかっていながらの適度な嫌がらせ


ついでに言うなら、俺を男であると認識しながらも、最近はだいぶ慣れてきたこともわかった上で、だ」


その外見だけは綺麗な女性の笑顔に、ときめかされている自分が悔しい!


確かに最近は水樹に触られても鳥肌が立つことは少なくなってきて、不思議だなとは思ってたけど…


これはさすがにまずいでしょ



「い、言う…

言うから、離れてよ」


「言ったら離れる」


この自分が優位な状況を良いことに、水樹は意地悪そうに言ってくる


とにかく、私は話さないことにはどうにもならないらしい…


「その……明良とは中学生の頃色々あって、私が男嫌いの原因となる言葉を言われたんだけど…」


たまたま通りかかった教室で、明良が数人の男子と話しているのを見かけた


そして、あの子に告白するの?と聞かれた明良は、『ちげーし、好きじゃねーよあんな奴』と答えた


聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った

急いでその場を離れた私は、走っているけど地面に足がついていないような、悲しくて悲しくてまともじゃいられなかった



まさか、この話を自分の口から誰かにするなんて…それが水樹だなんて思ってもみなかった


「うん、知ってる」


え、知ってるの!?

すごい驚きなんだけど


「それについて謝られたのか?」


「まぁ、そう

あれは本心じゃなくて、照れたから言ってしまったって謝ってくれた


それで…あの頃の失敗を取り戻させてくれって言ってたけど…それはどういう意味なのかな?」


取り戻すって何を?って思ったけど、その場の雰囲気的に聞くことができなかった


「ちゃんと告白させろってことだろ」


「えぇ!?」


「この鈍感が…」


そう呟くと水樹はようやく椅子から離れた


私としては、そんな呆れられても困るんですけど…


告白なんて、そんな…


「お前はそれを言われてどう思ったんだ?

運命の再会とかロマンチックなこと思ったか?」


「え、なに、運命の再会?」


水樹の口からそんな言葉が出てくるのがおかしくて、半笑いで聞き返してしまった


そしたら思いっきり睨まれた訳だが…


「ごめんごめん

そんなの思う訳ないじゃん


あの言葉が本心じゃ無かったっていうのがわかっただけで、あの頃の気持ちが戻ってくるとか、そういうのは無かったよ


それどころか、ずっとビクついてたんだから」


そう

恋にタイミングというのはすごく大きくて、今さら明良に何を言われようと、あの頃には戻れない


「そうかそうか

あの男にもそう言ってやれ」


頭をくしゃくしゃと雑に撫でられ、止めさせようと見上げると、とても嬉しそうな水樹が見えた


何がそんなに水樹の心を満たしたんだろう?


ただ、その笑顔に胸の中でときめきの鐘が小さく鳴ったのには、気づかないふり




それからはバタバタと色んなことが進められていった


出店は2校の学生が協力して出すことになったため、学園に青城高校の学生が来るようになる、と撫子学園の学生に伝えたところ、楽しみにしていたらしく嬉しそうな声があがった


夏休みに入ると青城高校の学生が毎日のように学園を訪れていて、まるで男女共学校のような新鮮か光景が広がっていた



「会長、そろそろ打ち合わせに向かわないと間に合いませんよ」


「あ、そうだった」


最近は、水樹が忙しいらしく3人で行くことが多くなった


「今日も七海がたくさん素敵な案を出しますから、期待しててくださいね!」


元々イベントが好きな七海は、今は毎日が楽しくて仕方ないらしい


男性が苦手だったのはどこかへ行ってしまったのか…


「七海は男の人が大丈夫になったの?」


「言われてみれば…副会長さんと仲良く話していますよね」


私たちに聞かれた七海は、暫く考えている


「んー…苦手ではなくなったかもしれません

話してみると、面白い人ですし


あ、好きとかではありませんよ?

七海はお姉さま一筋ですから!」


「そう…それは、ありがとう」


そうか

七海の男嫌いは克服されたのか…

なんだかちょっと寂しい気もする



そして打ち合わせが始まった

数分しか経ってないのに、明良とは既に何回も目が合っているが、無視


私が喋らなくても、賑やかな七海と大谷君が喋り続けてくれているので、場の空気は保たれている


陽も暮れてようやく打ち合わせが終了した


明良が何か言ってくる前に帰ろうと思ったのだが


「結衣、これ片付けてくるからちょっと待ってて!」


そう言うと私の返事も聞かずに大量の資料を持って、どこかへ行ってしまったのか


「会長、私たちもこれを学園に提出しなければならないので、お先に失礼します」


「あ、うん」


「えー?七海はお姉さまと一緒に帰るー!」


「わがまま言わないで」


グズッた七海のだったが、あっという間に深雪に引きずられるようにして連れていかれた


さて…


今日は水樹もいないし、自分でなんとかしなければいけない


私は明良に待っとく、なんて言ってないんだし、そろそろ帰ろうかな

そう思って立ち上がると


「そんなに明良のこと避けないであげてよ


明良が一途に思ってるのって、結衣ちゃんなんでしょ?」


残っていた大谷君に呼び止められた


「な、何のこと?」


「あはは

バレバレだって!

明良も結衣ちゃんもわかりやすいよねー」


やっぱり私は誤魔化すとかができないんだ…


「あ!もしかして水樹にバラしたの大谷君!?」


「あー、そういえば話したな

すっげー食いついてきたからさ」


なんてことをしでかしてくれたんだ!


「明良は良い奴だよ

熱い男で、バカな所はあるけど皆から慕われてる


結衣ちゃんだってそんな明良が好きだったんでしょ?」


う…

そう言葉にされると、いくら過去のことでも恥ずかしい


「好きだった…。なのよ

今も好き。ではない


それとこれとじゃ大きく違うでしょ?」


「そんなこと言わずに、明良にチャンスを与えてあげてよ

もうすぐ戻って来るからさ」


大谷君の言う通り、そのあとすぐに明良は戻ってきた


「もう、皆帰ったんだ?

じゃあ、結衣のこと送っていくよ」


「え…?いいよ、そんな」


「もう暗いし、1人で帰す訳にはいかないから」


そう言われ、半ば強引に送ってもらうこととなった




「こうやって2人で歩くの久しぶりだな」


「うん」


それから明良が自分の学校生活のことなんかを話しているのだが、その内容がどうこうではなく、私の相槌は適当なものとなっていき、歩きながら自然と微妙な距離が生まれていった



「緊張してる?それとも俺のこと避けてる?


俺は、あの頃みたいにまた結衣と楽しく過ごしたいんだよ


お互い会長にとして再会できるなんて、これも何かの縁じゃないのか?」


縁…

そう言われるだけで、私はゾクッとしてしまう


もう寮も見えているし、送ってもらうのはここまででいい


「生徒会長として、合同文化祭を成功させるために明良達とは協力する


でも…それ以外は、何も望んでないよ」


曇り行く明良の表情を見ていられなくて、私は寮の方へと体の向きを変えた


あ…


そこには外灯に照らされた1人の美しい女性


「おかえりなさい、結衣さん

遅かったんですね」


やってしまった…


1番見られてはいけない人に明良と帰って来たのを見られてしまった…


その作ったような優しい水樹の声に、私は恐怖しか感じられなかった




「あの、別になんでもないから」


寮のロビーを歩きながら必死に水樹に訴える

だが、そう言ってから、こんな言い訳をするほうが返っておかしいんじゃないかと気づいた


本当にただ送ってもらっただけなんだし、堂々としておけば良かったものを…


「結衣さんは…男嫌いと言っておきながら、実は軽い女なのではないですか?」


「な!ひどい!」


スッと私の前を通ってエレベーターに乗り込む水樹を追いかける


「何とも思ってないのに送ってもらっちゃって、岸谷に期待させたいのか?


自分に構ってくれる男なら、男嫌いを克服させてくれそうな男なら誰でも良かったんじゃないのか?


その最初の男がたまたま俺だったってだけで、それが違う男でも、例えお前を男嫌いに追いやった岸谷でも、よかったんだろ?」


迫ってくる水樹によって隅へと追いやられる


何も言えなかった…


水樹と出会ってからというもの、荒療治のようにして男嫌いが徐々に無くなってきた気もする


それでも、明良に会ったときにはゾクッとするんだけど…


前よりは改善されていると思う


それは水樹のお陰だと思っていたけど、そうじゃないのだろうか?


どんな形でもいいから、私の男嫌いを初めてどうにかしてくれた人が水樹でなくても、私は水樹に抱いているような感情を持ったのだろうか?


「意外とお似合いなんじゃないのか?


岸谷は今でもお前を手にいれたくてウズウズしてるんだろ?そのうち岸谷に対しても鳥肌は立たなくなるんだろうし、いいじゃねーか


ま、岸谷以外でもアリなんだろうけどな」


……


チン


扉が開いて水樹はエレベーターから降りる


私は怒りのあまり一瞬言葉が出なかった


でも息を大きく吸って…


「さいってーーー!!

もう水樹の顔なんか見たくないんだから!!」


身体中からその言葉を水樹にぶつけた


変なこと言うのやめてよ!


「あ……」


扉閉まっちゃったし


私は動かないエレベーターに取り残された


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