奇妙な噂は、ミスフォーチュン
「勇馬、小テストどうだった?」
涼しい顔をして浅野が話しかけてくる。
どうやらこいつは出来がよかったらしい。
「ふん、なめるなよ浅野。この程度のテスト…」
「お、手応えありかい?」
「十問に一問は、解けた!」
「たしか小テストって全部で十問だったよね?」
違うんだ。これはその、調子が悪かったんだ。
そんな会話をしていると、黒板に書かれた授業の内容をきれいに消している、黒髪の美少女が目に入った。
そういえば、今日は日直だったっけな。
「観月さん、真面目だよねー」
「そりゃそうだろ」
観月本人いわく、いつも真面目でいるのは
「自分の評判を落とさないため」
らしい。そりゃあ、あの毒舌に加えて他も最悪だったら、とんでもないレベル100の悪女になってしまうだろうさ。
「ねぇ霧谷君、今私すごくあなたをぶっ飛ば…怒らなければならない気がしたんだけど、気のせいかな?」
黒板の清掃を終え、観月がこちらに歩いてきた。
ていうか、人の心読むなよ!
あと、絶対「ぶっ飛ばす」って言おうとしただろ!
「何の話だ?こんな品行方正な俺が、そんなことされる覚えは…」
「霧谷君、目をくいしばって」
「って聞けよ!その意味ありげなチョキをしまえ!」
普通そこは歯をくいしばるところだ…!
「そういえば観月さん、さっきのテスト、五番の問題わかったかい?あれは難しかったよね」
「あぁ、あの塩酸についての問題ね。あれは…」
俺を差し置いて、二人はさっきのテストの話を始める。くそっ浅野め、うらやまし…
違うぞ、これは別に嫉妬とかじゃないからな!
勉強できてうらやましいって意味だ!
「まぁ、どうせ勇馬はできてないんだろうけど…」
くそっ、人を馬鹿にしやがって…こうなったら、俺の豆知識でお前らを驚かしてやる!
「なぁ、塩酸ってよくお菓子とか、ジュースとかに入ってるよな?」
「「…、は?」」
な、なぜ二人ともそんな反応をする?
「だってよく聞くだろ!?[ク塩酸]の入った食べ物とか」
「君はそれで何人の人が殺せると思ってるんだ…」
「[クエン酸]の間違いでしょう…?」
こ、こいつら天才か!?
そんな会話を繰り広げていると、聞き覚えのある声が近づいてきた。
「おーい、三人とも何してんの?」
声の方に振り返ると、そこには肩にかかるくらいのショートヘアをサラサラとゆらす、女子の中では高めの身長の、明るい雰囲気を持った少女が立っていた。
「なんだ、マーボーか」
「ま、マーボーじゃないよ!ちゃんと愛花って名前があるんだからね!」
と、耳元でキンキン怒鳴るこいつは桜田愛花。通称マーボー。
同じクラスで、一応、俺の幼なじみにあたる。
小学校から仲良くなった浅野と違い、愛花は幼稚園からの付き合いなので、一番長いこと一緒なのはこいつだろう。
「あまり桜田さんをからかうなよ、勇馬」
「へーい」
つくづく思うが浅野は女性に甘いと思う。
全く、将来騙されても知らねーぞ…。
「まーまー浅野くん、あたしと勇馬の仲なんだし」
と、マーボーが浅野をなだめる。だが…
「それ、からかわれたヤツが言うセリフじゃねーからな」
「へぇ、桜田さんって、もしかしてM…」
「うわぁっ!誤解だよぉ!観月さんまで、そんなふうに言わないでぇ!」
本当にこいつはアホだな…。
と感心していると、突然そのアホが暗い顔になって、
「でも、幼なじみでも、知らなかったことがあったなんてね…」
なんて言い出す。
「なんだ、俺がどうかしたのか?」
「うん、だって…」
何か言いにくそうにしている。そんなに深刻なことなのか?
だったらちゃんと話を聞いておかないと…
「勇馬って、…ど、同性愛者なんでしょ?」
深刻だ。こいつの頭が。
「…あのな、どうしたらそんなふうになるんだよ?」
「だ、だって言ってたもん!」
「誰が?」
「クラスのみんなが!!」
どうやらこのクラスは皆何か頭に重大な欠陥を抱えているらしい。
「えっとね、勇馬にいつまでも彼女ができないのは、実は浅野くんをずっと追いかけてるからだって―」
「勇馬、僕の半径1200m以内から出ていってくれ」
「そんな嘘を信じるなよ!あと浅野、頼むから俺と距離を置かないでくれ!」
1200mってもう学校の敷地を出てないか!?
「全く、誰がそんな噂を流したんでしょうね」
そう言って観月は俺の方を見る。
――いつもの、悪戯っぽい笑顔で。
あぁ、可愛い…じゃない!
こ、こいつまさか…
「えー、でも、みんなが「これは観月さんから聞いた情報だから、間違いない」って…」
「貴様ーーーー!!!」
俺は思わず叫び、観月に飛びかからんばかりの勢いで詰め寄る。
が、その瞬間みぞおちに観月の拳が叩き込まれる。ぐはぁっ!
「いきなり女性につかみかかるなんて野蛮よ、霧谷君。殴るわよ」
「殴ってから…、言うなよ…!」
その光景を、アハハと笑いながら見ていた浅野が、真顔で呟く。
「でも、その噂が本当に流れてるなら、けっこう大変だねー。何せ、勇馬って女子に案外人気あるから」
な、なんだと…!初耳だぞ、そんな幸せ情報!
「おい、それは本と―」
「えぇ!それって本当なの!」
俺より凄まじい勢いで、愛花が話題に食いつく。
…女子ってやっぱ、そういう話題好きなのか?
「まぁ、勇馬は頭は不良品だけど、顔と性格はいいからね。
馬鹿みたいにお人好し―もとい、お人好しよしの馬鹿だし」
「おい、なぜ言い直した」
こいつとは一度決着をつけた方がいい気がした。
「まぁ、こんな噂が流れたなら、勇馬に言い寄る女子も激減するだろうね」
「そ、そっか、よかったぁ…」
何か知らんが安堵する愛花。
俺にとっては死活問題だというのに、このマーボーめ!!
まぁ、それはそうと…
「おい観月、その噂のことだが」
「あら、もうチャイムが鳴るわね。席について」
「スルーするな!!」
「なに今の、だじゃれ?」
「違うっ!つーか、そんなことより…」
「早く席に着いて。学級委員の命令よ」
そう言って、スタスタと自分の席に戻る観月。
「くそっ…!」
まぁ俺をからかうのはいつものこととしても…、少しひどすぎないか?
いくらなんでも、学校内での俺の評判を落とすような真似をするなんて…
一つの考えが、頭をよぎる。
「――あれ?俺、嫌われてんの、かな…」
まさかな!とか思いつつも、何故かそれを否定しきれない俺がいた。
大好きな人に嫌われてるかもしれない。
そんな不安を頭に抱えながら、俺は授業を受けた。
いつも頭に入らない小難しい授業が、今日は余計に入ってこなかった。