理事長の証明
朝から全く落ち着かない
いつ、どんな形で水樹が何を発表しようとしているのか、さっぱりわからないからだ
そんな状態で午前中の授業が終わり、昼休みも過ぎて…遂に放課後を迎えた
「結局何もないじゃない」
文句を言いながら生徒会室に入る
「どうすたんですか、会長?」
「いや、なんでも…」
深雪にかなり怪訝そうな目で見られてしまった…
「大変ですー!」
大きな声が廊下からしたかと思うと、勢い良く開け放たれた扉から七海が駆け込んできた
その表情は切羽詰まったように見える
「あの槙島水樹って理事長はどういうつもりなんですか!?」
ドキッと心臓が大きく音を鳴らす
え?まさか、七海に水樹が男だってことバレた?
「あんなの許せませんよ!このままじゃ…」
ピンポンパンポン
七海の言葉は放送の開始を知らせる合図音に遮られた
『ごきげんよう、理事長の槙島水樹です
今日は皆さんに1つ提案がありますの
毎年9月に行われている文化祭、通称撫子祭
今年は青城高校と合同でやってみてはどうかと思うのです
他の高校との交流は良い刺激になりますでしょうし、人数が多いほうがその分盛り上がるというものですわ
先程申しましたように、これは私から皆さんへの提案です
決定権は皆さんにあります
明日の朝、1人ひとりの机の中に投票用紙を入れておきますので、理事長室前に設置された賛成、反対どちらかの投票箱の中に入れてください
過半数の意見を採用といたします
期限は明日の18時までです
よーく考えて投票してくださいね
それでは失礼いたしますわ』
これのことか!!
「お姉さまどうしましょーう」
泣きついきている七海が報告したかったのもこのことだったのね
女装がバレたんじゃなくてよかった
でも安心なんてしていられない
男子校と合同文化祭なんて、そんなの絶対にあってはならない!
ここに男子がなだれ込むってことでしょ?考えただけで鳥肌がたつ
「理事長室に行ってきます」
「え?お姉さまが行くなら私も…?」
「やめときなさい、七海
きっと会長は殴り込みに行ったのよ
最近なんだか、アクティブだから」
殴り込みなんて、そんな荒っぽいことをしに行くつもりはないけど、そういうことにしておこう
今は、勘の鋭い七海をできるだけ水樹から遠ざけておきたい
水樹のもとに行くまでに帰ろうとしている数人の学生とすれ違った
…。
気のせいだろうか
いつもよりも笑顔が溢れている気がする、気分が弾んでいるように見える、まとっている雰囲気がキラキラしているように感じる
…気のせいであってほしい
ガチャリと理事長室の扉を開くと、いつものように高級そうな椅子に座っている水樹の姿があった
「来ると思っていましたわ、結衣さん
これが、あなたが撫子学園の学生のことを何も知らない、ということに対する私なりの証明の仕方です
どうですか、私の提案は?
そしてどうでした、学生達の反応は?」
学生の反応なんて水樹には目に見えているのだろう
じゃないとこんな余裕の笑みを浮かべられないはず
「こんな提案して…男子校と手を組むなんて、水樹は撫子学園を壊すつもり!?」
「まだそうと決まった訳ではないじゃないですか
反対票が過半数なら私の提案は却下です
自信がありませんか?」
「…」
正直いって不安だ
賛成が少しでも反対を上回ってしまえばアウトなんだから
でも…きっと…大丈夫
そう信じるしかない
そうよ!
よくもわからない男子高校生と共に文化祭をやろうなんて、そんな一種の賭けみたいなことしようと思うお嬢様なんて、そうそういるはずがない
「水樹が何考えてるのかわかんないけど、絶対に思い通りにはさせないんだから!」
「そうこなくっちゃ!
明日ここで開票しましょう、そしてあなたの信じる学生の姿が偽りだということを身をもって知ってください」
絶対にそんなことない!
それに、水樹のその自信が気にくわない!
水樹に好き勝手言われたからか、その夜は不安で全く眠れず、あっという間に開票時間を迎えた
1日がものすごく早かった
投票のことが気になって気になって、どんな授業があったのかなんてほとんど覚えていないほどだ
理事長室には水樹と私だけでなく、七海と深雪も駆けつけた
「では結衣さん、心の準備はよろしいかしら?」
「えぇ」
私たちはそれぞれに投票箱を持ち、机を挟んで向かい合った
「それではお2人、箱の中身を全て机の上に出してください」
深雪の合図で私は反対票が入った箱を、水樹は賛成票が入った箱をそれぞれひっくり返した
息を飲む瞬間だ
パサパサパサと机の上に大きな山を作る票の数々
次から次に出てきている
ただし、それは水樹側の机の話で…
私はというと
「あれ?」
数枚の票がハラリと落ちてきただけで、中を覗き込んでも手を入れてみても、もう何も無かった
空っぽだ…
「嘘でしょ!?」
「あらま、これは数えるまでもないようですね」
「そんな…」
私は力が抜けて、ペタリとその場に座り込んだ
こんなにもあっさりと賛成が可決されてしまうなんて…
「お姉さま!私も嫌ですよこんなの!」
「賛成票多数で、今年の文化祭は青城高校との合同ということになります
会長、そんなにショックなんですか?」
2人が駆け寄ってくるが、大丈夫だよ、と返す余裕すら今の私にはなかった
合同文化祭の開催が決定してしまったこともショックだが、何よりもここまでの差がついていることがショックだった
これだけの学生が、青城高校の男子と関わることを望んでいる…
私は本当に学生達のことを何1つわかっていなかったんだ…そんなことに生徒会役員生活3年目にして気づかされるなんて
「結衣さん、これで証明完了です」
歩み寄ってきた水樹は、にっこりと笑って手を差し出してきた
悔しいけど負けは負けだ、素直に認めるしかない
水樹の手を掴み立ち上がると、そのままくっと引き寄せられた
「男だらけの撫子、楽しみですわね」
耳元でそう言われ、ゾワゾワと身体中に鳥肌がたった
急いで離れて水樹を睨み付けると、何とも楽しそうにこちらを見ているではないか!
キー!
叫びたったがそれはさすがにまずいので、心の中で絶叫するにとどめておいた
ただ体は抑えきれず、ドンドンと床を足で叩いた
様子のおかしい私をそっとしておこうと思ったのか、七海と深雪は戻ってしまった
あー、可愛い2人の後輩にまで見放されてしまったよ…
「鳥肌はおさまりましたか?」
「なによ、水樹のせいでしょ!
ここに引きこもってやる」
「それはなかなか迷惑ですわね
速やかにお帰り頂きたい」
「ふん!嘘よ、帰るわよ!
合同文化祭なんて言い出したのは水樹なんだから、責任持ってちゃんとやってよね!私は知らないから!」
言い逃げしてやろうと思った
後から何を言われるかわかんないけど、取り敢えず私の今の気分は少し平穏に近づくことができる
だが、その平穏は訪れることなく失敗に終わった
扉が開かない
ぱっと横を見ると、水樹が扉を押さえつけて、開かないようにされてしまっている
「な…なによ…」
水樹の顔を見れないほど、黒い雰囲気がピリピリと伝わってくる
「言い逃げなんて幼稚な真似するわけじゃないよな?
これは撫子学園の全学生が決めたことだ
結衣がどうしたいかなんて関係ない
合同文化祭に向けて、生徒会長が動かないでどうする?」
「…」
そうかもしんないけど…
「この学園の問題は、お嬢様方が男を全く知らないことだ
少女漫画に出てくるような男が現実世界にいて当然だと思ってやがる
青城高校もエリート校と言われているから、きっと頭がよくて紳士的で格好いい方がたくさんいるのよ、なんて思ってるんだろうな
まずはその幻想を打ち砕く」
はい…?
何を言ってるんだ、この男は…
この間言ってた、撫子学園の問題点ってそれ!?
「女子校という今のくくりの中では、そんな幻想や妄想を持っていてもいいのかもしれないが、そこから出たときにこれは大問題になるぞ
優しくて背が高くて格好良くてお金を持ってて誰よりも私のことを思ってくれる人
そんなのいるわけねーんだよ!」
「…」
なんなんだ…
何を急に熱く語りだしたかと思えば…
んー、いや…
言い方には問題があるけど、水樹の言っていることを理解できてしまう私がいる
たしかに、彼女たちの言う理想の男性は現実味がないというか…
男性はこうであるべきだ、という彼女たちの高すぎる理想をあたかも一般常識のように捉えている
世の中の男性を知ってもらうという意味では、もしかしたら、この合同文化祭はアリなのかもしれない
「そんなことを考えてたんだ…」
「安心しろ、お前以外にも男嫌いはいるだろうし、フォローはちゃんとする」
急に優しい声に変わったため、私の調子が乱される
それを悟られないためにわざと大きな声をあげた
「あー、もう!わかったわよ!やるよ、やってやろうじゃないの!」
乱された心を誤魔化すために言ってしまったとはいえ、仕方がない
いつかこの男をギャフンと言わせてやろう
私にだって生徒会長としての意地がある
男でも何でもドンと来いだ!