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3話 冒険者登録


「冒険者、ですか?」



首をかしげる。

一応、その職業の意味は知っていたが、ヤーン司祭は知らないと感じたのだろう。冒険者という職業について、丁寧に説明してくれた。



「宝探しや魔族退治といった危険な冒険を繰り返す職業のことです。

基本的に、神殿で情報を登録すればカードが発行されて、依頼や情報を手に入れることが出来ます」

「なるほど……」



頭の中で整理する。

つまり、神殿がゲームや小説に良く出てくる「ギルド」みたいな役割を果たしているということだろう。だとしたら――



「この場で、勇者としてではなく、『新米冒険者として』登録してください、ということですか?」

「はい、飲みこみが早くて助かります」



ヤーン司祭は、にっこりと微笑んだ。

「宝具」も宝探しの一環といっても過言ではないし、そのための情報を神殿から手に入れることが出来る。表向きには、新米冒険者として旅をつづける。神殿からの依頼をこなして、簡単な小遣い稼ぎも出来るだろう。いざとなった時のみ勇者としての証を使って神殿や国の力を借りることも出来るから、普通よりも楽に旅ができる。そして何より―――多少なりとも、魔王軍の眼を欺くことが出来そうだ。少なくとも、剣もまともに使えない新米冒険者を勇者だとは思うまい。



「幸い、古の呪文コードが刻まれた宝具――通称『セブンスコード』の1つが眠るとされてる『アイヴォリーの迷宮』は、比較的初心者でも挑みやすい迷宮と言われております。新米冒険者が挑んだとしても、特に目立つことは無いでしょう」

「挑みやすい?」



私は再度、疑問を覚える。

初心者でも挑みやすい迷宮ならば、とうの昔に探索されつくしている可能性が高い。そんな場所にいつまでも、その宝具が眠っているとは考えられなかった。そんな私の疑問を察したのだろう。ヤーン司祭は静かに、首を横に振るう。



「――とは言いましても、それは表面上のこと。

勇者様でなければ、その奥に隠された迷宮に入ることが出来ない仕組みになっているのです」

「それ、どんな迷宮ダンジョン!?」



勇者専用の迷宮なんて、本当にゲームの世界みたいだ。

少しだけ、興味がそそられてしまう。それは、最弱勇者の私が突破できる迷宮とは限らないけど。



「詳しいことは行けば分かるでしょう。

さて、それではこれより勇者様には、冒険者登録をなさってもらいますが――よろしいですか?」



ヤーン司祭は、一枚の紙を取り出してきた。

英語でもなくかといって日本語でもない――全く見知らぬ文字がつらつらと書かれていたが、不思議なことに読み取ることが出来た。簡単な英文を読むときみたいに、脳内で勝手に日本語へ変換されていくような――そんな錯覚を覚える。



「こちらからお呼びした異世界人の方は、召喚の際に言語理解の付与をさせていただいています。だから、勇者様も私達の言語が分かるのですよ」

「ははは……そうなんですか」



さらさらとペンを動かしながら、笑ってみた。

内心、付与とか出来るなら運動能力向上とかつけて欲しかった――と愚痴りながら、ふと、ヤーン司祭の言葉に疑問を覚えた。



「……あれ?ということは、他の方法でやって来る異世界人もいるのですか?」



ヤーン司祭は「こちらからお呼びした異世界人の方は」と言いきっていた。

つまり、呼ばなくても迷い込んでしまう異世界人――つまり、同郷の人がいるかもしれないということなのだろう。案の定、



「ええ、稀にですが。発見次第、本人の意思を確認したうえで、送還陣を起動しています」

「良かった。ちゃんと帰れるんですね」

「もちろんですよ。たまたま迷い込んでしまっただけなのですから、もとの場所にお帰りいただかなければ―――極極稀に、この世界への永住を希望する方がいた場合には、国と神殿が総力を挙げて援助しています――あっ、それで結構です」



ちょうど区切りも良かったのだろう。

書き終えた書類を持ち上げると、ヤーン司祭は記入漏れがないか確認し始めた。

全てに目を通し終えたヤーンは、小さな声で呪文を呟く。すると、ただの用紙が光を帯び、次の瞬間、小さなカードに変わっていた。



「はい、問題ありません。それでは勇者様――改めて、冒険者『カオリ・アキバ』様の登録を完了させていただきます。こちらが、冒険者証です」



たったいま生み出されたばかりのカードは、どことなく保険証のように思えた。

簡単な個人情報が、丁寧に記載されている。




《名前:カオリ・アキバ

冒険者レベル:1 

使用武器:長剣

年齢:16歳 性別:女 

種族:ヒト 出身地:トーキョー》




「でも、名前とか出身地はこれでいいんですか?」



ヤーン司祭やサーシャも、国王や街並みも全てが西洋ファンタジーの世界だ。

明らかに、異民族丸出しの名前と日本の出身地が記されているが――問題ないのだろうか。すると、ヤーン司祭は首を横に振るった。



「まず問題ありません。

私達の国と、東方のシーミン帝国とは交流があります。向こうには、勇者様のような名前も珍しくありませんし―――そうですね、シーミン帝国のトーキョー村で生まれ育ったけれども、幼い頃なのでほとんど記憶にない、とはぐらかしてください」

「分かりました」



つまり、テレビに出ているようなハーフ芸人のように振舞えばいいということだろう。

出身は海外だけれども、暮らした経験は少なく、既に、この国の文化に染まっているような無いような態度を貫けばいいということか。



「この冒険者レベルというのは何ですか?」

「冒険者としてのレベルですね。神殿の依頼や、迷宮から持ち帰ってきた珍しい品の経歴が蓄積し、一定以上になるとレベルが上がります」

「へぇ――レベルが上がると、何か良いことでもあるのですか?」

「ありますよ。まず、レベルは冒険者の場数を知ることが出来ますね」



ヤーン司祭は、棚から分厚い冊子を取り出した。

手慣れた様子でページを捲り、複雑な表が書かれたページで手を止める。



「レベルが低い冒険者には大事な依頼を任せられませんし、子守や薬草採集のような簡単な依頼しか引き受けさせてもらえません。

逆に、レベルが高くなるほど依頼の危険度も増します。もちろん、その分報酬は高くなるという見返りがあります。

10を越えると、一目置かれて信頼度が増しますね。神殿で手に入れることのできる情報も一気に増えますし―――何よりも、冒険者を辞めてからの再就職先の斡旋先が、一気に増えます」

「再就職先、ですか」



ずらり、と就職斡旋先と思われる場所の名前が、レベル別に記載されていた。

確かに、歳を取れば冒険者を続けるのも辛いだろう。日本の歴史を思い返してみても、将軍が老人の場合こそあれども、前線で戦う兵士たちは一様に年若いイメージがある。たとえいくら歴戦の冒険者であったとしても、年齢の境界というものには敵わず、かといってここは現実世界。生きていくためには、仕事をして金を稼がなければならない。

冒険者として、一生食べていくことは出来ないのだ。



「まぁ、その辺りは勇者様には関係ありませんね。

『アイヴォリーの迷宮』は許可が無くても入れますし、万が一――この後、神殿の許可がないと入れないような場所に宝具があるということが分かれば、そこは――」

「勇者としての権限で入ればいい、ですよね」

「その通りです」



私は、冒険者証をしげしげと見つめた。

これが、私の異世界での証明書になる。

つい3日前まで、私は冴えない女子高生だった。もっと言うならば、数か月前まで義務教育の女子中学生だった。それが、いきなり勇者として異世界に呼ばれて、いつの間にか冒険者として旅立とうとしている。



「運命って分からないな」



言葉が零れる。ヤーン司祭も、感慨深そうに首を垂れた。

気がつくと、高く昇った太陽は傾き始めていた。気が緩んでしまったのだろうか。腹が食べ物を催促する音を挙げる。ぱっと腹に手を当て顔を赤らめる私を見て、ヤーン司祭はくすりと微笑んだ後、部下に昼食の用意をさせるのだった。

























その日は、半日ぐっすり休息を取った。

食べ物に疲労回復の薬でも含まれていたのかもしれない。

溜まりにたまっていた痛みや疲れなんて、朝になる頃までには無くなっていた。だからだろう。太陽が昇り始めた頃、慌てることなく出発することが出来た。

とはいっても、徒歩で移動するわけではなく――



「それでは、お願いします」



私は、ヤーン司祭が用意してくれた転送陣の上に乗った。

魔王軍の目を欺くために、神殿から「アイヴォリーの迷宮」にほど近い街――コールという街の神殿まで移動することになったのだ。

私が、しっかり陣の中央に立ったことを確認すると、ヤーン司祭は杖を掲げた。




「それでは、勇者様。運命の女神――フェイトリアの導きがありますように」



その言葉と共に、私は未知の空間に送り出された。

身体が暖かな光に包まれた、かと思うと、次の瞬間には別の風景が広がっていた。石造りの空間という、先程までの神殿と周囲は大して変りない。だけれども、先程までいたヤーン司祭含めた神官たちの姿はなく、代わりに違う神官が跪いていた。



「ヤーン司祭から昨夜のうちに連絡を受け取っています。

お待ちしておりました――勇者様」

「えっと――どうも、ありがとうございます。ここが、その――」

「はい。コールの街でございます」



どうやら、無事に辿り着くことが出来たらしい。

ホッと一息つく。



「魔王軍は、まだ街の周りを陰で包囲しているかもしれませんね」

「ははは――そうだといいんですけどね」



これからは徒歩での旅になる。

一般人だった私には、馬なんて乗れるわけがないし、まして新米冒険者が高価な馬に乗って旅をする方が怪しまれる。転送陣は、起動までに魔力を高める必要があるらしく、そう簡単に使えるモノでもないらしい。

普通の冒険者らしく、依頼をこなしながらアイヴォリーの迷宮を目指すことにしよう。



「こちらが、ここからアイヴォリーの迷宮までの地図となっています。そうですね―――このあたりの依頼をこなして、次の街へ向かうのが得策かと」



依頼表を取り出し、いくつか勧めてくる。

確かに、何の用事もないのに街道を移動するのは不自然だ。いや、冒険者としてアイヴォリーの迷宮を目指していると答えればいいのかもしれないけど、念には念を入れて旅をしなければならない。神殿の細かい心配りに感服する。



「ありがとうございます。――って、これは無理ですよ」



依頼文に目を落とした瞬間、即効で断ってしまう。

そんな私の反応に対して、神官は、不思議そうに首をかしげている。

私の方が、首をかしげたい気分だ。なんで、この神官は当然な顔をして『商人の警護(盗賊に襲われる危険性あり)』とか『人喰い魔獣の討伐』とか、新米には不可能な依頼を勧めてくるのだろうか。

しかも私は、魔王軍に為す術も無かった勇者なのに――。



「あの――私が、どんな勇者だか知っていますか?」

「はい!歴代の勇者様同様、どのような凶悪魔獣であっても華麗に一撃で倒すことのできる力を持っているんですよね!」



……どうやら、この神官は私が最弱だという事を知らないらしい。

そういえば、ヤーン司祭が「国の上層部と話し合った結果、仲間が魔王軍によって全滅したことは、上で揉消す」と言っていたような気がする。勇者が魔王軍に太刀打ちできないとあっては、迫りくる脅威に対抗する手段がないのだと、一般人に危機的な意識を植え付けてしまいかねない。勇者と言う圧倒的強者のイメージを失わせないためにも、敗北の知らせは公にしない方が良いのだ。

私は、小さくため息をついた。



「その、私は『新米冒険者』ですから。

いきなりこんな難しそうな仕事をしたら、『期待の新人』って目を付けられちゃうと思うんですけど」



それを言うと、神官たちの顔に納得の色が浮かんだ。

そして、新米冒険者に相応しい簡単な依頼を推薦してくれる。今度は、迷子犬探しや素材採集といった簡単な依頼が並んでいた。内心、肩を降ろす。



「それでは、この依頼を引き受けます」



途中の森に生える薬草を採取し、それを隣町の薬剤師へ届けるという簡単な依頼だ。

一応5日以内という期限は定められてはいたが、2日しかかからない距離なので、さほど問題ないだろう。



「分かりました。以後、依頼を受ける時は、あそこの――入口脇の『依頼受付カウンター』までお越しください」



神官は、依頼が書かれた用紙と、「冒険者の心得」という簡易マニュアルを渡してくれた。今回の依頼内容に必須の「薬草の知識」やらなんやらが分かりやすく書かれている。時間を見つけて、読んでみることにしよう。



「分かりました。頑張ります」



私は依頼を受け取ると、神殿を後にした。

重い扉を押して、外に出る。強烈な太陽の光に、反射的に目を閉じる。今まで比較的暗い神殿の中にいたからだろうか。今度は、ゆっくり目を開けてみる。そして――



「うわぁ――綺麗」



思わず、感嘆の声が漏れてしまった。

西洋風の可愛らしい尖がり屋根の家が、石畳の上に立ち並んでいる。異世界ではなく、中世ヨーロッパの街並みに迷い込んだような、恍惚とした気分になった。



「へー、凄いな」



石畳の道を歩いてみる。

垂れさがる看板に、元気溌剌とした売り子の声。露店から漂う美味しそうな匂いが、朝食を食べたばかりだというのに食欲を誘う。召喚された当初――城下町を視た時は、勇者になった不安感と緊張感とで町を見渡す余裕なんてなかったので、実質――こうしてゆっくり異世界の街を歩いたのは初めてだった。



「って、気持ちを引き締めないと」



浮かれそうになった気を引き締めるため、ぱんぱんっと頬を叩く。

私は新米冒険者だけど、本当は勇者で世界を救わなければならない。それに、支給された金にも限りはある。勇者に支給される金は、国庫から出されたもの――つまり、国民の税金で旅をしているのだ。自分で稼いだ金ならいざ知らず、公費で旅をしているのだから、遊ぶことはせず、質素倹約に旅をこなさなければならない。しかし――



「……」



視線の先には、1つの露店。

鉢巻を絞めた男性が、炭火の上で鳥の串を焼いている。

じゅわりと油が炭に落ちる音が、食欲を掻き立てる。私は、財布を見下ろし――



「い、1本くらいいいよね?」



16歳の秋庭佳織、新米冒険者ゆうしゃ

あっさりと、食欲に負けてしまったのであった。





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