episode6
少し書き換えました。
「みや、今日は忙しいからこれでご飯食べてね。もう三日分、置いておくから」
そう言って母はせわしく家を出て行った。
「今日は、じゃなくて今日もだろ…」
三日は無人になる我が家で雅は虚しく呟いた「ミャァー」
三毛猫のミーヤがすり寄ってきた。ミーヤを抱きかかえるとそっと頭を撫でてやる。捨て猫だったミーヤは小学六年生となった雅にすっかり懐いていた。雅にとってはミーヤだけが心の支えだった。
父親は酒に明け暮れ滅多に帰ってこない。帰ってきてもその理由は金が無くなった、だ。金だけとってまたどこかへ消える。
母親はそんな家庭を支える為に毎日毎日働きに出ている。…というのは表向きで、本当は毎日パチンコ等のギャンブルにお金を使い果たしている。どうやってお金を稼いでるのかは知らない。稼いでるのかも…分からないが…。
「300円…これで三日って…」
机上に置かれていたのは三日分と言われたお金。その量はたったの300円だった。
そんな生活を繰り返し続けたある日。それは雅が中学生になり間もない頃だった。因みにこれは雅は後程知ったことだが制服代や教材費などは一応父の郁也が払ってくれていたらしい。とはいえ、中学校など行くという選択肢さえ存在しない雅にとっては、どれも知る由も無かったことだが…。
雅は中学生になったという自覚が湧かないどころか、中学生だという事さえ自覚せずにいた。そしてまた机上に置かれた母の尚子からのお金を見て、溜め息を洩らさずにはいられなかった。
「今度はたったの百円で何日暮らせってんだ。」
帰ってくる日数が減ってくると共に渡されるお金も減ってきたのが最近だ。
この間などは五十円が一週間分となった日もあった程だ。
百円を貰い約3日たったその日。いつもの安い売店に来ていた雅は、その向かいのお店に当たる電化製品売りの店に何気なく目を向けた。そのガラス貼りの売り場には何台かのテレビが置かれており、そのどれもが同じ画面を映し出していた。ニュース番組だった。
今朝、バラバラにされた女性らしき死体が見つかったというニュースだった。その女性の死亡推定時刻は3日ほど前だそうだ。
母が帰らなくなって数日後、食べるものも無くついに水道まで止まってしまったある朝。
鍵が掛かってない家のドアがゆっくりと開いた。
泥棒かとも思ったがだからと言って何かする気力等もう雅には残っておらず、床に倒れたままでいた。どうせ取るものなど何もない。
むしろあれば倒れてなど居ない。何もする気力が起こらなかった雅は床に伏せたまま目だけ薄く開いていた。
「……!!」
驚きの声は声にならなくて虚しく空気を震わしただけだった。
父親だった。
彼は倒れている雅に目をやり、ビニール袋を置くと黙って立ち去った。
ビニール袋には一万円とたこ焼きが一つだけあった。
たこ焼きをミーヤにやり、一万円を持ってふらふらと家を出る。
前から歩いてきた集団に足を止めた。
「神奈月くんじゃね?」
「おっ不登校児じゃん」
下品な笑い声が耳に響く。恐らく同級生だ。
気が付くとまた倒れていた。手元には一万円は無く、体はヒリヒリと痛んだ。
「僕は…そこまで……生きちゃいけないんだ…」
もうこのまま死ねればいい…。そう重い目を閉じ--ようとしたとき、目の前にスーパーの袋が置かれた。
今日はよく袋に縁がある…なんてしょうもないことを考えていると頭上から声がふってきた。
「アイスだと思って買ったら偶々違ったんすよね~食べてくれます?」
男の声だった。そんな事しか理解せずに雅の思考は完全に袋の中身へ手を伸ばす事へと変わった。
まだ自分が生きたいと思っていることに驚いた。もうこれ以上生きようと何も無いのに。
パンを食べることに夢中になった雅には男が離れながらしている電話の声に気づく由も無かった。
「あ、瀬戸さん?ちょっと興味深いことが…」
パンを食べ終えた雅は海の薫りに誘われるように足を運ぶのだった。もう楽になりたい…。
綺麗な満月が出ていたその夜。雅はミーヤを外へ出した。
「もうお前は自由なんだ…さぁ、行け」
ミーヤは「みゃぁー」と一なきした後、身軽に跳んでいき、あっという間に見えなくなった。
もうこの家は誰も帰ってこないだろう、と雅は思った。母がいなくなり、父がいなくなり、最後には息子である雅さえいなくなるのだ。
海は月明かりに照らされ明るかった。
波の揺れに合わせてきらきら光って…まるで死を祝福されているように雅は感じていた。