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7話 オーク討伐

後半から三人称を導入しています。



「ったく、遅ぇぞ!!」



岩場を駆ける青年が、面倒くさそうに振り返った。

私は、息も絶え絶えに後を追いかける。森はいつの間にか荒れ果てた岩山に変わっていた。木々は一本も見当たらない。代わりに、足場の悪い岩場が広がっている。視界が揺れ、今にも岩場から転げ落ちてしまいそうだ。



「お前、それでよく冒険者になろうって思ったな」

「ほ、ほっといてください」



やっとの想いで、青年の待っている位置までよじ登ることが出来た。

荒い息が零れる。そのまま、岩にしがみついて伏せてしまいたい。本当に、これで勇者――冒険者とは、よく言えるものだ。腰に差した勇者の剣が、虚しく光った。



「まっ、気にしねぇけどさ――ほら、置いていくぞ」



辿り着いたのを確認した途端、青年は跳ねるように岩場を進み始めた。

まるで、軽業師でも見ているかのようだ。――って、感心している場合ではない。



「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」



私は情けない声を出しながら、必死で後を追う。

元々の体力の無さと連日の疲れのせいもあり、今にも倒れてしまいそうだ。そんな私を、見るに見かねたのだろう。青年は、鞄に手を入れると何か小瓶を取り出した。



「ったく、ほら。これでも飲めよ」



瓶が宙に弧を描く。

なんとか受け取ると、中には無色無臭の液体が詰まっていた。水、のようにも見えるが、良く視れば炭酸水のように泡立っている。



「疲労回復の薬だよ。後で金を払えよな。つーか、冒険者ならそのくらい用意しておけよ!」

「あ、ありがとうございます」



一種の栄養剤のようなモノだろうか。蓋を開ければ、しゅぽっと軽い音がした。

飲んでみれば、炭酸特有の触感が口の中で弾ける。そして、次の瞬間には身体が軽くなった気がした。例えるなら、身体を縛っていた重い鎖が外れ、足の痛みが癒えていくような――



「凄い!えっと、本当に、ありがとうございます、あ――」



礼を言おうとして、ふと気づいた。

まだ、名前を聞いていない。なんやかんやで色々と言葉を交わしていたが、まだ目の前の狼獣人のことを何も知らないのだ。



「あー、そういや、まだ名前言ってなかったな。

俺の名前はルートヴィヒ・ヴォルフ。――まっ、気軽にルートと呼んでくれ。見ての通り錬金銃使いさ」



青年――ルートは、腰に掲げた大小違う二丁の銃を、ぽんっと叩いた。

やはり、彼は銃使いだったらしい。私の命を一度救った錬金銃に目を向けてみる。

異世界といえば、剣と魔法の世界というイメージで、銃を使うのは――なんとなく珍しい気がした。



「よろしくお願いします、ルートさん。

私は、秋庭佳織と言います」

「カオリ、ねぇ。パッとしねぇ名前だな―――まっ、どうでもいいや。

そろそろハリスって坊やの臭いが近い。嬢ちゃんも戦える準備をしておけよ」



ルートは、それだけ言うと更に歩みを進めた。

目を凝らしてみれば、ルートは時折――空気を嗅ぐように鼻を動かしていた。さすがイヌ科系の獣人、鼻が良いらしい。地図も見ていないのに、確かな足取りで進んでいく。



「あの――作戦とか立てなくていいんですか!?」

「まっ、嬢ちゃんの腕前じゃ、作戦立てる以前の問題だろ。あと、もっと声を潜めろよ。意外と響いてるぜ?」

「っ!」



慌てて口を塞いだ。

危ない、以前森でやってしまったことと同じ間違いをするところだった。

夜の森は、些細な声でも響いてしまう。あまり秘密裏に話す場には向かないのだろう。先に跳び出したハリスとの距離が近づいているという事は、必然的にオークがいる場所とも近いということ。油断は大敵だ。



「とはいえ――なんかしらの作戦を考えねぇと、全滅になりかねぇからな……おい、嬢ちゃん。ちょっと耳貸せ」












































ハリスは、岩陰からそっと顔を出した。

オークの群れが、一か所に固まっている。どこからか剥ぎ取った錆びた剣を磨くオーク、怪しく目を輝かせて見張りをするオーク、すやすやと夜の眠りを貪るオーク――など、ざっと数えて10匹のオークが集まっていた。いずれにしろ、その醜悪な有様に目を細めてしまう。

ハリスは、深呼吸をする。そして、一気に呪文コードを告げた。



「運命の女神フェイトリアの名のもとに――彼の者たちに氷の刃を降らせ『レイン フリザード』!! 」



詠唱と共に、空気が揺れる。

大気中の水分が圧縮され、数千本もの氷の刃を形成した。水系魔術を極めたハリスの十八番は、思い思いの時を過ごすオークたちに容赦なく降り注いだ。

突然の襲撃に、オークたちに防ぐ術もない。悲鳴が岩場に木霊する。



「オークなんて、大したこともありませんでしたね」



氷の刃で血塗れになった岩場を見下ろす。ハリスは1人、歓喜の拳を掲げた。

一匹一匹別行動をしていたとするならば、魔術学校を卒業したばかりのハリスには到底太刀打ちできなかっただろう。だが、幸いにもオークは群れで固まって行動していた。だからこそ、範囲魔術で一網打尽にすることが出来たのだ。



「あとは、冒険の資金調達のために、死体を解体しましょうか」



素材として、売れるものは資金調達のために剥ぎ取ろう。

ハリスは、岩場から降りてオークの死体に近づいた。血の臭いが咽かえり、眉間に皺を寄せてしまう。ローブで鼻を覆いながら、そっと――恐る恐るオークに近づき、解体を始めた。



「気持ち悪い……やっぱり止めましょうか」



ちょんちょんと、靴でオークの死体を突いてみた。オークはビクともしない。

錆びた剣など、いらない。オークが蓄えていた金貨銀貨といった財宝の類も、見た感じ無さそうだった。



「とりあえず、討伐した印としてオークの頭だけ持って帰りましょう」



ハリスは、オークの首にナイフを突き立ててみる。

だけれども、魔術師程度の筋力ではオークの頑丈な首を切り取ることが出来なかった。仕方なく、ハリスは高密度に圧縮された水魔術で首を狩り切っていく。

単純な作業だが、あまり気分が良いとは言えなかった。さっさと街に戻って、討伐してきたことを発表しよう――急く気持ちばかりが先に立ったせいだろう。ハリスは、至近距離に近づくまで気がつかなかった。

首を切り取ろうとした一匹が――まだ生きていたことに。



「まさか、まだ息があったなんて!!」



突如立ち上がったオークから、咄嗟に離れようとする。

しかし、ハリスは魔術師だった。手を伸ばせば届きそうな位置にいるオークから逃げることなど、ほとんど不可能に近い。ハリスが逃げようと背を向けた途端、血濡れのオークは棍棒を振り上げた。



「くはっ!!」



背中を強打される。

ハリスは、岩場に投げ出された。纏っていたローブのお蔭で、多少の衝撃が緩和されたとはいえ、それでも棍棒で殴られた事実に変わりがない。強烈な痛みに呻くことしか出来ず、得意の魔術を唱えることは出来なかった。治癒用の薬を持参していたが、殴り飛ばされた衝撃で鞄は遠くに転がってしまっていた。



(――手が、届かない――っ!!)



必死で手を伸ばしてみる。

しかし、鞄との距離は縮まらない。そうこうしている間に、オークの悪臭が漂ってきた。顔を上げてみて、ハリスは絶望に堕ちた。

生き残りのオークは、もう一匹いたらしい。のそり、のそりと血の海の中からオークは立ち上がる。そして、辺りを見渡し、先程棍棒を振るったオークと顔を見合わせた。



(まずい!)



オーク達は、仲間を殺された怒りで目を輝かせていた。

片方は棍棒を、もう片方は錆びた剣を構え、襲撃者ハリスに狙いを定める。雄叫びを挙げ、武器に復讐の殺意を込めた。



「う、運命の女神――ぐはぁっ!!」



再び棍棒が振り下ろされる。

口の中から血の味がする。運が良いのか、骨は折れていなかった。しかし、ハリスは、体力的にも精神的にも限界に達してしまっていた。薄らと歪んだ視界に、爛々と目を輝かせた2匹のオークが映る。

なんとかして口を動かそうと、呪文コードを唱えようと力を込める。だが、口は動かない。ただ、自分を殺しに来るオークの姿を見ていることしか出来ない。



(ここまで、ですか……)



魔術学校で勉強した日々が、走馬灯のように駆け巡る。

援助金で魔術学校に通い、相性が良かった攻撃系の水魔術の勉強に明け暮れた日々――。

冒険者として世界中の魔術系統を学び、名を挙げて最終的には、この国の上級魔術師として士官するような――そんな夢を抱いていたのに。



(僕の夢は、これで終わり、ですか?)



そんなこと、嫌でたまらない。

もっと、自分は学びたいことが山ほどあるのだ。ハリスは、立ち上がろうと力を込める。だけれども、現実は非常だ。腕も足も、どこも力が入らない。

オークは、無駄な努力をするハリスを嘲笑い、錆びた剣を振り上げた。その時――



「殺す時は一思いに、って習わなかったか?」



岩場に銃声が轟く。

錬金銃から放たれた魔弾は、狙い過らずにオークの頭を貫通した。錆びた剣を手にしたオークは、声を発することも無く岩場に倒れる。再び現れた突然の襲撃者の存在に、棍棒を手にしたオークは、何が起こったのか分からないらしい。胴体だけになったオークを見下ろし、呆然と立ち尽くす。

その隙を、逃すまいと岩場から少女が飛び出してきた。

夜に溶け込む闇色の髪をした少女は、身体に似合わぬ長剣を握りしめていた。頼りない走り方だったが、それでも懸命にオークを見据え、剣を振り下ろす。月明かりに輝く剣は、まるで瓜を斬るかのようにオークの首を落とした。



「はぁ…はぁ……やった、討伐数、1だ」



倒れたオークの死体を見下ろしながら、少女は感慨深げに呟くと、ハリスの方に駆け寄った。



「だ、大丈夫、ですか?」

「バーカ。大丈夫なわけねぇだろ? まっ、応急手当が必要だな」



ハリスは、店にいた冒険者だと気付いたときには、既に限界だった。

2人は何か言葉を交わしていたようだが、何を言っているのか分からない。



――ハリスの視界は、闇に閉ざされた。





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