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可憐な毒には、わけがある

とにかくもー、俺は走っていた。


迫り来る、補習という名の悪魔から逃れるために。



「うおおぉぉぉ!!もしこれで数学が補習になったら一体何個目の補習だ!!古典、英語、化学、物理、…あれ、今何個目?とにかくやべー!!」



ようやく学校に到着し、校内を駆け抜ける。

途中で先生に遭遇し、



「こら、廊下を走るな」


「すいません!右側通行っスよね!」


「そういう問題ではない」



なんとか切り抜け、教室にたどり着いた。

よぅし間に合った!俺の勝ちだ!

何の勝負かって?えーと…、聞くな!





しかし、そこには見覚えのある人影があった。



教室の真ん中の席、



開け放たれた窓から入ってくる風に、

二つに結んだ長い黒髪を揺らし、


夕陽に照らされながら、


静かに何かの作業をしている人影が。




「観、月…?」




その姿はあまりに、なんというか…幻想的で、俺は一瞬全ての思考を奪われ、気付けば思わずその名前を呼んでいた。



「え?…あぁ、霧谷君」



向こうも突然の来客に少しばかり驚いた様子だったが、すぐにいつもの冷静な観月に戻った。



「どうしたの霧谷君?出口はあっちよ」


「…来た瞬間帰れと言うのか?」


「冗談よ。ほら霧谷君、回れー右っ」


「来た瞬間引き返せと言うのか!?」


「…………」


「おい、シカトかよっ!?」




そうして、観月はまた作業に戻る。



「何やってんだ?さっきから」


「学級委員の仕事。

クラス全員分の進路関係の書類をまとめているの。

あなたこそ、なんでここに?」


「あー、ちょっと忘れ物」


「ふぅん?ひょっとして、いかがわしい本でも取りに来たの?」


「んなもん学校に持ってくるか!!」


「じゃあ、家にはあるのね」


「そ、そんなわけねーだろ…」


「目が泳いでるわよ、変態君」


「ご、誤解だっつの!」




そんな何気ない会話(という名の言葉の拷問)を済ませ、俺は数学のプリントを入手。

これで俺の補習はない!



「それで、いつまでここに残ってるんだ?」



なんとなく、観月に聞いてみる。



「この作業が終わったら帰るわ」


「そっか」


「心配してくれるの?優しいのね」


「ば、バーカ、そんなんじゃねーよ」


「じゃあ、心配してないんだ…」


「い、いや…そんなことは…」


「やっぱりお人好しの馬鹿ね」


「その呼び方マジやめろ」



いつものように、会話のペースを観月につかまれる俺。

これはこれで悪い気がしないのが不思議だよな~。




…あれ?そういえば俺、こいつに聞きたかったことがあったような…。

なんだっけ?



そうやって悩んでいると、観月が溜め息混じりで呟いた。



「…そんなんだから、無駄にモテたりするのよ、この女たらし」





―――思い出した。



化学の授業の終わり、俺がこいつに聞きたかったこと、それは…



「なぁ、観月…」


「なに?」


「俺の変な噂流したのは、どうしてだ?」


「………」



それは、俺の噂をクラス中、下手したら学校中に流した、その理由だ。


まぁ…内容もアレだし、それを信じるやつらもアレだが…。


それでも、人を陥れるような嘘なんて、ついていいとは思えない。



「なぁ、何でだ?」


「………」



答えない。



「答えたく、ないのか?」


「………」



答えない。



そして俺は、最も触れたくなかった可能性に、目を向ける。



「――俺のこと、嫌いか?」



自分で聞いておいて、胸がえぐられるような思いだった。

まさか、付き合ってもいない相手にこんなこと言うとは…カッコ悪、俺。



「………………」



それでも、被告人は黙秘を続けている。


あぁ、こりゃ、決まりだな…。

グッバイ、俺の恋物語。



大好きな人に嫌われた。俺はこれから、どうやって生きていこうか…。



ショックに打ちのめされながら、トボトボと教室を後にしようとしる俺。すると―――




「待って」



ようやく被告が口を開いた。



「1人で勝手に納得して、勝手に完結させるなんて、許さないから」



その声に反応し、俺は再び、ゆっくりと振り返り―――



「たしかに、霧谷君はわざわざ放課後の教室にエロ本のため忍び込むような変態だけど……」


「言ったそばから一人で納得してんじゃねえぇぇ!!!」



空気読め!

今それなりにいい雰囲気だったのに、本当にこいつは…!



「――それでも、霧谷君のこと、嫌いになんてなるわけないじゃない」



うぉっと、ツッコミに夢中になって聞き逃してしまうところだった。

え?今なんかうれしいこと言わなかった?

うおお、俺ヤバい幸せ――



「だってこんなに、いたぶりがいのある…

いいえ、いじめがいのある人、他にいないもの」


前言撤回。俺ヤバい冷や汗。


つーか、いいえの後が大して改善されていない!




「…私が、あの噂を流した理由だけど、その…あまり、うまく言葉にできなくて…」



そんなに複雑な理由なのか…だが、それならなおさら、俺はドカンと受け止めるだけだ!



「少しずつでいい。話してみろよ」


「…そうね」



そして、観月が、



「あのね、私は…」



重い口を、開いた。





「私は、あなたの幸せが気にくわないの」


「まるまる一言で言いきってんじゃねえかーーー!!!!!」



簡潔すぎて泣けてくるわぁ!

受け止めるどころか、ドカンと一発デカいボディーブローが入ったわ!



「だって霧谷君よ?

霧谷君なんかがモテるはずない、いいえ、モテていいはずないじゃない。所詮は霧谷君なんだし」


「よくわからんが全国の霧谷君に謝れ!」



…ヤバい、ただでさえフラれかけた後なのに、この毒舌の連打はキツすぎる…。



「じゃ、じゃあ俺はこの辺で…」


逃げるように教室を出ていく俺。

そこに、



「霧谷君っ」



楽しそうな声がかかる…


もう勘弁してくれ、と内心思いつつ振り返ると、




「これからも、よろしくねっ!」



いつも見慣れた悪戯っぽい笑顔とは違う、満面の笑みを浮かべた、なんとまぁレアな表情をした、我らが観月様の姿があった。



俺はそれに戸惑いつつも適当に返事をして、教室を後にした。



その後、教室の中で観月が何か言ったような気がしたが、それは俺の耳には届かず、風の音にかき消された。




「本当に、なんでだろうな…



何故かイヤになるのよね…




あなたと誰か他の子が、



幸せになることを思うと…」

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