テストの中には、罠がある
皆さんは、叶う望みのなさそ~な恋に直面したことはあるだろうか?
例えば、ついうっかり同性の相手を好きになってしまったり…。
あ、いや、違うぞ。あくまでも例えばだからな?
別に俺がそうだってわけじゃ…
そんな、これからBL的な話を展開するなんてのは…
あー!そんな目で見んな!違うっつってんだろ!!
ゴホン!と、とにかく、そのような無茶な恋に、俺、霧谷勇馬は直面したわけで…。
―――朝。電気の点いてない教室を朝日が照らし、なんとも眠たい雰囲気に包まれている。
が、教室の窓際、後ろから二番目の席で、俺は友人と二人で勉強なんてことをしている。
「勇馬、CH3COOHは何の化学式かわかる?」
「えーっと…」
確かCは炭素、Hは水素、Oが酸素だから…、
「炭、水、三、炭、酸、酸、水、えーと…」
「落ち着いて、なんか呪詛みたいになってる」
なぜ俺がこんな気持ちのいい朝に二度寝もしないで勉強などしているかというと、今日の一時間目に化学の小テストがあるからだ。
ちなみに成績が悪いと居残り補習という話だ。
くそっ、なんて卑劣な罠を仕掛けやがる…!!
「全教科赤点ギリギリの勇馬が、小テスト受かるなんて思えないけどねー」
そう言って俺を腐った牛乳を拭いた雑巾を洗うときのような目で見るのは、
同じクラスで親友の、浅野蓮だ。
成績まあまあ、容姿それなり、人当たりはよくて誰とでも仲良くなる。
水泳部に所属していて、茶色がかったくせっ毛が特徴だ。
「放っとけ。第一、俺は昨日の夜、化学より大事な勉強をしてたんだ。」
「へぇ、勉強してたんだ。なんの教科?」
「俺のような天才向けの保健体育の参考書を―」
「人はそれを変態と呼ぶんだよ」
なぜだ。なぜ俺の努力が認められない?
「まったく、その努力を別の方向に生かせば君もマシになるのに」
「…うるせーな」
そうやって二人で勉強(半分は雑談)をしてると、教室の前のドアから見慣れた女子が入ってきた―
「おはよう、霧谷君、浅野君」
紹介しよう。
爽やかに俺たちに挨拶をし、
爽やかに今鞄を机の上に下ろし
、爽やかにこちらに向かって歩いてくる彼女は、
このクラスの学級委員を務める、観月里奈。
俺の―
運命の人、と信じたい人だ。
黒髪ロングのサラサラヘアーを二つに結び、大きな目に小柄な体…とにかくスンゲー美少女なのだ。
「朝から勉強なんて似合わないわね」
「いや、勇馬が無理やり付き合えってさ」
「人を強引な同性愛者みたいに言うな」
だが一つだけ、彼女には欠点があるのだ。
「どうしたの?今日はツッコミが冴えてないみたいだけど」
「その聞き方はどうかと思うが…昨日夜更かししたから、寝不足でさ」
「たしかに、ちょっとひどい顔してるわね。ひとまずそこの水道で…」
実は、彼女は史上希に見る―
「顔でも変えてきたら?」
毒舌の持ち主なのだ。
「――普通そこは顔を洗うとこだろ、そんなに重症なのか俺の顔は!」
こいつの毒舌は一言一言はからかっているように聞こえるかもしれない。
だが、それが絶え間無く続くからタチが悪い。
このキツ~い性格は学校中で知られていて、何人もの男子に告白されてはダメ出しをしてメッタ切りにして泣かして帰らしたらしい。
彼らの未来に幸あることを、心から願う。
「重症よ。今すぐ黄色い救急車を呼ぶべきね」
「それは精神科のはずだ」
「そうね、霧谷君は顔だけならまだしも頭まで悪いものね。」
「余計なお世話だ」
「こうなったら、いっそショッ〇ーに預けるしか方法は…」
「人を勝手に改造人間にするなぁ!!」
そうやって俺を言葉の暴力で叩きのめし、悪戯っぽい笑顔を浮かべる観月。
…くそっ、可愛いやつめっ!!
「相変わらず仲良いなー君たち」
と、我が親友、浅野は微笑んでいた。
お前は一度腕の良い眼科に行くべきだ。
「それで、二人とも小テストは大丈夫なのかしら?」
うっ、触れて欲しくない話題を発掘しやがって…さすが毒舌。
「だ、大丈夫に決まってんだろ。なんなら問題出してみろよ」
「それじゃあ簡単だけど…、塩化ナトリウムの化学式を答えて?」
塩化ナトリウム?ナトリウムはNaってのはさっきやったから…
塩ってつくくらいだから、しょっぱいのか?だったら…
~{華麗なる思考回路}~
しょっぱい→Syoppai
よし、
「NaS!!」
「君の家の食塩は腐った卵の臭いがするのか…」
「ちなみにSは硫黄よ」
な、なんだと…俺の化学の常識は通用しないというのか…!?
「それじゃあ、私は日直の仕事があるから」
「あぁ、それじゃあね」
「おーう」
はい、観月さま退場。
俺に一時の平穏が訪れる。
「しかし勇馬、このままだと君、進学も危うい状況だろ」
「いいんだよ、俺の人生なんだし、俺の好きなようにするっつの」
「観月さんと一緒にいられなくなっても?」
そのとき、何となく本能で窓の外の女子テニス部の朝練を見ていた俺は、不覚にもピクッ、と反応してしまった。
「あれだけいじめられて、よく好きでいられるよねー」
「うるせーな」
「そっか、勇馬ドMだもんね」
「ちげーっつの!ただちょっと、いじめられるのがクセになってるだけだ!」
「その表現もどうかと思うけど…」
思わず少し声が大きくなってしまい、クラスのやつの冷ややかな目線を感じて落ち着きを取り戻す。
「しょうがねーだろ、その…一目惚れ、なんだからよ」
「ふぅん…」
そこで会話は終了、勉強に戻る。
だが、その最中、俺は観月に一目惚れしたときのことを思い返していた。
忘れられるわけがない、
あの運命の出会いを―