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勿忘草の刺繍。誰かの図案を取り込むAI。

作者: コロン
掲載日:2026/06/27





「ねぇ、舞ちゃんが刺繍を始めたきっかけって何?」



 趣味の刺繍を通じて仲良くなった早紀ちゃん。

 手芸をするために解放されているカフェで、二人向き合って座りながら黙々と指を動かしていた。

 刺繍を刺す布から目を離さず聞いてくる早紀ちゃんに、同じく布から目を離さずに答える。


「…んとね、うちのお母さん刺繍が趣味だったの。で、私が幼稚園で描いた犬の絵を、そのまま刺繍してくれたのね。…それで、自分で描いた絵が刺繍になるなんて凄いと思って、そこから刺繍に興味を持ったんだよね」


「凄い!羨ましいね」


「うん。家には刺繍の道具も揃ってたから見よう見まねではじめてみたけど、子どもだったからお母さんみたいに上手にできなくて。すぐに辞めちゃってマンガ読んでた」


「あはは。でもまた始めたんでしょ?」


「そう。中3の時にお母さんが病気になっちゃったのね。で、もう出来ないからって道具とか捨てようとしてたから、私が使う!って言って、そこから」


「うん…」


「お母さんはそれからすぐに死んじゃって。お母さんのためにも!とか謎の使命感持っちゃって、それから高校時代はひたすら刺繍ばっかりしてた」


「そうなんだね…」


「大変だったし、凄く寂しかったけど、夢中で針を動かしてると色々忘れる事が出来たし、何よりお母さんを感じることが出来たんだよ」


「そっか…」


「早紀ちゃんはどうしてはじめたの?」


「私昔から絵を描くのが好きだったの。周りはお姫様とか、女の子の絵を描いていたのだけど、私は花とか草とかばっかり興味があって。花の絵を描くためにずーっと花を観察したりしてたの。それである日、デパートに行ったら刺繍の展示会してて。その時の図案が花ばっかりで、イラストじゃなくて刺繍で花の絵も描きたいと思ったのがきっかけ」


「そっか〜」


「だから今も図案を考えるのは好きだし、そのために花の観察するのも好き」


「私は図案考えるの苦手。だからお母さんの残してくれた図案に、自分なりに色付けたりしてるんだ」




 本当は図案だって自分で決めたいと四苦八苦している。

 図案を決めるため早紀ちゃんとあちこち行ってみたり、草花のイラストを描いてみたりと一緒に頑張っているつもり。


「ねぇ、今年の刺繍コンテストも参加するよね?」


「うん。今年も参加するつもりだよ。毎年参加賞しかもらえないけど」

 早紀ちゃんが笑う。


「私も参加するつもりなんだけど、図案が決まらない。お母さんの図案もいいんだけど古臭くて。それが悩みどころ」


「でも、舞ちゃんのお母さんの花のモチーフ、それぞれが凄く綺麗だと思うよ」


「そうだよね、ちょっと色とかバランスを変えてみたり。自分なりに少し考えてみるね!」



 それから1時間ほど無言で針を動かして、早紀ちゃんと別れた。




 。。。


 自分なりの図案かぁ。

「早紀ちゃんみたいにもともとイラストが好きってわけでもないし、絵も上手くないしなぁ」




 お母さんがいてくれたら良かったのに。





 そうしたら相談にも乗ってくれたと思うし、一緒に図案も考えてくれたはず。


 お母さんがいなくなって何度「お母さんがいてくれたら…」と思ったことか。

 そう考えてしまうことも癖になっているのだろうけど…

 お母さんに会いたい。相談したい。一緒に笑いたいと思うのは仕方ないと思う。



「……あっ!!いい事考えた!」

 昔は出来なかったけど、今なら出来る事がある!

 お母さんの図案を全てAIに取り込んで、そこから新しい図案を出してもらえばいいんだ!


 そう気づいたら、居ても立っても居られない。

 たくさんあるお母さんの図案を全て取り込もう。そして新たに図案を出してもらえば…


「またお母さんに会える気がする…」




 それから時間があればお母さんの図案を取り込む日々。

「これが最後の一枚!」


 そして取り込んだ図案をもとに新たな図案をAI生成してもらった。



 1秒と待たずに図案が表示された。




 これが…お母さんの新しい図案…


 瞬間、とめどなくこぼれ落ちる涙。


「お母さん。…また会えたみたいで嬉しいよ…」


 わかっている。

 この図案はAIがお母さんに似せて作ったものだと。


 でも…


「勿忘草…」


 お母さんが好んで使った花だ。それが使われている。

 忘れていた記憶の引き出しをそっと開けてもらえた。そんな気がした。




 それからたくさんの図案をAI生成し、コンテスト向けの図案を考える。


「なんか違うんだよなぁ…」


 最初は新しく感じた図案も、見慣れてくると違和感を感じるようになった。 


「お母さんの図案は好きなんだけど、色選びがなぁ…」


 くすんだパステルっぽい色合いで、優しい感じではあるが…

 やっぱりどこか古めかしい。



「色合いは「桜 華子」さんのが好きなんだよなぁ…」


 桜 華子さん。

 自分とそう年も変わらないのに、刺繍イベントや刺繍コンテストではいつも上位の実力者。

 色合いは独創的で圧倒的。なのに散らかっていなくて全てが収まっている作品を作る人。


「そっか、お母さんの図案を華子さんの色合いでAIに作ってもらえばいいんだ!」



 華子さんはたくさんの作品をインスタにアップしているので、それを取り込み、色の配置をAIに学ばせる。


 そしてお母さんの図案を華子さんの色合いでAIに生成してもらった。


 すぐに今まで見たことないような図案が表示された。


「うわぁ!これ素敵!こんな感じにしたかったんだ!!ありがとうAIさん!!」


 自分では思いつかない図案と色合いに驚き、感動しながら、あっという間にたくさんの図案を生成し続けた。そしてその中から好みの一枚を選んだ。


 それからは夢中で手を動かして針を刺す。こればかりは自分でやらないといけない。





「出来た!」


 なんだかんだで2ヶ月。

 仕上がりは今までの中で一番だった。

 普段なら図案を決めて色を決めて…やっと刺繍を始めた頃なはず。


「やっぱり私は図案と色決めが苦手だったんだなぁ」と改めて感じた。




「早紀ちゃんに見せよう!!」

 前回会ったのは2ヶ月前。

 図案に力を入れる早紀ちゃんは、まだ刺繍まで行けてないと思う。


 すぐに早紀ちゃんに連絡を入れる。

 コンテストに向けて忙しいという早紀ちゃんに、どうしてもとお願いして時間を作ってもらった。




 待ち合わせ場所は、いつもの手芸カフェ。

 少し遅れて早紀ちゃんが到着。

「遅れてごめんね」

「ううん。忙しいのに来てくれてありがとう」

「話って?」


「あのね!見てほしいものがあるの!」


 私は出来上がった作品を早紀ちゃんに見せた。

 しばらくキョトンとする早紀ちゃん。

「…これは?」


 驚くのも無理はないよね。図案と色使いが今までの私のものと違いすぎて、すぐに私の作品とはわからないみたい。


「えへへ。これね、お母さんの図案と、華子さんの色使いをAIに取り込んで生成した図案を、私なりに変えてから刺繍したの!凄いでしょ!」


「え?……」

 そう言ったきり黙ってしまった早紀ちゃん。


「ね、凄いでしょう?今までの中で一番好きな作品が作れたよ!これならコンテストも入賞できそうな気がする!」




「でも…こう言ってはいけないのかもだけど…」

 と前置きした早紀ちゃんが



「それは本当に自分の作品と思える?」



 と、聞いてきた。


「もちろんだよ!だってAIに指示したのは私だし、たくさんある図案の中から選んだのも私だし。何よりひと針ひと針刺したのは私だよ?なんでそんな事言うの?」


「でも図案はお母さんのだし、色だって華子さんのを取り込んだんでしょ?それは違うと思う」


「色合いはそうかもだけど、最終的に決めたのは私だし、ちょっとしたところなんかは私が決め直してる。図案だって今までもお母さんの図案使っていたでしょ?それで何も言わなかったのに。この前はお母さんの図案が素敵だって言ってくれたじゃん。どうして急に変わったの?……そうだ!早紀ちゃんにプレゼント作ってきたんだよ」

 私は用意した封筒を早紀ちゃんに渡す。

「開けてみて?」


 早紀ちゃんの驚く顔が見たくて用意したものだった。



「これ…」


「凄いでしょう!今までの早紀ちゃんの作品を取り込んでAI生成させた新しい図案集!これからはこれを使えば時短だよ!」


 素敵なプレゼントが出来たと思って嬉しい私の気持ちと裏腹に、早紀ちゃんは突然ポロポロと泣き出した。

 ハンカチで涙を拭いながら「どうして勝手にそんな事したの!?酷いよ!」と、絞り出すように言う。


「どうして?元々は早紀ちゃんの図案なんだから、これは早紀ちゃんの描いた図案ってことでしょ?早紀ちゃんが喜ぶと思って作ったんだよ?」


「見当違いで勝手な事しないで!私は図案を決めるのも、絵を描くのも大変だけど凄く好きなの!…それにこんな気色悪い図案、私は作らない!」


「気色悪いって!失礼だよ!」


 早紀ちゃんがまた何か言おうとして口を開け…そっと俯いた。

「せっかく仲良くなれたと思ったのに。取り込んだデータは、責任を持って全て消してください」




 封筒を置いたまま席を離れる早紀ちゃんのことを、私は止めようと思わなかった。






 その夜。早紀ちゃんはインスタなどにアップしていた作品を全て消して…

 何故かわからないまま、私はブロックされた。








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