きつねがおいかけてくるよ
楽しげな声、楽しげな灯りに包まれて、ワシは幸せな気分で神社の境内を見つめる。
今日は夏祭り。
この鳥居の上からは様々な様子がよく見える。
両親の間で手をつなぎ遅くまで起きていられる今日にはしゃいでいる幼い少女。
誰が多くすくえるか金魚すくいで対決している小学生の男の子たち。
手をつなごうかつながないでおこうかまよっている浴衣姿の高校生の男女。
ここの神であるワシのことなど忘れて、みんな祭りのことしか頭にない。
そんなワシも鳥居の上から足を投げ出し、たこ焼きを頬張っておるんじゃが。
う~ん、今年も源さんの焼くたこ焼きは絶品じゃな。
と、感動していると懐の携帯電話が鳴りだした。
「はい、もしもし、神じゃが」
「あ、神様? ちゃんと仕事してます?」
聞こえてくる神主の声。
「ちゃんとしとるわい、うるさいのう」
「たこ焼き食べながら言われても何の説得力もないんですけど……」
なぜワシのもぐもぐが聞こえておるんじゃ。
「息抜きも必要じゃろうが。1パックじゃ足りんから、もう2パックほどもってきてくれんか。あと、このスマホ使いにくい」
「わがまま言わないで下さいよ。ガラケーなんてもうほとんど置いてないんですよ」
「あのパカパカするのが楽しいのになんてことじゃ……。神絶望」
「はいはい、もういいですから。で、何か変わったことはないですか? 迷子とかいません?」
「ん~、そうじゃのう」
ワシは境内を見渡してみる。
みんなが祭りを楽しめるようにこの鳥居の上から観察すること。
それがワシの仕事じゃ。
何かあれば携帯電話で神主に報告することになっている。
ほうほう、なるほど、あ~。
一通り眺めて報告する。
「何もないようじゃな。ただ狐のお面を被った幼い少年が一人で誰かを尾行しているだけじゃ」
「何かあるじゃないですか!」
「うん、良いつっこみじゃな」
事細かに説明するならば、紺色の浴衣を着た5歳ほどの少年が白い狐のお面を被り、屋台や人影に隠れながら誰かを追いかけている。
あ~、あれは先ほど金魚すくいで対決していた小学生の男の子たちじゃな。
「追いかけられている方も気付いているようじゃ。一人の男の子がちらちらと狐の子を気にしておる」
「ん? 二人は知り合いってことですか?」
「でも、気付いてないふりをしておる。どれ、ちょっくら心の声を聴いてみようかのう」
狐の子『おにいちゃんのバカバカバカ! なんでぼくといっしょにおまつりいってくれないの? あれもこれもそれもたのしいことはともだちとばっかり! もうばっかりせいじんってよんでやる!』
男の子『あいつ、何でここにいるんだよ。お母さんといっしょに行くんじゃなかったのかよ。しかも、何でお父さんのきつねのお面……』
「どうやら二人は兄弟のようじゃな。狐の子はお兄ちゃんとお祭りに行きたかったけどお兄ちゃんは友達と行ってしまった。う~ん、思春期じゃな」
「あ~、家族と一緒に遊びに行くのが恥ずかしいお年頃ってやつですね。僕も経験あります」
「人間は難しい生き物じゃな。狐の子はばれないようにこっそりついてきたようじゃが……全然こっそりしてないのう」
「なんでそのお面を選んじゃったんでしょうね」
「神主、ちょっと狐の子に話しかけてきたらどうじゃ」
「え、僕ですか?」
「うん、あのままじゃ心配じゃろう。おじちゃんと一緒に行こうって。あ、私服でな」
「何で……。まあ、分かりました。じゃあ、一回切ります」
少したつと私服の神主が狐の子の傍に現れた。
おじちゃんと一緒に行こう。
お兄ちゃんが飛んできた。
狐の子の前に立って睨みつける。
神主をすごい睨みつける。
神主、とぼとぼとそこから去って行く。
ワシの懐の携帯電話が鳴った。
「もしもし、神じゃが」
「もしもし、神主ですけど……」
「良かったのう。あの兄弟、一緒に祭りをまわるみたいじゃぞ」
今、お兄ちゃんは「今回だけだからな」と言いながら弟の手を握っている。
お兄ちゃんの友達も「仕方ないなあ」というように笑っている。
「分かってたんですか、こうなること……」
「うん、だって、神主の私服と見た目、危ないから」
「……今から源さんのたこ焼き持っていきますね。そして、殴る」
「ふっ、お前にワシが殴れるかな?」
鼻で笑うワシの目に狐の子のお面がお兄ちゃんに外される様子が見える。
狐の子は満面の笑みを浮かべ、弟の顔でお兄ちゃんを見上げていた。
楽しげな声、楽しげな灯りに包まれて、ワシは幸せな気分で神社の境内を見つめる。
今日は夏祭り。
この鳥居の上からは様々な様子がよく見える――。