告白ムードな、鬼デート
昨日は、よく眠れなかった。
あの、衝撃的な一言のせいで――――
「―――私、留学するの。アメリカに」
昨日の放課後、観月は突然俺に告げた。
いきなりすぎて、何を言ってるのかわからなかった。
…いや、正確には、わかりたくなかったのかもしれない。
「は?留学って…な、なんで――」
「ずっと前から決めてたの」
小さな体で威厳を保つように腕を組みながら、観月は続けた。
「私は将来、英語や英文学を学んで、翻訳家になりたいと思ってるの。これはそのための大きな一歩」
少し悲しげな声になりつつも、その目には決意を曲げない力強さがあった。
「最初は交換留学ってことになってるから、向こうの学生と一時期のトレードを行うの。でも私は、そのまま向こうの大学を受験しようと考えてるから、こっちには卒業式の前後だけ帰ってきて、その後またアメリカに戻るわ」
みんなと別れるのは辛いけど、やっぱり夢は諦められないから、
と最後に付け足した。
―――観月が、いなくなる。
昨日はあまりのショックにちゃんと考えられなかったが、今になっていろんな感情がこみ上げてくる。
悲しい。もっと一緒にいたい。俺はまだ、伝えたいことが山ほどあるのに…。
「やあ、勇馬」
すると、突然後ろから声をかけられた。
「…あぁ、浅野か」
「君が僕より早く登校するなんて、珍しいねー」
「…眠れなくて、な」
「そうか…大丈夫かい?」
こいつが真剣に俺の心配をするなんて、今の俺はよっぽどひどい顔をしてるんだろうな…。
「おはよう、二人とも」
「あ、観月さん…」
そこに、今俺の頭を引っ掻きまわしているご本人が登場した。
「ねぇ、霧谷君。ちょっと廊下に来てくれない?」
「え…俺?」
突然のご指名。今日はいじられないんだろうか…
って、俺は何の心配をしてんだ?
…いや、たとえいじられても、ツッコミを入れられる気分じゃない。
教室を出ると、観月は廊下の窓に寄りかかって話し始めた。
「私の留学まで、あとどれくらいだか知ってる?」
「…そういえば、まだ聞いてなかったな」
「だいたい二週間くらいよ」
「二週間!?随分と急な話だな…」
二週間なんて、次の定期テストが終わったらすぐってところだ。
「そう。だけど、正直私はまだ行きたくない。まだ、ここでやり残したことが、やっておかなきゃいけないことが、たくさんあるの…」
「水樹…」
「だから――」
するといきなり、観月はこちらを向いて微笑みながら言った。
「今度の日曜日、私とどこかに遊びに行かない?」
「…え?誰が?」
「あなた以外に誰がいるのよ」
俺と…観月が…休日に…遊びに出かける?
そ、それって…
「それって!デートってことになるんじゃ――」
「私は行くか行かないかだけを聞いてるのよ…?」
ヤバい。余計なことを言えば殺される。
「えと…行き、ます」
「よろしい。じゃあ、九時に駅前集合ね」
そう言って、観月は教室に戻っていった。
俺と…観月が…デート…
あいつの留学のことで頭がいっぱいだった自分は何処へ消えたのか、今はただ、日曜日にどんな服を着ていくかなんてことを考えていた。
―――――そして、来たるべきデートの日。
俺は珍しく早起きし、駅前に着いていた。
「どうだ、待合わせ15分前に来てやったぞ。これなら…」
「あら、あなたにしては早いわね、霧谷君」
「え…?」
しかし、そこにはすでに私服姿の観月がいた。
白いワンピースがよく似合うなチクショー…。
つーかそれより、
「えーと…いつからいた?」
「今からだいたい10分前くらいね」
「うげ…待たせてごめん」
「気にしないで。私が楽しみで早く来ちゃっただけだから」
え?今、楽しみって…
「ほら、早く行くわよ。」
幸せの余韻に浸る暇すらもらえず、俺は腕を引っ張られる。
「ちょ、行くって何処へ!?」
「フフッ、私の好きな場所よ」
そう言って、早足で歩き始める。
てか、力加減!!腕もげるって!!
「―――行きたい場所って、映画館だったのか」
「そうよ」
最初に来たのは、駅の近くの映画館。見るのは洋物のラブストーリーで、吹き替えではなく字幕の方だった。
「小学校の頃かな。初めて親に映画館に連れて行ってもらったとき、私が見たのも、こんな字幕付きのラブストーリーだったの」
その頃は、内容をあまり理解できなかったけどね。
と、観月は笑う。
「でもその時、私はとても感動したの。あんな少しの言葉が、こんなにも人の心を動かすんだ…って。
いつか私もこんな映画を翻訳して、その作品に込められた思いを、たくさんの人に伝えたいの」
そう楽しそうに語る横顔からは、観月のその夢に懸ける思いがひしひしと伝わってきた。
「きっとできるよ、観月なら」
「え…霧谷君に言われても、説得力が…」
「喧嘩売ってんのかオイ」
「しーっ、始まるわよ」
こうして、二人で映画を見た。
後ろのおっさんのポップコーン食う音といびきと歯ぎしりと貧乏揺すりがマジうるさかったが、隣に観月がいれば十分だった。
…いや、やっぱあのおっさん殴らせろマジで。
その後は、二人で遊園地に行った。
俺が高い所は苦手だと言えば観覧車に乗り、
メリーゴーランドに乗ろうと言えば観覧車に乗り、
ちょっと昼飯でも食わないかと言えば観覧車に乗り、
もう勘弁してくださいと言えば観覧車に乗り、
って聞けやぁぁぁ!!
俺の意見聞けやぁぁぁ!!
どんだけ観覧車乗るんだよ!
どんだけ俺をいじめたいんだよ!
「遊園地って楽しいわね」
観月が呟く。
…お前の楽しみ方は絶対に一般の人々とは違うからな?
―――そして、夕日が昇り出したころ、
「だいぶ楽しんだ気がするわね」
「俺はだいぶ死んだ気がする…」
気分爽快の観月と気分崩壊の俺。
…一緒に遊んだはずなのに、この対称的な絵面はなんだ。
「この後どうするか?」
「そうね…もう遊ぶのは疲れたけど、もう少し一緒にいたいわ」
「じゃあ公園にでも寄るか?」
「そうね」
この時間の公園は、ちょうど人気がなくなる頃だ。
二人で寄るにはちょうどいい。
誰もいない公園のベンチに腰掛け、とりあえずさっきの遊園地の話をする。
「なんでさっき、あんなに観覧車ばっか乗ったんだよ」
「あなたが乗りたそうにしてたから」
「嘘つけコラ」
「それと…そっちの方が長い時間、二人きりでいられるじゃない?」
「え…」
「クスッ、なんてね」
そうやって観月は、またいつもの悪戯っぽい笑顔で笑ってみせる。
その笑顔を見て、ふと思った。
あとどれくらい、この笑顔を見ていられるのか。
このまま離ればなれになって、俺はどのくらい後悔するだろうか。
せっかく本気で好きになった相手に、いいようにからかわれて、好きだと言えないままで、突然サヨナラなんて…
そんな結末を受け入れるくらいなら、俺は――――
そして、俺は観月を真っ直ぐ見つめる。
「………観月」
「…なに?」
心の底から、思いが言葉になって溢れ出してくるのを待つ。
そして――――――
「――――好きだ。」