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6話 成人の階段


「疲れたー」



テーブルの上で、腕を伏せる。

無事、薬草を届ける依頼が終わった。これで、ようやく食事にありつくことが出来そうだ。依頼主に「おススメの店」を聴き席に着いた途端、力が抜けてしまったのか、一気に疲れがこみあげてきて、そのままテーブルに倒れ込んでしまったのだった。



「お嬢ちゃん、お疲れだね。ご注文は?」

「……とりあえず、一番安い定食と、ジュース」

「はいよー」



店員の声が遠く聞こえる。

もう疲れて、返事をすることもままならない。

あれから、魔物に見つからないよう最大の注意を払って進んだおかげだろうか。魔物をいち早く見つけても、そっとやり過ごすことが出来た。それは――勇者として以前に、冒険者としてどうなのかと思うが――戦えないのだから、仕方あるまい。

やはり、あの狼獣人が言った様に、どこかのパーティーの末端に加えさせてもらうのが最優先課題だ。

しかし、どうやって要請すればいいのだろうか……



「おっ、疲れてんなー嬢ちゃん」



どこかで聞き覚えのある声がした。

それと共に、椅子を引くような音。重い頭を持ち上げてみれば、狼獣人の青年が座っていた。



「なんで、ここにいるんですか?」

「流れ者の傭兵が、どこにいても構わねぇだろ?

まっ、凶悪な魔物の素材集め依頼を受けて、この街に辿り着いたってわけだ」



いつの間にか注文していたビールを飲み干しながら、別に言わなくてもいいような情報まで教えてくれる。気がつけば、私の前にも簡単な料理とオレンジジュースのようなものが置かれていた。料理と言っても、パンとシチューといった――まぁ、異世界といって思い浮かべるような食事だ。下手に頼んでイナゴとか虫類が出て来なくて良かったと、今さらながら思う。



「それで、仲間は見つかりそうか?」

「……」

「まっ、そんなところだと思った」



青年は、ぐぃっとビールを飲み干す。

豪快に飲むその姿は、どことなく親爺臭い。そんなことを思いながら、私は木製を手に取った。木製とは珍しい――と思いながら、くぃっとジュースを飲んでみる。甘い味が喉に染み入り、疲れを拭い去っていくようだ。ほっと力が抜け、つい



「……美味しい」



ぽつり、と呟いてしまった。

よけいな添加物が一切入っていない、自然の甘味と言うのだろうか。

ちょっと果実の味が濃すぎる気もしたが、控えめの甘さは嫌いではない。なんとなく、幼い頃、都会の果物専門店で飲んだジュースに似ている。ほんのりとした懐かしさに浸ってしまう。

――今頃、お母さんは何をしているのだろうか?



「お子様だなー、ビールを美味いといえないようじゃ、冒険者として半人前だぜ?」

「私は、まだ未成年ですから」



それに、酒の美味しさが理解できなかった。

以前、酔っぱらった父親に無理を言って一口飲ませて貰ったことがあったが、もう懲り懲りだ。あんな苦い飲み物を、美味しく飲み干す神経が信じられない。



「未成年だろうがなんだろうが、ちょっとくらいはいいんだよ。

冒険者として旅立った時点で、成人さ」

「はぁ……」



そういうものなのだろうか。

どっちにしろ、飲まないと心に決めている。

……それにしても、この世界の成人年齢とは何歳なのだろうか。冒険者として旅立った時点で成人と言う言葉が本当なら――いや、たんなる言葉のあやかもしれない。必要になった時に考えればいいだろう。



「ほら、気にせず飲めよ!」

「結構です」



夜だからだろうか。

店は、騒がしくなってきた。どうやら、ちょっとした酒場も兼ねているらしい。

私みたいな冒険者は、どうやらいないらしい。ほとんどが仕事帰りの地元の人みたいだ。それぞれのテーブルに三三五で集まり、ビールを煽っている。

楽しげな会話に耳を傾けながら、肉が申し訳ない程度にしか入っていないシチューを啜り、固くなる一歩手前のパンを齧った。……あまり美味しくはないが、何も食べ物がないよりはマシだ。

そして、最後の一切れを口の中に押し込んだとき――



「納得いきません!」



激しくテーブルを叩く音が、辺りに響き渡った。

何事か、と振り返ってみる。騒動の主は、水色の髪をした少年だった。

年頃は、私と同じくらいだろうか。どことなく痩せ気味で、儚げな雰囲気の少年だった。しかし、普段は温和なのであろう表情は、これ以上ない悲痛の色で歪められている。



「オークの足跡が発見されたのですから、街が襲われる前に討伐隊を組むべきです!!」



水色の髪をした少年は、必死に訴えかけている。

テーブルを叩いた衝撃だろうか。木製のコップが倒れ、水がテーブルクロスを侵食している。しかし、そんなことお構いなく熱弁を振るい続けていた。目の前に座る町長っぽい老人に話しかけているのかと思ったが、どうやらこの場に集まった全員に問いかけているらしい。



「危険が迫ってからでは、遅いのですよ?

いますぐにでも、僕は討伐するべきだと考えます!」

「しかしな――ハリスよ。下手に動いて危険がせまったら、どうするんじゃ?

もしかしたら、オークは森を通り過ぎていただけかもしれん。街に危険が及ぶか、まだ分からんぞ?」



老人の言葉に、頷く人が多い。

どうやら、事なかれ主義の傾向が強い街らしい。



「あの……オークって、そんなに危険なんですか?」



こっそり前に座る青年に尋ねてみる。

だが、返答する前に、目ざとく私の問いを聞きつけた少年――ハリスが、代わりに応えてくれた。



「危険ですよ!

いいですか、オークは群れで行動します。1匹見つけたら、10匹単位の群れがいることを覚悟した方が良いのです」



……まるで、台所に現れる虫のような言い方だ。

だけれども、それだけオークに対する脅威度は高いのだろう。1人納得していたが、ふと――ハリスの視線は、私の腰に帯びた剣に向けられていることに気がついた。



「貴女――もしかして、剣士ですか?」

「えっ、まぁ……一応は、そうです」



嫌な予感がする。

私は、財布からお金を取り出して、そそくさと帰る支度をしようとするが――がしっと腕を掴まれてしまった。



「お願いします! 一緒にオークを倒しましょう!」

「えっ、いや。その――私は――ただ、この街に立ち寄っただけでして――」



嫌な予感が的中してしまった。

いや、いずれはオークのような魔物とも戦わないといけないことは分かっているし、それ以上の魔物や魔王軍と戦う運命にあることは知っている。だけれども――こういきなり戦えと言われると、やはり尻込みしてしまうのだ。なんとか言い訳を探そうと、思考を回転させる。



「あー、えっと――神殿に依頼を出せばいいのではないでしょうか?

私なんかより高いレベルの冒険者の方に、協力を仰げば――」

「神殿に依頼を出している時間も勿体無いのです」



こんなところで仲間集めする方が、時間の無駄と思う。

もしかして、酒が入って酔い始めて思考回路が鈍った大人を巻き込もうとしたのだろうか。

……さすがに、考えすぎかもしれない。



「お連れの方も、力を貸してくださりませんか?」

「いや、別にコイツの連れじゃねぇから。たまたま知り合いがいたから、座ってただけで。

――まっ、嬢ちゃんの言う通りなんじゃねぇの? オークのこともろくに知らねぇ新米へっぽこ冒険者に頼るより、神殿に依頼した方が良いと思うぜ?」

「……それ、どういう意味ですか?」



なんとなく、言い方に棘を感じた。

青年の言葉が効いたのか、ハリスは辛そうに唇を噛みしめる。



「――っ、もういいです!僕一人で、戦います!!」



荒々しい動作で、ハリスは店を去って行った。

その後を追う者は、誰もいない。――勝てるとは思えない敵に、1人で立ち向かう。

まさに、その姿は私の思い浮かべる勇者像だ。秋庭佳織ゆうしゃは、戦うのが怖くて断る方法を考えていたというのに―――。



「っ、すみません。オークは、どのあたりに出たんですか!?」



気がつくと、先程の老人に詰め寄っている私がいた。

老人も、酷く驚いたのだろう。先程との変容ぶりに目を丸くしていたが、それでも教えてくれた。



「次の街に向かう途中にある森があるじゃろ?その奥に広がる岩場じゃ。じゃがな――お嬢ちゃんは、立派な剣は持っているが、駆け出しなんじゃろ? ハリスは優秀な魔術師じゃが、まだ学園から帰って来たばかりのひよっこじゃ。オークとの戦った経験もなかろうに――」



老人は、遠まわしに「やめとけ」「ハリスを引き戻して来い」と言う。

そう、今なら私も引き返せる。でも、私は新米とはいえ「冒険者ゆうしゃ」だ。

冒険者として旅立った時点で、私は「成人」扱いされている。

周りから反対されたとしても、その決定権は私にあるのだということを忘れてはいけない。



課題に向き合うのを決めるのは私で、背けて後回しにするのも渡しだ。

ならばどうする?周りの意見を聞き、成人おとなの階段を上った秋庭佳織わたしが下した決断は――




「それでも、行きます」



いずれ向き合わなければならない課題から、眼を背けるわけにはいかないではないか。

食べた料金を店員に渡し、扉を開けた。夜風の冷たさが、肌を刺す。思わず、ぶるっと震えてしまった。昨夜の野宿では、ずっと火を焚き毛布に包まることで暖を取っていたが――



「問題ない、か。動けば暖かくなるでしょ!」



次の街の方向は、分かっている。

来た道とは逆――つまり、『アイヴォリーの迷宮』がある方角へ進めばいいだけだ。



「おい待てよ、嬢ちゃん」



走ろうとする私の背中に、青年が声をかける。

どことなく呆れ顔の青年は、ヤル気なさそうに頭を掻いていた。



「本気で行くのか? あんな魔物ザコに苦戦してたのに?」

「行きます」



怖かった。

物凄く、怖い。死が目の前に迫ってきた時の感覚なんて、思い出したくもない。

でも、怖がってたら――いけない。

私は――私は――



「いつかは、戦わないといけないから」



その時期が早まっただけ。

そう、それだけなのだ。

私の言葉を、青年は黙って聞いていた。そして、盛大にため息をついた。



「それでも、魔物一匹倒したこともねぇ嬢ちゃんと、卒業ほやほやの魔術師坊やにオーク討伐はなぁ。ちと荷が重すぎるぜ」



青年は、軽く荷を背負い直す。

そして、ゆっくりと私に近づいて来た。伸ばされた手に、反射的に身構える私だったが、手は頭にポンッと軽く置かれた。



「死なれちゃ後味悪いからな、付き合うぜ」



青年は、大股で走り始めた。

その背中を、ぽかんと見送りそうになる。私が立ち止まっていることに気がついたのだろう。数軒先の商家の前で止まった青年は、面倒くさそうに振り返った。



「ほら、急がねぇとハリスとかいう魔術師、死ぬぞ?」

「は、はい!」



鞭で叩かれたように、私も地面を蹴った。

夜の街を飛び出し、森へと続く街道を駆け抜ける。まだ名も知らぬ狼獣人の青年が前を――恐らく私に気遣いながら走り、その後を私が必死に追う。


月明かりが、そんな私達の影を地面に落としていた。





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