表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

秘密の共有スタート

撫子学園での挨拶は、いついかなる時も“ごきげんよう”で統一されている


学校とは思えないピカピカに磨かれた広い廊下や大きな窓

絵画が飾られていたりシャンデリアが揺れていたりと、まさにその様子は豪華絢爛


そして、それらを特になんとも思っていないお嬢様方


一般家庭に育った私とでは、こういったものに対する反応で大きく差があったのだが、今では私も慣れてしまっている


ごきげんようと言われれば、微笑みを携えながら、ごきげんようと返すことができるくらいには成長した


こんな私でも会長という立場にあり、特に1年生にとっては憧れの的となる存在らしく…今も遠巻きに彼女たちの視線を感じる


逆に話しかけられた方が楽な気もするのだけれど…これが撫子学園のスタイルだ


私は彼女たちの方を向いて微笑みながら会釈をした


すると、それだけできゃーというかわいい悲鳴があがる


これにはいつまで経っても慣れることはできず、毎回、お嬢様校は不思議な世界だなと思わされる


苦笑いをしながら目を前に向けると、なんだか少し騒がしい気がした


よく見ると、廊下の端に身をよけるときゃっきゃと言っている学生達


その開かれた廊下の真ん中を、ワンピースをふわりと揺らしながら優雅に歩いている女性


学生でもないし教職員でもなさそうだ


誰だろう…?


彼女が進む度にその場にいる学生はその美しさに目を奪われ、感嘆の声をあげている


誰かわからない

…まさか不審者?

いや、でもね…


声をかけるべきかどうか迷っているうちに、その女性は私の目の前まで迫り、ごきげんようと透き通った声で言うと通りすぎて行った


……。


…ん?


その瞬間に感じた違和感

上手く言葉では表現できないが、何か引っ掛かるものを感じた


振り返って、通りすぎた謎の女性の後ろ姿を眺める


うん、後ろ姿もやはり綺麗だ

…いや、そうではなくて


…!


その時、ゾワゾワゾワという寒気に襲われ、違和感が何か確信めいたものに形を変えた


「ちょっと、待って!」


気がついたらそう声をあげて、彼女を追いかけていた


私は走って彼女の前に回り込み、その顔をじっくりと観察した


「な、なんですか?」


じっくり見られることに照れるように顔を覆う仕草を見せる彼女


わざとらしいその姿にピキッと私の中の怒りスイッチが入った


この人…!


「ついてきて下さい!」


理由はともあれ、その場で最も騒いでいるのは私となってしまい、何事だろうという学生の注目を浴びてしまっている


そんな注目の中を、謎の女性を連れて生徒会長室へと向かう


私はあまりの出来事に頭が大混乱だというのに、私の後ろを歩く彼女は、ニコニコしながら時には手を振ったりもして、余裕を見せている



会長室に入ると外に誰もいないことを確認して鍵を閉めた

そして


「えい」


私は何を思ったのか自分の手を、その女性の胸に当てた


「…。…やっぱり」


思った通り、彼女の胸はぺたんこだった

いや、むしろ筋肉質といってもいいだろう


「どういうつもりですか!槙島水樹さん!」


そう、この見事なまでに女の格好をしているのは、新理事長として紹介された槙島水樹、正真正銘の男だ


「それはこっちの台詞ですわ!

いきなり女性の胸をわしづかみするなんて」


自分の体を庇うように手で身を隠そうとするその人


「わしづかめなかったわよ!

…いつまでその口調でいるつもりですか?」


ふーっと1度大きく息を吐くと、少しだけ顔つきが変わった


「水樹でいいよ

てか、どうせお前の胸も変わんないだろ?

結衣が女やれてるんだから俺にだってできる、そう思っただけだ

それに、この方がお互いの為だ」


「なんですって…」


かなり頭に来たが今は怒っている場合ではない


自分で自分を落ち着かせる


「お互いの為ってどういうことですか?」


ふわりと近づいて来る水樹

陶器のように白く透明感がある肌に長い睫毛、更にはうっすらとピンクがかった綺麗な唇


ついつい目を奪われてしまう


…なにこれ、美しすぎる



そう思っているとペチンと頬を軽く叩かれた


「いたっ」


ハッとして、目の前にいるのが男であることを思いだし、急いで離れた


「な?今、俺が男だってこと忘れてただろ?

これは男嫌いの結衣にとって良いことじゃないか」


そ、そうなのか?


それにしても…目の前にいるのはすごく綺麗な女の人なのに、声は男で口調も男


2つの異なる情報の不協和が激しすぎる


「私にとってのメリットはわかりました

では、水樹にとってのメリットはなんですか?

まさか、女装趣味が…」


「ねーよ!言っただろ?俺は女嫌いなんだよ

ここがプライドの高いお嬢様ばっかりだろうと関係ない

俺が男の格好してるとすぐに寄って来やがる

けど、今日この格好をしてみてわかった

美しすぎて自分が及ばないと思った女に、女は好んで寄り付こうとしない

よって俺は無駄な関わりから逃れることができる

いい案だろ?」


どうだ?と言いたそうな目でこっちを見てくる


うわ、こういう所前理事長にそっくりだな…


「そんな単純なものではないと思いますけど」


この学園で生活して3年目

水樹の考えるような甘い作戦では上手くいかないことは私にはよくわかる


「後悔しますよ?」


「わかってると思うが、俺が男だってこと誰にも言うなよ」


びしっと指を差されて命令される


なによ!

人の忠告をあっさりとスルーしてくれちゃって!



それから何度言っても水樹が女装を止めるまでには説得できず、撫子学園の理事長は女の格好をした男という大きな秘密を握ったまま、私は会長生活を再スタートさせることとなってしまった…



水樹が新理事長としての挨拶があった日の放課後

さっそく私は水樹から呼び出しを受けた


「私だって忙しいんだから

全く、人使いが荒いんじゃないの?

入りますよー?」


ぶつぶつ文句を言いながら理事長室の扉を引いた


「うわ…」


なんだろう、この重たくて黒い空気は…

フカフカの絨毯や本棚にたくさん入ったお洒落な洋書までもが淀んで見える


「み、水樹…?」


声をかけると高級そうな椅子をくるっと回転させ、足を組んだ状態のかなり不機嫌そうな水樹が姿を見せた


「1時間だ」


「…は?」


急に時間を言われても何のことなのかさっぱりわからない


「本来なら講堂からここまでにかかる時間は長くても5分

なのに今日はあちこちから学生が寄ってきて、話しかけてくるしベタベタくっついてくるしで…ここにたどり着くのに1時間もかかった

あいつら、もう少し控えめに行動できないのか!?」


疲れきった様子で怒りを爆発させている


「…だから言ったじゃないですか、単純じゃないって


この学園は上下関係は厳しいものがあるので、“憧れの先輩”の場合は適切な距離を保ち接するように教育されます

ですが、それが教職員となれば話は別です

水樹は今、憧れの対象でありながら近寄ってもよい存在なんですよ

彼女達が黙っていられる訳がありません


それに、水樹だって挨拶の時に言ってたじゃないですか

気軽に話しかけて下さいって」


「あんなの本気にしてんじゃねーよ!

まじか…

これじゃあ、男の格好の方がまだマシだったんじゃねーのか…?」


「えぇ、きっとマシでしたよ

ですが、水樹は1度この学園で女として生きることを選んだんです

皆の前で嘘をついたんです水樹の身勝手な行動で皆を振り回すことは私が許しません」


厳しいことを言うようだが、会長としてこの男の暴挙を許すわけにはいかない


水樹は、はぁとため息をつくと、椅子から立ち上がりうろうろとし始めた


「そうでした…

私は女として生きることを自ら選んだんでしたわ

1度ついた嘘をつき通すことも理事長としての務め…」


なんだか妙に素直だな…


「きっと大丈夫、私には心強い味方がいるんですもの

私が男だと知っておきながら皆に紹介したんだから、言うなれば今回のことは私と結衣の共犯」


徐々に声が低くなってきた


え…?

共犯ってなに?


ちょうど真後ろから声が聞こえてきたため振り向いて反論しようとした

…しかし


「よろしく頼んだぜ、会長さん?」


後ろから両肩をぽんと叩かれ、その力強さに私は思わず膝から崩れ落ちた


ちょっと待ってよ…


よろしく頼むって…水樹に良いように使われるってことなんじゃないの!?


見上げるとそこには王座に君臨するかのように立っている水樹がいた


私のこれからはたった今、不安で埋め尽くされた

…この人が理事長で本当に大丈夫なのだろうか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ