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すね毛

作者: フッキー

 僕は生まれつき、すね毛が生えていた。

 一本の黒々とした毛は、赤ん坊である僕のチャームポイントとなった。当時は不名誉な名前までつけられそうになったらしいけど、さすがに自重してくれたらしい。

 ということで、生後数ヶ月そこらの時点で、僕のすね毛はローカル的な知名度があった。ご近所のホットな噂は、僕のすね毛のことだった。すると当然、いい評判もあれば悪い評判も出てきた。

 僕は、失踪したという父親のことを知らないけど、母親は日常生活を送れるぐらいに普通の感性を持っていた。ある日思いたち、僕のすね毛を切ろうとハサミを入れた。ごく普通で当たり前の行動だし、僕もこのときすね毛が切れていたら別の人生を歩めたのかもしれないと今でも思う時がある。

 そう、わざわざ別の人生を歩むと思えるような現状が僕にはある。ハゲ頭にそびえるような一本の縮れ毛は、ハサミの鋭利にびくともしなかったのだ。

 母親がいくらやっても、すね毛は切れないし抜けなかった。僕が母に対してすごいなあと感じるのは、赤ん坊のすね毛が切れないという明らかな異常に対して「ま、いっか」で済ませてしまったことだ。

 それから僕は順調に成長した。同時にすね毛はもっと成長した。髪の毛よりもはるかに早く伸び続けて、幼稚園に入園する頃には僕の身長の二倍になっていた。

 遠慮ないコミュニケーションを避けるために、僕は長ズボンしか履けなくなった。これはこれで差異が目立ったらしく、すね毛を知ってからかってくる奴はやっぱり出てきた。

 そんなときはあえて晒してやれば、ほぼ確実に撃退できた。「抜いて見ろよ」と挑発してから、実際に抜けた奴はいなかったからだ。追い打ちをかけるように「おまえ、すね毛より弱いな」と言うと、泣き出す奴までいた。

 一番しつこかったのは、子供よりもその親だった。僕のすね毛に勝てなかった児童の親であるおばさんが、そんなすね毛はありえないと食い下がってきた。さながらオカルト否定論者のように「ありえない」を連発したが、児童虐待に繋がるからと直接すね毛には手を出さなかった。それでも虎視眈々とすね毛撲滅を目論んでいたらしく、テレビ番組へ依頼を出して専門家に見せるように仕向けてきた。

 その番組は、お笑い芸人が探偵に扮してご依頼を解決する、僕も大好きなローカル番組だった。バラエティなのに以外としっかり結論が出るまで調査してくれるので、僕はしっかり調べられた。すると、僕のすね毛はローカルに収まらない器だということがわかってしまった。

「このすね毛、カーボンナノチューブより丈夫ですよ」

 カーボンナノチューブとは、その当時、地球上でもっとも頑丈だった素材のことだ。すごい強度を誇るので作るのが難しく、作るとしても時間がとてもかかるらしい。

 対して僕のすね毛はそれより丈夫なのに、それより早く体の中で作られていた。

「見てください。こちらが、世界一硬いすね毛を持つ小学生です」

 この頃、嫌というほど聞かされた言葉が「画期的」だ。もうほんと散々言われた。後追いのテレビ局の奴らとか、人を人と思ってなさそうな研究者や、胡散臭い政治家まで。僕はとても画期的な人間で、画期的なすね毛を生み出すオンリーワンとして日本で認知された。

 そこからは何もかもが爆発的だった気がする。いろんな人に立て続けに会って、もうほとんどうろ覚えだ。気がついたら中学生になっていて、最初に遭遇する雑魚敵のようにすね毛を攻撃してくる奴らがまた出た気がするけれど、徐々に逆の態度を取る人間のほうが増えていった気がする。

 僕にとっては学校生活よりも、外で起こった事のほうが刺激的でまだ覚えられた。一番印象に残るのは、次の出来事だ。

 なにが切っ掛けだったか未だに知らないんだけど、僕は海外でも有名人となっていたらしい。ある時を境にピタリと止まったすね毛研究の代わりとでもいうように、とても紳士的な集団がやってきて、膨大なお金と共にとある提案をしてきた。

「ユー。ユーズ。クローン」

 彼らが頻繁に言っていたキーワードだから、今でも思い出せる。要は僕の細胞を使ってクローンを作り、すね毛を増やして利用したいらしかった。

 クローンと聞いて僕と同じヒトを作るのかと勘違いするけれど、すね毛が生える部分だけを選りすぐって作ることもできると断言された。未だによくわからないけど、すね毛が生えてくる足だけを作ってしまったのだろうか。胎芽に近い、生成の初期段階なら加工もできると言われたけれど、すでに母のお腹の中にいない僕には関係のない話だった。

 正直気味が悪かったのだが、すね毛が何かの役に立つと考えるととても誇り高い気分になることができた。なので、承諾の意思を伝えた。

 だが、そのころすっかり金銭感覚が尖っていた母が反対した。何年にも渡る交渉の末、一すね毛がもたらす利益につき、数十パーセントの配分を受け取ることで合意に至った。そのうえこの契約は、すね毛が消えて無くなるまで有効とされた。既に酸をかけても燃やしても消えないことがわかっていたので、母や僕にとってすいぶん有利な契約となった。

 そんな諸々があって、やっとすね毛の量産が始まった時には、僕は二十歳を超えていた。すね毛は様々なものに利用され、最初は軍事的な用途に用いられたらしい。使われれば使われる度に僕の懐へお金が入り込んでくるので、僕はあっという間に億万長者となった。

 お金があると色んな事ができた。実際に試みて、おそらくこの世でできそうなことは全部やった。大人になるまで、慌しくもとても長く感じられた人生が、毎日お金がかかる事をやっている内に、あっという間に過ぎていった。

 やっている内に何かが満ち足りて、生きていくのが辛くなるかもしれないとうっすら覚悟していたけれど、全然そんな気にはならなかった。どうしてなのか色々考えるけど、最大の理由は、数十年前に完成した世界最大の建造物にあったと僕は思っていた。

「この軌道エレベーターには、数億本のすね毛が使われています」

 世界一の長さだから、その建造物はおそろしく長いスパンをかけて建設された。僕が遊んでいる間に、ゆっくりじっくりと大気圏を越える人工物は完成に向かっていっていた。そもそもすね毛がなければゴーサインの出ない代物だったので、僕の心の片隅には世界一の偉業に関わっている自負があった。

 晴れ姿を見届けるまで死ねないと、漠然と思うまでに至っていた。だったのだけれど、戦争とかがあって建設が長引き、完成の目処が見えた頃には、僕は九十歳を超えてしまっていた。

 孫どころかひ孫もできたし、外国人と再婚した母も亡くなった。母が残してくれた財団を引き継いで、僕も遊んでばかりいられなくなってしばらく経っていた。

 やっと日の目を見た軌道エレベーターは、それはもう見事なものだった。僕が生まれる前によくあった想像図とは違い、人工衛星からロープを垂らしたような造形には少し違和感がある。それでも数本の直線が天を貫く様子は、これまで地球上にはない光景であり壮観だった。

 ロープには僕のすね毛が使われていて、エレベーターが伝い宇宙へ行くことができる。人々はわかりやすすぎるほど熱中していて、僕も同じように夢中になれると思っていた。

 だから、本当に申し訳なく思う。僕がお金をかけて隠しているから、この地球上で気づいている人がほとんどいないのが救いだ。知ればきっとショックを受けるだろう。

 どういうことかというと、世界一の長さは、とうの昔にある物質によって超えられてしまっている。

 もちろん、その世界一は、僕のすね毛だ。

 僕が歳を得るのと共に伸び続けたすね毛は、途方もない長さとなっていた。世界的に有名になってから隠す努力は放棄していたけど、日常生活はとりあえず送れていた。だけど還暦を過ぎたあたりから更に伸びるスピードが増して、今度は伸びるすね毛を管理する努力をしなければならなくなってきた。

 放っておいてもゴミがつくだけだし、かといってこの地球上で安全に管理できる長さの限界を超えつつあった。ぐるぐる巻きにしても、たった五年でスポーツドーム一個分が必要なぐらいに伸びまくってしまったのだ。

 どうしようか対策を練った結果、僕はおもいっきりお金をつかって宇宙へ追いやることにした。かつて太陽圏を超えた無人惑星探査機を元に、最新版を作らせた。それにすね毛を取り付けて、できるだけ宇宙の遠くへ行けるようにしてから打ち上げた。この計画は秘密裏に進めたから、陰謀論のようにしか世間には伝わっていない。

 まだ軌道エレベーターは完成していなかったので、地表から地続きで宇宙に通じた物としては、僕のすね毛がはじめてとなるのだろう。

 すね毛を打ち上げてから数十年が経って、軌道エレベーターも完成して、さらに年月が経った。僕に伝えられた探査機からの情報によれば、すね毛は木星を超えていたらしい。打ち上げたときはそこまでの長さはなかったはずだから、更に僕の体から伸び続けていることになる。

 そうなのだ。僕のすね毛は成長を続けていた。

 僕はこないだ、百四十歳の誕生日を迎えた。世間的には死んだ事にしているんだけど、知っている者達からすれば間違いなく世界一の長寿である。

 百四十年を経過した肉体は人間として無理があるので、僕はもう歩くことはできないし、喋ることすらできない。全身に管が繋がれて、まあ正直なところ植物人間状態だ。

 遺言は七十歳の頃に書いたし、遺産相続的な事も後継者がいるんでもう行っている。この世に後腐れなんてかけらもないんだけど、どういうわけか僕の意識ははっきりとしている。

 動けなくなったときは、わりと本気で死にたいと思った。それでも死ねないんで、これまでの思い出に浸ることにした。「おまえが死んでも、すね毛だけは生きそうだな」とからかわれた記憶を鮮明に思い出した。ほんとそんな感じだと納得したけど、僕の意識はあり続けた。

 耳が聞こえなくなり、目も見えなくなった。浸れる思い出も無くなっていって、もっぱら意味のない瞑想めいた事ばかりをするようになった。するとどうだろうか。これまで毛だとしか捉えられていなかったすね毛が、妙に気になって仕方がなくなった。

 そういえば、すね毛も僕の体の一部なんだよな。そう思うと、元気に衰えることなく伸び続けているすね毛が何よりも愛おしく感じられるようになっていった。四六時中すね毛のことだけを想い、すね毛も答えるようにぐんぐん成長を続けてくれた。そんな時がまた十年ぐらい続いたかと思うと、僕はすね毛の感覚がわかるようになっていた。

 すね毛の感覚ってなんだと思われる人は当然いるだろう。だけど、そうとしか言い表せないのだ。僕の感覚はすね毛と一体化して、すね毛が伸びている所に僕の意識もある。惑星探査機に引っ付いているすね毛の様子を自覚できるし、膝にある根本のすね毛の様子もわかる。木星の重力を感じられて、大気の風も実感できる。この感覚を会得できたおかげで、僕は世界の様子もそれとなく知ることができていた。

 だから今、世界中で僕と同じすね毛を持った子供達が続出していることもなんとなくわかる。

 もしかしたら、どの子も僕の血を引いているのかもしれない。彼らも僕と同じような人生を歩むかもしれないけれど、ひとつだけ言えるのは、そんなに悪くはないということだ。

 僕とすね毛は、もうじき太陽圏を超えようとしている。そんな人類はいなかったし、考えてみれば宇宙進出を果たしていることにもなる。どこまで行けるかわからないけれど、僕はかつてなく情熱的な感情を抱き、未曾有の挑戦を続けようと思っている。同じすね毛を持った者達なら、きっと後に続いてくれるだろう。彼らのような人間が現れたら、サポートさせるように手配を整えておいたから安心だ。

 僕は宇宙を進むすね毛の群を想像した。


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 改めてよしと思った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 着目する点がおもしろすぎるww 世にも奇妙な物語みたいでたのしかったです! [気になる点] 素人なので特に何も思いませんでした。 [一言] もっとこれ系の話書いて欲しいです!!
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