文化祭の奇跡
パチパチと炎が揺れるなか、私の前に明良が現れた
「結衣、ちょっと話があるんだ」
「なに?」
「ここじゃ、あれだから…」
そう言われて、草影の更に奥にあるほぼ森というような、人気のない場所につれていかれ向き合うこととなった
明かりも僅かで、皆の声が遠くに聞こえる
「俺は中3の時からずっと結衣のことだけを思ってきた
この前、会長として協力する以上のことは望んでないって言われたけど、諦めきれなくて…
酷いことを言ったのはわかってる
でも、もう1回やり直したいんだ」
「…」
明良が目の前で必死に言ってくれているというのに、私の心には何も響かない
それどころか、今すぐこの場から逃げてしまいたいという思いにかられる
なんて冷たい人間になってしまったんだと自分でも思う
「ごめん
明良のことはもう…何とも思ってないの」
「今はそうでも、これからのことはわかんないだろ?
俺、また好きにさせる自信あるよ」
言い切る前に明良は一歩、また一歩と近づいてきた
え、なんで寄るの?
うそ、近寄んないで
そう考えることができたのもほんの一瞬で…
……もしかして抱き締められてる!?
そうわかった瞬間、倒れそうなくらいの悪寒に襲われた
「や…やめてー!!」
力の限りそう叫んで明良を突き飛ばしてしまった
「あ、明良といたら鳥肌が立つの、ゾワッてするの!
あの頃になんて戻れないし、これから好きになることもないから!」
あーあ、言ってしまった…
興奮して全てをぶちまけてしまった
「は?あの時の言葉は照れ隠しだろ
あれくらいで、そこまで嫌うか?」
明良の軽蔑したような目と言葉がグサッと刺さる
あれくらい…
明良にとっては過去のちょっとした失敗に過ぎないあの出来事
私の気にしすぎなんだろうか…?
「結衣さんはそこで言い返さずに、しゅんとしてしまう所が可愛いですわよね」
…え?
突如私の後にある木の影から現れた水樹
驚きのあまり私は声も出ない
「岸谷明良さん、あなたは乙女心というものが全くわかっていませんわね
確かに、好きな相手からあなたといたら鳥肌が立つ何て言われたら、男として、いや人間として大きなショックを受けますわ
だからって、彼女のトラウマになった出来事を、あれくらい、はないんじゃないですか?」
「これは俺と結衣の問題だ
あなたには関係ない」
「そんなことありませんわ
結衣さんはかわいい妹のような存在ですもの
あなたのような男性に渡すわけにはいきませんの」
ちょっと……
私をおいて2人で言い合いをしている
「だから俺は結衣と話してるんだよ!」
明良の言ってることは間違ってないんだけど…
私が伝えなきゃいけないんだけど…
もう…
「明良…私の言いたいことは全部水樹が言ってくれた」
私がそう言うと明良の顔が怒りに満ちていく
「なんなんだよ…
なんなんだよ!」
そんな明良の様子をなぜか嬉しそうに見ている水樹
これは水樹が良くないことを言い出そうとしているに違いない
「再会などしなければ、こんな辛い現実を目の当たりにしなくてよかったものを…
岸谷さん、私はあなたに感謝していますの
あなたのせいで、結衣さんは男のいないこの学園を志望された訳ですが…
そのお陰で私は結衣さんと出会うことができたのです
ありがとうございます」
最初の顔合わせの時に明良が水樹に言った、『結衣とこうやって再会できたのは、あなたのお陰です
ありがとうございます』という言葉に、水樹は今、皮肉たっぷりの返しの言葉を言ったのだ
水樹が私に出会えたことを感謝してくれている
こんな皮肉めいた言葉にさえ、私の心臓は高く鳴ってしまう
「女同士の友情に付き合ってられねーよ」
明良は捨て台詞を吐くと、皆の声がする方へと姿を消した
こんなところに2人で残されても…
とりあえず、大きな木の下に座りこんだ
「女同士の友情ね…
違うけどな」
水樹も隣に座り、2人で木の幹に寄り掛かって話をする
「じゃあ、きょうだい愛?」
「さーな」
こんなに優しく笑っている水樹を初めて見た
「それにしても強くなったな」
ぽんぽんと頭を撫でられる
「岸谷もあれだけ言われれば、完全に諦めがついただろ」
「水樹の方が散々言ってたと思うけど」
こんなに普通に話せてるのが不思議なくらい、もう私の心臓は限界を突破している
「あれは、岸谷に腹が立ったからな」
「あー、兄としてね…いや姉だっけ?」
「……そこは、姉でも兄でもなく
理事長としてでもなく……」
沈黙が訪れ、見つめられた真剣な眼差しに吸い込まれそうになる
外から入ってくる光が瞳のなかで揺れているのが見えるくらいの近さ
「結衣の側を離れたくない1人の男として」
……
限界を突破していた心臓がいよいよ撃ち抜かれた
ええ!?待って待って!
驚きすぎておかしくなりそうだけど、なってるかもしれないけど、言われたことが理解できない訳じゃなかった
だから嬉しくて…
でも恥ずかしくて…
私は顔を背けた
そしてボソッと呟いた
「じゃあ、ずっと側にいてよ……」
「え、何?聞こえない」
背けていた顔を水樹によって、くっと向きを直される
「もう1回言って」
近いよ!
てか、絶対聞こえてたでしょ!
「言わないとこのままだけど」
この笑顔がムカつく!
なのに何でキュンとしちゃってるんだろう
最後の力を振り絞って、私は水樹の目を見ながら言った
「ずっと側にいて!」
「もちろん」
照れたように目を細めたかと思うと、次の瞬間には唇を奪われていた
男嫌いなはずのに、水樹なら嫌ではなくて嬉しくて…
薄暗い木の下で、思いが通じ合った瞬間だった
槙島水樹
彼は、素敵なレディで御曹司で、私の男嫌いという柵を初めて越えてきた人で……
そして、私の好きな人。




