会長の秘密
さて、何秒で来るだろうか
電話を切ってから腕時計に目を移す
秒針がカチカチと狂うことなく時を刻む
計測を開始して40秒後、俺のいる理事長室の扉が開いた
「し…失礼します…」
「遅い、30秒遅刻だ」
息を切らしている結衣にそう声をかけると、睨み付けるように俺を見てきた
女にそんな目付きで見られるなど初めての経験だ
女装で暮らすと新しい体験が色々とできているのかもしれない
「10秒なんて無理よ!
むしろ…40秒で来られたことを褒めてほしいくらいよ」
何様のつもりだよ!
でも、まぁいいだろう
「よしよし、結衣ちゃんは私の言い付け通りに10秒で来ようと無駄に走ったのね
頭はイマイチだけど、その努力は褒めてあげるわ」
「バカにしすぎよ!」
結衣はポンポンと頭を撫でてやっていた俺の手を振り払った
「先に結衣が朝、靴箱で俺をバカにしてきたんだろ?
反省しろ」
そう、この無茶な要求を結衣にしたのは、朝のことの仕返し
小さな男だと思われるかもしれないが、どうしても怒りがおさまらなかった
「あ、あれは、水樹が勝手に私の部屋に入ったことに対する仕返しじゃない!
それにまた仕返しされたんじゃいつまでたっても終わらない!
あぁ、こうやって世界は破滅への道を自ら進んで行くのね」
「結衣の学園生活というちっぽけな世界が破滅しただけだ」
「ちっぽけとか言うな!」
なんなんだよ、この不毛なやりとりは…
「こんな話はどうでもいい」
俺は椅子へと戻った
どうでもいいって何よ、自分が始めたんじゃん、という文句が聞こえているが無視をすることにした
「俺はこの1週間程、この学園を観察してきた
必要とあらば学生との接触も図った
そして、この学園の問題点などを把握したわけだが…最後に残った謎がお前だ、天野結衣」
「謎…?」
今までに見せたことのないくらい真面目な目を向けると、結衣も何か感付いたのか目付きが変わった
ふっ、やればできるじゃねーか
やはり、ヘラヘラしていてばかりでは会長という役職は務まらないらしい
「謎といっても、真相は掴めている
あとは、お前に確認するだけなんだがな」
俺が何のことを言っているのか、結衣はわかっているのだろうか?
ただ、自分が不利な状況に追い込まれそうだということはわかっているようだ
その顔に緊張の色が窺える
「今までのこの撫子学園の歴史のなかで、外部生が会長になることはおろか、生徒会役員になることすらなかった
なのに結衣は1年生の頃から役員になり3年間続けることができた
会長の選挙の時なんか、学年で1位2位を争うお嬢様も立候補してたんだろ?
そこを潰して結衣が会長に当選した
生徒会役員になれば学費は免除される
動機はその辺にあったとして、どうして外部生がここまでのしあがることが出来たのか…
不正もしていないようだし、どうやって票を集めた?」
「どうやってって…そりゃ、人望とか」
「そんなんでお前に票入れる奴なんて、宇都宮七海くらいだろ」
「ひどいな!そんなことないですよ!」
机を挟んで強い視線を送ってくる
「あくまで人望だというのか?
なら、俺の仮説を話そう…」
引き出しを開けて、1枚のA4サイズの紙を取り出した
そして、それを机の上に置いて結衣に確認させる
「……これ」
結衣の瞳が大きく開かれる
そこにあるのは、とある新聞の記事を印刷したもの
『天才中学生
審査員全員一致で最優秀賞』
という見出しと共に色彩豊かに描かれたイチョウの木の絵が写された写真が載っていた
そして写真を良く見ると、中学3年天野結衣の文字が
「もともと美術的才能が抜群にあったお前は、どうやれば人々の関心が自分に向くか、感覚的にわかったんじゃないのか?
それを選挙にも応用し、見事当選することがてきた
これが俺の仮説なんだが、どうだ?」
紙に目を落としたままの結衣に静かに尋ねた
この学園にも美術部はあるし、芸術的活動にも力を入れているため、絵画コンクールなどに出品する学生は多い
でも、結衣は実力がありながら参加したという記録はない
何か理由はあるんだろうが…
「間違ってないと思いますよ…
でも、それこそどうだっていい話でしょ?」
目は泳いでいて動揺を隠しきれていないが、強がっているらしく口調にはトゲがある
「そうでもないぞ」
「は?」
「ここの学生が知っているのはフィルター越しに見た魅力的な天野結衣
別に悪いことじゃないが、それは人々の目を眩ませる」
「な、何を言ってるの?」
俺の独特の言い回しに、結衣は自分なりに解釈しようともせず、ただぽかんとしている
ならば、ストレートに言うまでだ
「誰も結衣のことを知らないし、結衣も学生のことを知らないってことだ
だから結衣は…この学園の本当の問題に気づいていない」
みるみるうちに結衣の顔は怒りを伴っていく
「私が皆のことをわかってないってこと?
なんでそんなこと言えるのよ
水樹はわかってるっていうの?」
バンと机を叩いて怒りを露にしている
あまりいじめると泣かせてしまいそうだ
俺は少しだけ声のトーンを優しくする
「だから…最初にこの学園を観察してたって言っただろ
そこで見えてきたのは、お嬢様校故の問題とでも言うんだろうか…
撫子学園の5割以上の学生が、何を生徒会に求めているのがある
何だと思う?」
何か答えようと目の前で必死で考えている
「交友関係を広く持ちたい…とか?」
ほう
結衣にしてはなかなかの答えだ
「意外と近い」
「ほんと?」
何故か嬉しそうな表情を向けてくる
だが、俺は今から結衣にとっての爆弾を投下する
どんな反応をするんだろうか…?
「その交友関係
お嬢様同士や女子同士ではなくて、近くにあるエリート男子校、青城高校の学生との出会いを期待してるんだ」
あれ…?
なにも反応がない
衝撃が大きすぎたのか?
しばらく黙っていると、ふらーっと窓際に歩きだし
「……。…今日も良い天気ですねー」
なんて言いやがった
「こら、現実から目を背けるな」
「だって!
そんなことあるはずないじゃん!」
窓の外には、授業を終えた学生達が放課後を楽しんでいる姿が見える
「自分中心に考えるな
お年頃の女の子、恋の1つや2つしたいと思っていてもおかしくないだろ?」
何を言っても納得できない様子だ
どうも、男というワードは結衣には受け付けられないらしい
「絶対にそんなことないよ!」
「俺の調査を否定するのか?
だったら今度証明してやるよ」
「証明でもなんでもやってみなさいよ!」
怒った顔をして俺の横をすり抜けて行った
何だか急に静かになった部屋に寂しさを感じる
せっかく学園の問題点を教えてやったというのに、なんでこんな態度をとられなきゃなんないんだ
あー、妹に嫌われた兄ってこんな気持ちなのかな…
そんなことを考えていしまっている俺は、最近ちょっとおかしくなったのだろうか…
あれから俺は結衣に言ったことの証明をするため、忙しい合間を縫って着々と準備を進めていった
よし
準備が整ったことだし、宣戦布告でもしておくか
結衣に逃げられないように、寮に戻ってくるのを待ち伏せすることにした
チン
エレベーターがこの階で止まった
「あ……」
中から出てきたのはもちろん結衣なのだが、俺と目が合うと一瞬声をあげただけで、さっさと部屋に入ろうとしている
「結衣ちゃん、ゆーいちゃん
まだ、怒ってるの?」
「うるさいなー、何の用?」
軽くからかっただけなのにすっげー睨んでくる
「うるさいとは失礼ね
この間のは心優しいお姉ちゃんが人生の先輩としてアドバイスをしてくれたって思いなさいよ」
「誰がお姉ちゃんよ、お兄ちゃんじゃん
いや、お兄ちゃんとも思わないけど!」
良かった、いつもの調子だ
「じゃあ、そんなお兄ちゃんが可愛い妹に良いこと教えてやるよ
明日、学園を揺るがす大きな発表をする
心の準備をしておけ」
「何をするつもり?」
不安そうに見上げてくるが、まだ教えない
「それは明日のお楽しみだ
ただ、良く見ておけよ
その発表のあと、学園の学生がどんなリアクションをとるのか」
結衣の背中を押して窓際に追いやり、2人で外を見下ろす
眼下にはほのかな明かりに照らされた学園が浮かび上がっている
「彼女たちの真の思いを受け止める
準備をしておけ」
ぽん、と背中を叩いて俺は部屋に戻った
学園がこれからどうなっていくのか、俺は非常に楽しみだ




