1日中一緒
撫子学園では、全員が3年間の寮生活を義務付けられている
もちろんその寮も一般の高校の寮とは比べ物にならないくらい豪華で、高級ホテルのような佇まいだ
日本有数のトップ企業の社長を親や祖父母に持つお嬢様達を預かるのだから、当然と言えば当然なのだろうが…
しかし、至るところにお金がかけてある
防犯はもちろん、ロビーには私なんかが触れてはいけないような高そうな坪なんかも置いてある
まだまだ、無駄だと思えるものがある
例えばこれ
今私が乗っているのは最上階直通のエレベーター
最上階には毎年、生徒会長の部屋しかなく、つまり会長専用のエレベーターということになる
絶対にいらないと思うのだけれど、せっかくだからと使っている
チンという到着を知らせてくれる音がして、エレベーターを降りる
私がゆっくりできるのはこの寮の自分の部屋にいる時間だけになってしまった
学園にいると、いつ水樹に呼び出されるかわかったものじゃない
慣れた手つきで鍵を開けて中へと入る
「あー、疲れた
ただいまー」
1人の部屋にこうやって挨拶するのがいつしか癖になり、抜けなくなっている
返事なんて返ってこないのはわかってるんだけど、つい言ってしまう
「おかえりなさい、結衣さん」
「うわぁぁ!」
あまりの出来事に持っていた書類をばらまいてしまい、ヒラヒラと床に散らばりゆく
「な、な、なんで水樹がいるのよ!
鍵閉めてたのに!」
そこには私のお気に入りの椅子に腰をかけている水樹の姿があった
「まぁ、落ち着いてください」
「いやいや、水樹のせいでこうなってるんだけど」
「あらまぁ、女子寮に女子がいて何をそんなに驚いていらっしゃるんですか?」
なんだと…?
今の言葉、つっこみ所が1つではおさまらないぞ
「あのね!まずあなたは女子じゃないでしょ!
それに、女子寮でもここは私の部屋よ!
そりゃ、驚くでしょ!」
全力で叫んでやった
必死の私とは対照的に、水樹は涼しい顔して笑っている
「私には出来ないことなどないということですわ
結衣さんの部屋に侵入するなんて造作もないこと
それはそうと、これからもよろしくお願いしますね?」
え?
もう、色々ありすぎてよくわからない…
今さらよろしくと言われましても…
水樹はといえばもう部屋を出ようとしてるし、一体何をしに来たっていうんだ
扉に手をかけるとそのままでくるっとこっちを向き、小悪魔のようなキュートな笑顔を見せて口を開いた
「お隣さんとして」
…はい?
ガチャンと扉が閉まり、取り残された気分の私
お隣さんってなに?
あ!水樹の言った言葉の意味を理解できた私は部屋を飛び出した
向かったのはすぐ隣にある扉
誰も使っていないはずのその部屋のプレートには“槙島水樹”という名前
「嘘でしょ…」
冗談じゃない、これじゃあ毎日会うはめになるどころ、私の落ち着ける時間がどこにもないじゃないか!
そんなの…
「耐えられない」
誰もいない静かな廊下に私の声が虚しく響いた…
「おはようございます、結衣さん
今日も1日頑張りましょうね」
朝からなんてことだ…
「……はい」
「理事長が直々に迎えに来てやってるっていうのに、なんだよその、やる気のない返事は」
そりゃ、水樹ではなく他の学生であれば、あんな弾んだかわいらしい挨拶をされて出迎えられて、笑顔で返さない訳がない
でも相手は水樹だった
朝からやる気を根こそぎ持っていかれた気分だ…
「わざわざ待ってなくてもいいのに」
「お前言ってたよな?この学園で学生間の上下関係は厳しいって
だから、結衣にはベタベタ寄ってくる奴がいないんだよな?
そうだとすれば、俺はお前を隣な置いておくだけで、余計な女を避けられるってことじゃないのか?」
置いておくだけって…
この人は私を便利な道具だとでも思ってるのか!?
あー、イライラする!
「そうと決まれば、楽しそうに私の隣にいてくださいね」
腕を引っ張られ、外に出ると大勢の学生がいる
全員がこちらを見ているが、水城の予想通り話し掛けてくる学生は1人もいない
はぁ…これじゃあ、本当に良いように利用されているだけだ
このままでは悔しすぎる!
何か仕返しできる方法はないのだろうか
「笑顔を忘れるな」
「あー、はいはい!」
無理矢理笑顔をつくって見せる
「おねーさまー!」
突如辺りに響いたきゃぴきゃぴとした声と共に、私は後ろから衝撃を受けた
「うわっ!」
「お姉さま、おはようございます
今日もお美しいですわね」
「七海、いきなり抱きつくのはやめなさいって言ってるでしょ!」
後ろから抱きついてきて未だに離れようとしないこのツインテールの小さな女の子は、こう見えても撫子学園の1年生で生徒会役員でもある
宇都宮七海、彼女は入学当初から、私のことをお姉さまなんて呼んで慕ってくれている変わった子だ
「はっ!その隣にいる方は新しいお友達でございますか?」
「あ、えっと…」
あ…
水城の方に目を向けると、その表情は若干引いているように見える
さすがの私も、七海とのこんな挨拶が普通だなんて思ってなどいないけど…
そこまで引かれるものだとも思っていない
「あ、新しい理事長よ」
「理事長さんでしたか
私、1年の宇都宮七海と申します
いやー、お姉さまにしか興味がないもので、失礼致しました」
私の後ろからちょこっと顔を出してペコリと頭を下げている
水樹が理事長になってしばらくが経っているが、まだ知らない学生がいたとは…
「まあ、可愛らしい学生さんですこと
お気になさらないで」
…水樹が気持ち悪いくらいに優しい言葉をかけている
これは心のなかでどんな暴言を吐いているかわかったものじゃない
そんな水樹に七海はなぜか突っかかった
「理事長さん、お姉さまを1人占めしようと思ってもそうはさせませんわ
私が阻止します」
「いえ…そんなつもりは全く」
水樹も呆れているのか、声が低くなってしまっている
「それにあなた…何か隠し事してます?
なんだか、怪しいのですが…」
七海は私から離れることはないものの、水樹を下から怪しみながらくまなく見回す
急な鋭い指摘に私たちは2人は慌てた
水樹は私になんとかしろと目で訴えてくる
えー…
そんな言われても…
「七海、そ、そういえば
生徒会室においてる七海のお気に入りのぬいぐるみが、昨日見たとき無かったような…」
「えー!?本当ですか!?
ピーちゃんがどっか行っちゃったんですか!?
そんな!大事件です!」
「み、見間違いかもしれないんだけど…って、七海!」
声をかけた時にはもう遠くの方を走っていた
とっさに思い付いた嘘だけど…
あの特別かわいい訳でもないヒヨコのぬいぐるみがそんなに大事なのか…
走り去る七海を眺めながらそんなことを思った
「あー、びびったー
なんだよアイツ、鋭いな」
「七海も男性が苦手みたいだからね…
もう!もっと男性っぽさを消してよ
そんなんじゃすぐにバレちゃうでしょ!」
「知らねーよ
どっからどう見たって女だろうが」
ほら、と自分の格好を見せつけてくる
確かにそうなんだけど…
絶対にバレてはいけないと思うと、黙っていられなかった
靴箱につくと
「なにこれ」という水樹の声が聞こえた
パッと水樹の方を見てみると、開けた靴箱からパサパサと大量の封筒が落ちてきている
おそらくファンレターだろう
私はそれらを見た水樹の、一瞬見せた面倒くさそうな顔を見逃さなかった
周囲には登校してきている学生も多く、すぐに表情は戻るものの、その場に立ち尽くしている
私は頭のなかにひらめきが起こった
今、水樹は素を見せることができない
これはチャンスかもしれない
私はにやにやを抑えきれずに水樹に寄っていく
「水樹さん、大丈夫ですか?」
私はわざとらしく心配しているような声をかけ、手紙を拾い上げて渡す
「え、えぇ、ありがとう」
水樹の顔は笑っているものの目は何かを言いたそうにしている
だが、そんなのは関係ない
私は何も気づかないふりを決め込む
「すごい量のお手紙ですね
さすがは女性の憧れ槙島水樹さん
羨ましいですわ
学生同士で靴箱に色々と物を入れるのはやめよう、という決まりを去年出したのですが…
そういえば、そこに教職員は含まれてはいなかったのです
まったく、皆さん抜け道を探すのが上手くて困りますわー
オホホホホ」
何も言い返せない水樹の悔しそうな顔を見ることができて、気分を良くした私は、鼻歌混じりに教室へと向かった
乙女の部屋に勝手に忍び込んだのよ?
これくらいの罰は受けて然るべきよ
今日は素敵な1日になりそうだ
「おねーさまー、ピーちゃん、ちゃんといるじゃないですか
びっくりさせないでくださいよ」
「あ、そっか
ごめんごめん」
「お姉さまってば、おっちょこちょいなんだから」
放課後、生徒会室では七海が大事そうにヒヨコのぬいぐるみを抱き抱えながら見せに来た
「会長、七海、そろそろ仕事をしてください
たくさん溜まってるんですよ」
「はい」
くっと眼鏡を上げながら七海と私に指示を飛ばしてきたのは、クールビューティーな2年生の副会長、植草美雪
彼女がいるからこの生徒会は回っていると言っても過言ではない
「会長、お電話です」
「わかった」
美雪から受話器を受け取り耳に当てる
「はい、天野結衣で…」
『10秒で来い』
「は?」
ガチャ
ツー、ツー、ツー
はぁ!?
今の声水樹だったよね
なによ10秒で来いって…
いやいや、行かないでしょ
行かなくても別に…
行かなかったらどうなるかな…
きっと何か大変なことが起こる
あー、もう!
「ちょっと理事長室行ってくる!」
それだけ言ってダッシュで理事長室を目指した
そんなに近くもないのに、10秒なんて無茶すぎる
こんな理不尽な要求をスパッと断れない自分の弱さにも嘆きながら走った