表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深海の時間  作者: 桜空
9/10

episode8




話があるんだ。

雅がそんなふうに切り出して来たのはあの夜から三日程たった頃だった。蓮葵が仕事から帰ってきたタイミングだったので恐らく帰ってくるのを待ちわびていたのだろう。

蓮葵の方も覚悟はしていた。そろそろ来るだろうと。何故ならあの日以降、雅はずっと思い詰めた顔をしていたが、ここ最近は表情自体がどこかすっきりした様子だった。

蓮葵は雅のむかいのソファに腰掛けると雅の言葉を待った。

「蓮葵さん…僕、生きたい。」

会話表情に慣れていない雅はどんな時でも直球…そう知ったのは一緒に暮らし始めてからどれくらいたった頃だっけ。

「あれから色々考えた。けど…僕は負けたくない!親父とか、母さんとか、同級生のやつらとかに負けて、死にたくなんかない!」

「……その選択は決して生ぬるいものじゃないよ?これまでのような…もしくはそれ以上の苦しみとか悲しみとかが君を襲うだろう。それでも君は…」

「僕は生きたい…!!いや、生きる!!蓮葵さん、僕はあんたに会って色んな事を知った。深海のこととかもそうだけど、生きるうえで味わう幸せがあるんだってことを教わったと思っている。」

蓮葵は雅の言葉を最後まで聞くと、嬉しそうに、そしてどこか悲しそうに微笑んだ。

「もう大丈夫みたいだね。次会う時は、はじめまして、だよ。」

「え?」

「あの家に帰りな?今の君ならもう大丈夫。俺が保証するよ。」

意味が分からない。どういうことだ?…あの家は僕が住んでた家のことだろう。帰る?

困惑する雅に蓮葵は続けた。

「君は帰らなくちゃいけない。元々俺たちは会う筈がなかった。あの時に会ってはいけなかったんだよ。」

雅があの日あの海に行かなければ会うことは無かった。自殺なんて思い立たなければ…。

「そんな…。」

「大丈夫。」

安心させるように蓮葵は雅をそっと抱き締めた。そして、子をあやすように、頭をそっと撫でた。

「もし俺に子供ができたら、君のような子に育ってほしいと願うよ。」

それは親の愛情をよく知らない雅にとってこの上なく嬉しい言葉だった。その嬉しさから泣いていた。蓮葵と会ってからもう何度泣いたか分からない。でもその涙は決して悲しみなどからくるものなど無かった。

「もし…結愛が生きてたらきっと……君を凄く…気に入るだろう…」

蓮葵が雅の前で見せる、初めての涙だった。「次にもし会うことがあったら、はじめまして、で会おう。新しい君に…もう一度会いたい。」

その時の雅の心はこれまでに無いほどに清々しく、自分が透明になったとさえ感じるほどにすっきりとしていた。

「蓮葵さん…。」

「ありがとう、雅くん。」

「そんな…僕が色々教えて貰ったんだ。」

僕はこの人に生きるということを教えてもらった。生きていることで感じる幸せや喜びがあることを。そして人はそのいつくるか分からない幸福を求めて生きているんだと。



「神奈月くん~健康調査お願いね~」

「あ、は~い。」

20を超え第二の人生を歩き始めた僕は今、とある水族館で働いている。そこは、

「館長!瀬戸館長ってば!!」

「ん~?」

「ん~じゃなくて!!健康調査表、早く!!」

「あ~…はいはい」

もう一度彼に会えたことは偶然か必然かは分からない。けどそれは決して無意味な事ではない。それだけは言えること。

瀬戸蓮葵、彼との出会いが僕をつくった。

深海の時間、あの部屋との出会いが今をつくった。すべての出会いには意味があるんだ。

悲しいこと、苦しいこと、嬉しいこと、幸せなこと。そんな小さな出会いにだって一つ一つの価値がある。

望むものが何であれ、その先にはきっと困難が待っている。けど、望む力が強いほどそれはきっと手に入る。そう、信じれば生きていけるんだ。

今の僕なら、胸を張ってそう言えるんだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ