episode1
「……。」
「だんまり…か…」
文句を言いながらも温かそうに湯気を放つココアを目の前に置いてくれた彼は名を蓮葵という。
「名前は?」
「………。」
「家の場所も言わないから俺の家に上げてあげたのに何も話さないの…?」
「……別に頼んでない」
「常套句だね…。」
溜め息を付いた蓮葵は諦めたようにソファに力なく座った。
「ま、今日は泊まりな。自殺なんかしようとするやつ帰らして朝に死んでましたなんて分かったら目覚めが悪いからね。」
その後もテキパキと部屋の説明などをした蓮葵は雅に寝間着を渡した後、部屋に放り込むと自分はリビングへと戻っていった。
無心で、言われた部屋に入り、無心でベッドに寝ころぶ。
温かい…。毎日こんないいとこで寝てんのかよ…。相変わらず不公平な世の中だなぁ…。
弱いものは虐げられる。強いものが中心になれる。
必ず金持ちと貧乏人に分かれてて、同じ生き方が出来ない。
いい親と悪い親がいて、子はそれを選べない。
不公平なこの世の中で矛盾がループする。
汚い、醜いこの世界。考えただけで吐き気がする。
今夜は綺麗なベッドで温かくして寝んのか…。生まれて初めてベッドで寝た。いや、布団という道具を使うことさえ覚えてる限り初めてだ。
無能な思考を嫌と働かせた僕は気付くと意識を夢へと手放していた。
「おいコラ雅!!起きろ~!!」
他人の声で聞くことが無くなった雅という名を誰かが呼んでいる。目が覚めると見知らぬ顔があった。
「………誰…?」
「おい。」
雅の惚け顔に蓮葵は散々に呆れた。
「君さ…命の恩人にそりゃ無いでしょ…」
「命……あ、」
「思い出した?」
昨日命尽きる予定だったところを助けられた。…いや、邪魔された。
「何で名前知ってんの?」
昨日言わなかったはずだ。
「さぁ?何でだろ?」
蓮葵は笑顔で応えた。
「なんだよそれ…気持ち悪っ…」
蓮葵は笑顔のままだった。言われ慣れているとでも言わんような目をした。その目に射抜かれたように僕は身動きがとれなくなった。
蓮葵は一瞬悲しそうな目をし、そして何事も無かったかのように話し出した。
「雅くん。暫くうちで暮らしな。お金なら取らないから。」
突然の申し出に雅は当然嫌だと思った。だがよく考えればタダで食事が出来て毎日あんなに温かいベッドで寝れるのかと思うと完全に得なことに気が付いた。
そして一夜で温かいベッドで寝れる喜びを覚えてしまった自分がなんだか不思議だった。
蓮葵は雅の無言を肯定と受け取り間取りの説明をし始めた。
「基本この部屋使っていいから。あ、でも元々俺の部屋だから置いてある物はあんまり触んないでね。まぁ書物位ならいいけど」
そういう蓮葵の部屋は本がぎっしりと収納された棚が三つもあり、入らなかった本さえ床に積んであった。
「トイレは廊下を出て右側ね。ご飯はリビングで食べるから必ず来ること。それから外出するときは必ず連絡すること。予備の携帯を貸すから。」
携帯二個ももってるのか。
それからも細々と多様な説明を受け、この一人暮らしの住まいのことは大体理解した。
こうして雅の初の居候生活が始まったのだった。