5話 仲間のススメ
不意に、空気を割く音が響き渡る。
轟く音は、魔物の腹に赤い華を咲かせ、魔物は支えを失った様に倒れた。地面に土煙が舞う。振り上げられかけた爪が、私目がけて降ろされることは無かった。
「た、助かった……」
どっと力が抜ける。
へなへなと座り込んでしまった。よほど強く剣を握りしめていたのだろう。掌には、くっきりと柄の痕が赤く残っていた。
「おい、無事か?」
「はい――なんとか」
顔を上げてみて、ハッと息をのんだ。
頬に傷が奔る精悍な顔つきの青年が、荒々しく佇んでいた。握りしめた銃の先からは、白い煙が上がっている。きっと彼が、魔物を倒したのだろう。だが、驚くべきことはそこではない。
それ以上に焦茶色の髪の隙間から覗かす狼の耳に、目が釘付けになってしまった。ぴょこぴょこと動くそれは、明らかに作り物ではない。
「まったく――俺が通りかからなかったら、死んでたぜ?」
中々立ち上がらない私を一瞥し、青年は銃を腰のホルスターに収めた。
そして、入れ替わりにナイフを取り出すと、手慣れた手つきで魔物を捌き始めた。
血の臭いが辺りに広がっていく。その様子を、私は茫然と見ていることしか出来なかった。
「ん、なんだよ。まだ腰抜かしてんのか?ほら、ボーっと見てねぇで、冒険者の端くれなら手伝えよ」
「手伝えって――何を、ですか?」
「見てわからねぇか?解体だよ、解体」
面倒くさそうに言い放つ。その間も、青年の手は止まらない。
ゲームでは、魔物を倒すとドロップ品とか手に入った。だが、よくよく考えてみれば魔物を倒してポンッと都合よく品物が出てくる方が不気味だ。実際は、ああしていちいち丁寧に解体して取り分けているのだろう。なんやかんやで、ここは現実なのだ。
たとえ、目の前に非現実な獣耳を生やした男がいたとしても。よくよく注視してみれば、ふさふさとした尻尾まで生えていたとしても。
「まぁ、見るからに素人だしな。下手に手伝われて、素材に傷がついたら売値が下がっちまう。――って、さっきから何処見てんだよ?そんなに獣人が珍しいか?」
「あー、その、あまり出会ったことが無くて。じろじろみて、すみません」
言葉を濁す。
城下町にいたかもしれないが、緊張と不安とで全く覚えていない。少なくとも召喚された城や神殿にはいなかったし、先程の街でも見かけなかった。全体的に、総数が少ないのか。はたまた私が出会っていないだけなのか。
「まっ、この国はヒト族の割合が高いからな」
青年は、あまり気にしていないようだ。
解体した魔物をアイテムボックスに放り込んでいく。毛皮に肉に角から骨まで、全て放り込み、そこに魔物がいた形跡は血の跡だけになっていた。
「ん?お前も欲しかったか?」
「あーえっと――」
何て言えばいいのか分からず、言葉を濁す。
不本意ながらも、最初に魔物と戦っていたのは私だ。でも、実際に倒したのは目の前の青年であって、傷を負わせたのも青年だ。この場合――魔物の素材は、誰の持ち物になるのだろうか。
青年は、大げさに息を吐くとナイフを布で拭きはじめた。
「お前、何にも知らないんだな。いいか、主張しねぇと獲り分も何も手に入らねぇぞ?
物言わぬ貞淑を貫くのは、深窓のお嬢様みてーな箱入り娘だけだ。こういう時は、素直に『欲しい』って言えばいいんだ。まっ、活躍したのは、俺だし、お前を助けたもの俺だから、俺の獲り分の方が多くて当然だけどさ」
それを言うと、一度閉じたアイテムボックスを開いた。
すると、中から何か黒い塊が飛び出す。いきなりだったので跳び上がってしまったが、良く視れば、先程の魔物の肉と角だった。私は軽く頭を下げて、恐る恐るアイテムボックスに近づかせる。肉も角もアイテムボックスより遥かに大きい。しかし、倍以上の大きさもあるアイテムが吸い込まれるように箱の中へ消えていく。完全に物理現象を超越している――これが、魔法というものか、と1人感心に浸った。
「にしても、お前さ――こんなところで何やってたんだよ?防具や身のこなしを視る限りだと、せいぜいレベルは1か2ってところだろ?あんな奴、今の実力で倒せるわけがないって分からなかったのか?」
「……気がついたら、背後にいたんです」
正直に応える。
どれだけ夢中で薬草を摘んでいたのかと、自分が恥ずかしくなってきた。青年の眼を見ることが出来なくて、ちょっとだけ俯いてしまう。
「なるほどな、採取系の依頼を受けてたのか。まっ、初めは気づかないよなー」
血糊を拭き終えたナイフを片付け、青年はアイテムボックスを鞄の中に戻した。
口調と言い、慣れた手つきと言い、顔の傷と言い、私より遥かに上位レベルの冒険者なのだろう。動作や仕草の全てが手慣れていた。
「経験が浅い程、周りが視えているようで視えてねぇ場合が多いんだよ。これに懲りたら、ソロ活動は止めて、早いとこ何処かの仲間に入れさせてもらえよ」
んじゃあなーと、青年は手を振って去っていく。
青年の背中が小さくなり、やがて見えなくなるまで見送った頃――ようやく、立つことが出来た。
「そうだよね、やっぱり仲間は必要か」
肌を離れぬ恐怖を払うように、いそいそと腕を擦った。
さっきだって、仲間がいれば死を覚悟する距離に迫られるまで魔物に気がつかなかったなんて、ヘマな真似はしなかった。それに、私は神殿から教えてもらった俄か知識だけで、いわば「暗黙の了解」となっているような冒険者の心得を全く知らないことも分かった。
ただ、魔物を倒すためだけに仲間を集うだけではなく、もっと他の理由で――仲間を集うのも旅をする上で大切なのだろう。ただ――
「問題は、私を入れてくれるパーティーがあるか、だよね」
はぁ、とため息をついた。
魔法も出来ず、まともに戦うことも出来ない――おまけに出身地も怪しげな初心者中の初心者を快く迎えてくれるところがあるだろうか。
「まぁいいか。さっさと先に進もう」
薬草は、採取できた。
もちろん、「私自身」が自由に使える金は沢山欲しい。だけれども、あまり沢山採りすぎると、生態系を崩しかねないのだ。適度に残しておかないと、あとで罰金が科せられるかもしれない。
剣を鞘に戻し、歩き出す。
「あー、足痛いな」
急に運動したせいだろう。足が、筋肉痛になったように痛んだ。
出血こそ止まっていたが、膝頭も微かに痛む。しかし――不思議と、腕は痛くなかった。
重いはずの剣を振り回していたにもかかわらず、だ。そこだけ不思議な加護の類が、働いているのだろうか。それとも、勇者の剣の能力なのだろうか。
加護にしても能力にしても頼もしいけれども、それならもっと――全体的に運動神経を良くして欲しかった。
後悔ばかりが、脳裏を渦巻く。
重く圧し掛かってくる「仲間」という言葉を胸に、痛む足を引きずる様にして進むのであった。