理事長の嫉妬
イライラする
すっげーイライラするんだけど
青城高校の生徒会役員と、合同文化祭について話し合いを進めているというのに、隣に座っている結衣は全く言葉を発しない
ずっと真剣な顔をして何かを考えているように見える
それが文化祭のことについてならいいのだが、そうではなさそうだ
何にせよ、打ち合わせに参加する気はないらしい
そして更に腹が立つのは、そんな結衣のことを正面に座った岸谷明良とかいう会長の男がずっと見ていることだ
薄ら笑いを浮かべて、視線を送り込んでいる
なんだよあの男は?
犯罪者に間違えられてもおかしくねーぞ
うちの学生に手を出すつもりか?
……。
あいつがこの教室に入ってきてから、結衣の様子がおかしくなったのには気づいている
どういうことだ?
単なる中学時代の同級生という訳ではなさそうだ
気になるけど、結衣は秘密主義者のような女だし、今日の説教ついでにただ聞いても教えてくれないだろうな…
なら、俺なりのやり方で結衣に喋らせるしかないよな
一見和やかな雰囲気で今日の顔合わせ、そして打ち合わせが終了すると、皆帰る準備を始めた
「結衣、ちょっといい?」
岸谷はさっと席を立ち上がると、結衣の席の後ろへと移動して話しかけた
結衣はビクッと体を震わせたが、岸谷はそれに気づくことなく結衣はどこかへと連れていかれてしまった
おいおい
うちの会長を連れ出すとはいい度胸じゃねーか
男同士だからすぐにわかったが、岸谷は結衣に惚れているらしい
告白でもするつもりか?
けど、わかってねーな
そんなんじゃ、撫子学園の会長は落とせない
それどころか逆に嫌われるだけだ
俺だって、お兄ちゃんとかお姉ちゃんとかそういうポジションとして、やっと距離を縮められてきたというのに……
中学生の時に2人がどんな関係だったのかは知らないが、今の結衣のことは確実に俺の方が知っている
そんな優越感でイライラを抑えてみせた
そして俺は副会長、大谷英二のもとへと動き出した
「大谷さん、さっきの岸谷さんが1人の女性に執着してるって話、詳しく聞かせてくれるかしら?」
「お!理事長さんもこういう噂好きな人?
いいよいいよ、どこまででも話すから!」
会長のことでもあるし、少しくらい渋るかと思ったら、かなりあっさり教えてくれることとなった
隣の席に座ると大谷はぐっと距離を縮めてきた
一応他の誰かに聞かれないようにするための配慮のつもりなんだろうが……近すぎるだろ!
女が苦手だけど男にはしったつもりはねーんだよ!
かなり困りながらも、その近い距離で話を聞くことになった
「明良ってモテるんですよ
顔は悪くないし、ノリも良いし
それで他の高校の女子から告白されることもあるんですけどね、全部断るんです
しかも断る理由が全員一緒で、俺には好きな人がいるから、なんです」
ほぅ、無駄な暑苦しさはありそうだが、確かに顔は悪くない
それにしても、好きな人…ねぇ
「それで?」
「やっぱそうなると、好きな人って誰かなってなるじゃないですか
一瞬、明良は男が好きなんじゃないか、とか言われた頃もあったんですけどね、違ったみたいです」
「でしょうね」
「調べていくと、明良と同じ中学校を卒業した人に話を聞くことができましてね…
明良は中3の頃、同じクラスの女子に恋をしたらしいんです
2人は仲が良くていい感じだったらしいんですよ
でもある日、男友達にからかわれた明良は、照れて『ちげーし、好きじゃねーよあんな奴!』って言っちゃったらしいんですよ
そのことを聞かれてたんですよね、好きな子に…
それからすっげー避けられて、謝ることもできず、今でも引きずってるって話です」
「なるほどね……」
その相手が結衣ってことなんだろうな
自分のせいで結衣が男嫌いになったとも知らず思い続けているとは、哀れな男だ
「明良はその子との再会を望んでるらしいんですけど…」
再会なんてしたら最悪の状況だろ
さっきそうだっただろ?
なんて口には出せないけど……
あいつは、なんてことを望んでるんだよ
「これ、もし会ってしまったら運命の再会じゃないですか?」
ここにもバカがいた
「きっとあの時のことは照れ隠しだったって明良は謝るだろうし、そしたらその子は、ずっと一途に想われていたことを知って…
お互いにあの頃に戻ったように恋心を取り戻したりなんかしちゃったりして!
ロマンチックですよね?」
「どこが?」
今がその再会の時で、岸谷は結衣に謝っているのかもしれないが、絶対にロマンチックな雰囲気になんてなっていないはずだ
なんか、イラつきが復活してきた
これが運命の再会なんて、そんな上手い話があってたまるかよ!
例え運命だとしても、神に楯突いて俺が阻止してやるから
……なに考えてんだ、俺
いや、いいんだ
理事長として、会長から悪い男を遠ざけようってだけだからな
それから暫くすると、結衣と岸谷が戻ってきた
岸谷はバカみたいにニコニコしているが、結衣は相変わらず困ったような表情のままだ
「槙島さん」
岸谷は気持ち悪いくらい嬉しそうにしながら、俺に近寄ってくる
「なんですか?」
冷たく言ったのに、暑苦しい岸谷に対しては何の効果も無かった
「俺、槙島さんに感謝してるんです!
結衣とこうやって再会できたのは、あなたのお陰です
ありがとうございます!」
なんだと、コノヤロー!
握手をされるとブンブンと上下に振られる
「感謝なんてとんでもないですわ」
後悔させてやるからな
再会しなければよかったと
結衣の本当の気持ちなど知らずに、ただ思い続けることができればよかったと
いつかこの男にそう思わせてやる
そう心に誓いながら、とびっきりの笑みを返した
「さぁ、結衣さん
帰りましょうか」
いつまでたってもこっちに意識を向けない結衣に、握手で岸谷に触れてしまった手を、バレないように服で拭いながら言う
「う、うん」
やっと、ほっとしたような表情に変わった
俺も、もうこんなところにいたくなくて、2人でさっさと教室を出る
ただ、結衣は岸谷と離れられることに安堵しているのかもしれないが、寮に帰ったら俺からの説教があるってことを忘れてもらっては困る
「結衣さん、寮に帰ったら大事なお話がありますからね?」
俺の笑顔に嫌な予感がしたのか、眉をきゅッとひそめた
その態度に結衣らしさを感じて、俺は少しだけ機嫌が良くなった