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4話 10㎝先で…

森の中を進む。

木々の隙間から、太陽の光が零れ落ちる。

手に入れる薬草が書かれた紙と、地図を睨みながら進んでいると、なんだかオリエンテーリングでもしているような気分になってくる。自然教室の時のように、周りに先生もいなければ友達もいないけれども。

瞬間、背後の茂みが揺れる音が耳に飛び込んで来た。私は剣の柄を握り、慌てて振り返る。



「な、なに――って、風か」



ただ、風で揺れただけのようだ。ホッと一息をつく。

今の所、人間に襲い掛かるような魔物と遭遇していない。

いずれ、否応なしにも戦わなければならないことは分かっていたが、実際に戦うとなると――どうなってしまうのだろう。その先が想像出来なくて、なんだか怖くて堪らなかった。



「驚かさないでよ――まったく」



柄から手を離してようやく、掌に汗をかいていたことに気づいた。

魔物と戦っていないのに、この始末。一体この先大丈夫なのだろうか。重い足取りに鞭を打ち、のろのろと先に進む。絵に書いてある薬草は、なかなか見当たらない。先だけくるんと丸まっているワラビのような草なんて、すぐに見つかりそうなのに。

――いや、簡単には見つからないから、冒険者に依頼がくるのかもしれないけど。



「……」



遠くで聞こえる鳥の囀り。

木々の囁き。隙間から零れる陽光。全てが、魔王軍が私を追っていることを忘れさせてくれるようでいて、最初の2日間の旅を否応なしに想起させた。

魔物との戦いは全てサーシャ達が肩代わりしてくれて、私はただ剣を構えてみていることしか出来なかった。この世界の金銭の仕組みや、宗教観などを学びながら、なんとなく旅を続けていたあの頃――あの日々が、ずっと最後まで続けばよかったのに。



「あっ、あった」



1日歩き続け、空が夕暮れ色に染まりつつあった頃だ。

ようやく、道の外れにワラビっぽい薬草が生えていることに気づいた。しゃがみこみ、1つだけ摘んでみる。―――視界の端に「薬草」とか表示されることも無く、確認すべき手段は先程の用紙だけだ。用紙に描かれた薬草と同じものだということを確認する。



「えっと――これに入れればいいんだよね」



鞄から、神殿で渡された「アイテムボックス」なる箱を取り出す。

小さな箱だけれども、魔法で中を拡大してあるらしいので、見た目以上に沢山巨大な道具類も入るのだとか。詳しい仕組みは知らないが、一応上限はあるらしい。



「薬草くらいなら――幾ら入れても問題ないでしょ」



ひとつひとつ、用紙を確認しながら摘んでいく。

だから――私は背後に迫っている脅威に気づくことが遅れてしまった。

鼻につく獣の臭いに気がついたときには、もう遅い。慌てて振り返ると、目の前に強大な口が開かれていた。



「ひっ!?」



避ける――というより、右に転がる。

だが、そんな乱暴に転がったこと経験などなかった。腕と膝に痛みが奔った。

じんわりと赤い血が滲んでいる。私は、唇を噛みしめて、剣を引き抜いた。

改めて、魔物を見上げてみる。幼い頃――動物園で視た熊に近かった。目の前で、ぐわりと起き上がったヒグマの巨体に泣き出してしまったことを思い出した。

だけれども――あの時は、私とヒグマの間に柵という名の壁があった。今は、もちろんそんなものはない。



しかも、目の前の魔物は、ヒグマにはない角を生やしていた。

爪と同じくらいに鋭くそびえる角は、いったい何のために使うのだろうか。

魔物の使用用途は不明だが、少なくとも、あの角につかれたら最後、簡単に腹に穴が開くことだけは予想出来る。



「た、戦う?本当に、戦うの?」



かちかちかち――

剣先が、微かに震えている。

記憶を掘り起こしてみれば、旅に出た1日目の昼過ぎに、サーシャが魔法を操り一撃で倒していた魔獣だ。文字通り瞬殺だったわけだが、私はサーシャではない。

恐ろしい唸り声を響かせ、牙をむく。ヒグマに似た魔獣は、確実に私に狙いを定めていた。ゆっくりと後ずさりしながら、恐る恐る魔獣に話しかける。



「こ、後悔するんだからね!さっさと痛い目見ない間に―――逃げなさいっって――嘘でしょ!!」



一瞬で間合いを詰められ、私の頭上に爪を光らせる。

目分量だったけれども、魔獣と私との間は5,6メートルくらい空いていた。それを瞬間的に詰められ、今まさに殺されそうになっている。



「っ!」



間一髪だった。

振り下ろされた爪が突き刺さる寸前に、なんとか剣で抑える。だけれども爪の一撃は、想像したよりも重い。剣は――折れないだろうけれども、私の膝が折れそうだ。力の限り押し返そうとする。だが、ビクともしない。まだまだ魔獣は余裕らしい。もう片方の爪を振り上げようと高く持ち上げる。爪が、太陽の光を浴びて怪しく輝いた。



「しまった!?」



既に、片方の爪だけで精一杯だ。さらにもう片方の攻撃なんて、防げるわけがない。

今現在受けている攻撃を流す、なんてことが出来れば状況が変わってくるかもしれないが――そんな高度なこと、出来るわけがないのだ。でも―――それをやらなければ、私は確実に死ぬ。



「一か八か――っ!!」



どうせ死ぬなら――少しでも生き残る方に賭けよう。

攻撃が向かってくる方向は、分かっているのだ。

今も防いでいる爪は、私の首を抉ろうとしている。ならば、首を攻撃から護ればいい。全ての力を剣に向け、攻撃を押し返すように前に出る。もちろん、剣を跳ね返そうと、魔物も瞬間的に力を込めた。



「それを待ってたんだ!!」



瞬間的に高まった力とは反対に、私は一気に力を抜いた。

腕相撲の理論だ。なかなか決着がつかない拮抗状態にあるとき、たまに「負けてもいいかな」「そろそろやめたいな」と思う時がある。そんな時、力を可能な限り込めて押すと、負けるつもりのない相手は負けじと押し返してくる。その瞬間、力を抜いて手を放せば、相手の腕だけがテーブルに激突することになるのだ。


……まぁ、成功する確率は低かったけれども。

そのまま攻撃を避けるように、左に跳びはねる。

攻撃対象を捕え損ねた爪は、空中を掻いた。魔獣は、バランスを崩す。剣から流れるように攻撃が逸れ、私は自由を取り戻した。



「でき――た?」



予想通りに事が運んだ。

前のめりになった魔獣の背後を取った私は、あとはこのまま剣を突き刺せばいいだけ。どっと波のように押し寄せる疲労感を無理やり抑えこみ、ふらつく足で前に突撃する。

だったのだが―――



「グルルゥゥゥ」



現実はそう甘くない。

剣が毛皮を貫く瞬間、くるっと魔獣が反転したのだ。視界の端に、凶悪な爪が光る。



「しまっ――」



とてもではないが、避けられる距離ではなかった。

それどころか、足がすくんで動けなくなってしまう。地面に縫い付けられたように、一歩もその場所から動くことが出来ない。

恐怖が肌を伝う。夜の闇の中、襲い掛かってきた魔王軍が――私の喉元目がけて飛び込んで来た刃を受けた仲間の姿が、脳裏に蘇る。震えが―――止まらない。



10㎝先で、ツメが笑った。




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