不幸な事故から、闇ルート
「勇馬、[原因]の対義語は何だ?」
浅野が俺に朝から超難問を出してくる。
何故にまた朝から勉強なんてしているかというと、
ゴタゴタしている間にすぐそこまで迫っていた定期テストに向けて、浅野に勉強を見てもらっているのだ。
不本意なことに、勉強に関しては浅野の方ができるからな、不本意なことに!!
「えーと…[理由]、だったか?」
「お、正解。よくわかったねー」
「だろ?俺だってやればできるんだよ」
「そりゃあ二十回も同じ問題出されればね」
くそっ!人の揚げ足ばっかとりやがって…!
「じゃあ次、[攻め]の対義語は?」
「[受け]」
「…保健体育の勉強はばっちりみたいだね」
「保健体育?何言ってんだよ、今やってんのは国語だろ?バカだなぁ」
「あぁ、僕が悪かったからちょっと200mほど離れてくれるかい?」
あれ?俺なんかした?
そうやって真面目に勉強していると、教室の前のドアから黒髪の美少女が入ってきた。
「おはよう、二人とも…あら?」
教室に入るなり、驚いたような顔をする観月。
どうしたんだ?
「霧谷君が真面目にテスト勉強なんて…」
お!ついに観月も俺のことを見直したか…!?
「どうだ?俺のこの努力を見て、何か言うことは――」
「熱でもあるの?」
「もっと他に言うことあるだろ!!」
本当にひどいなコイツは!
…しかしまぁ、昨日までの気まずい雰囲気が全くないのは、嬉しい限りだけどな。
―――そして、いつものように朝のホームルームが始まる。
だが、教室に何かが足りない気がする…。気のせいか?
しかし先生の言葉で、その疑問は解決する。
「えー、ここで一つ皆さんに連絡があります。今日学校をお休みしている桜田さんですが―――」
あぁそうか、愛花がいないのか。
どうしたんだ?昨日まではピンピンしてたのに…
ドジなあいつのことだ。
何か動物追いかけて、水溜まりで転んで、風邪でもひいたか?
なんて考えていると、
先生が一度大きくゴホンっ、と咳払いをして、続きを話す。
「昨日の帰りに、交通事故にあってしまい、現在病院の方に運ばれています」
…………は?
一瞬、本気で自分の耳を疑った。
愛花が?交通事故?そんなバカな…
いや、でもあいつは、チョウチョを追いかけて車に轢かれそうになったりするくらいのドジだ。
まさか、本当に…
「えー、皆さんにも、いつ何があるかわかりませんからね。常日頃から十分気をつけて―――」
先生の話の続きも、
突然の知らせを受けたクラスのざわめきも耳に入らず、
俺は教室を飛び出していた。
「ちょ、ちょっと霧谷君!どこへ行くのですか!」
「すいません!ちょっとウ〇コが出たいんで病院行ってきます!」
「そんな明らかに頭の悪い感じの言い訳はやめなさい!ちょっと、霧谷君!」
全力で走りながら、まだ正常に働いていない頭の中で、俺は何度も呟く。
―――俺のせいだ……。
俺が忘れ物を取りに行った後、あいつは事故にあった。
俺がちゃんと、あいつを家まで送ってやれば…。
あいつが放っておくと危なっかしいやつだなんてこと、わかってたはずなのに…。
俺のせいだ……!
何度も自分で自分を責め立てながら、俺は病院に走った。
神様、頼む…!俺はどうなったっていいから、あいつのことは助けてやってくれ…!!
そして、愛花の病室の前にたどり着く。
手の震えを必死で抑えながら、ドアを開ける。
「愛花っ!!」
そこには、愛花の―――
「あ、ヤッホー勇馬!ねぇねぇ、病院のベッドってふかふかで気持ちいいね♪」
ピンピンしてる姿があった。
…え、どゆこと?
「ま、愛花、お前…」
「あれぇ?勇馬、学校は?」
「抜け出してきたんだよ!…ってか、お前、交通事故って…」
「あぁ、大したことないよぉ。ただちょっと車にぶつかっちゃって、骨が何本か折れたくらいで…」
「それのどこが大したことないんだよっ!!」
本っ当に、このマイペース女は…!
こっちがどれだけ心配したと…―――
「もしかして、心配…してくれたの?」
「…ぅ」
図星をつかれ、とっさに返す言葉が見つからない。
「ありがとう、…うれしいよ」
「当たり前だ。…たった一人の、大事な幼なじみなんだからな」
何だかんだ言っても、こいつが大事な存在なのに変わりはない。
本当に無事で良かった…。
ってあれ?
「お前、何か顔赤いぞ?熱でもあんのか?」
「ふぇっ!?う、ううん!何でもないよっ!!」
どうしたんだ、いきなり慌てて…?
「そ、それよりさ、小さいころにも、こんなことあったよね」
「え?」
「ほら、勇馬が風邪ひいて、あたし勇馬が死んじゃうと思って」
「あー、あれか…」
俺らが小学二年生のとき、俺が風邪こじらせて四十度近い熱出して、
お見舞いに来た愛花が俺の布団の横で、
「勇馬、死んじゃやだー!!!」
とか、泣きながら叫んで…
「あのときは大変だったねー」
「そうだな…お前が一体何を考えてたのか、泣きながら俺に泥団子食わせようとして…マジ死ぬとこだった」
「ち、違うよぉ!あれは勇馬に栄養つけて元気になってほしくて…ちゃんとミミズさんとかもいっぱい入れたんだからね!」
「余計に悪いわ」
こいつは昔から本当に危なっかしいやつだったからなぁ…。
本当に、俺もこいつもよく生きてたな…。
それからしばらく、愛花と昔の思い出を語り合った。
幼稚園の頃、食いしん坊の愛花が俺の好物の麻婆豆腐(甘口)をつまみ食いした話とか。
俺が今でもつい呼んでしまいそうになるマーボーというあだ名は、ここから生まれたわけだが…。
「ぁ、ところで勇馬?」
「あ?」
ふいに愛花が、何か思い出したように言う。
「学校、大丈夫なの?」
「……」
ふとポケットの中に入れてた携帯を見る。
―――不在着信、十七件
―――発信者、
―――観月里奈。
「殺されるーー!!!」
「うわっ、どうしたの?…あ、病院内では静かにねっ!」
震える手で携帯を閉じ、学校に戻る支度をする。
「すすすす済まない愛花、おおおお俺は戻らないと…」
「う、うん…なんかわかんないけど、頑張って!」
俺はダッシュで病室を出て、死刑執行人のもとへ走る。
まだ早めに戻った方が、刑は軽くなるはず!急げ俺!
―――――そして、
「何か言い残すことはあるかしら、霧谷君…?」
「ええと……、せめて屋内に移動してください」
放課後、
不本意とはいえ、俺を心配してくれた観月の着信を無視し続けた俺は今、グラウンドの片隅で正座を一時間近くしている。
ちなみに現在時刻は午後六時半。
もう辺りは暗くなってきてますが…!?
「もうその辺にしてあげたらどうだい、観月さん?」
部活が終わったのか、浅野がタオル片手に様子を見にきた。
頼む、助けて…
「そうね…」
観月は何かを一瞬考えてから、
「じゃあ一つ質問。もし私が同じように事故にあって入院したら、駆けつけてくれた?」
「え…?も、もちろん…」
「そう…、ならいいわ。許してあげる」
助かった!だが、あの質問の意味は一体…?
「勇馬、観月さんは今日、みんなに…特に君に、大事な話があったんだよ?」
と浅野が言う。
「え、そうなのか?」
「そうよ。せっかくだから、今ここで話してしまいましょう。そのままでいいから聞きなさい」
「いや、できればそのままは勘弁…」
こいつは俺にどこまで正座を要求するのだろうか。
「実はね、私……」
観月はそこで一度間をおく。
まるで、何かがこみ上げてくるのを抑えるかのように。
そして、風が吹き抜けるのと同時に、口を開いた。
「――――私、留学するの」
吹き抜けた風は、まるで俺たちに不吉を運んできたようだった。