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辺境伯の可愛い。好き。大好き。がとまらない

作者: taki
掲載日:2026/06/03

 妻が可愛い。

 妻が好き。

 妻が大好き。

 そんな妻と手を取り合い、起こした奇跡に感謝を込めて、ここにつづる。


 私の名はデオ・フォンテスキュー。エンブール王国の南部、ピエネ地方一帯を代々任されているため、人は私のことをピエネ辺境伯と呼ぶ。国境警備をつとめ、領地経営に勤しんでいる。経営はぼちぼちうまくいっている。一部、流行病があるのが心配の種ではあるが。


 普段から、人並みに鷹狩りも乗馬もたしなむ。社交は得意な方だ。周りからは好男子ともてはやされているが、それと同じくらい変人だとも言われている。特に好きなことは身分を隠して市場にいき、珍しい植物の種を買い込んだり、庭いじりに没頭することだ。庭師のようなことはやめなさいと、過去には両親によく叱られた。


 その両親が流行病で亡くなってしまい、若輩ながら私が第十七代当主をつとめている。それでも家臣がほとんど実務をこなしているから、私がやることといえば何かの決定をくだすこと、異民族成敗のための獣人を集め、その陣頭指揮をとることくらいだ。


 そんな私もこの春、正式に妻を迎えることになった。

 この妻が少し変わっていて、というか思いきり変わっていて、私のような好奇心に満ちあふれ、かつ寛容さのある男でなければ、すぐにでも修道院に放り込まれていただろう。それくらい、彼女の言うことなすこと、度肝を抜かれることの連続だった。


 妻のオリーヌは我が王国の第三王女だ。降嫁してきた夜、彼女にピエネ城内を案内すると、開口一番、こう言われた。

「私はこの世界の人間ではありません、本名はホンダカオリと言って、ゲンダイのニホンからきたんです」


 まるで何を言っているか分からない。オリーヌとは王宮に参上する際、何度か面識はあった。でも、直接こちらから話しかけることは許されなかった。当時から本人の美貌は注目の的だった。栗色の髪に陶器のように白い肌、髪と同じ栗色の瞳で、誰もが讃える美女だった。だが、あまりにも不愛想で宮中での噂も「性格ブス」と、だいぶ酷かった。そんな女が自分の妻になると分かった瞬間、我が身の不運を嘆いた。おまけにこのような妄言を吐くとは、どういう算段だ。


 きっと市井で流行ってるジョークだろうと思って、私はハハハと空笑いしてみせた。この辺りは田舎だ。異民族の侵入どころか、都市部じゃ見かけない魔物もうろうろしているから、私はその程度のことで動揺するタマではない。だけどオリーヌはその後も真面目な顔で話し続けた。

「私はクルマにはねられたんです。目が覚めたらビョウインじゃなくて、体のどこもケガしてなくて、なぜかあなたと結婚することになっていた。ここはどこですか、うちに帰してください」


 完全に目が点になった。だが、言うべきことは言わなければ。

「殿下、お気を確かに、帰すわけにはいきません。この結婚は国王陛下が決めたことです、逆らえば貴女様も私もタダでは済みますまい」

 そう言った直後、オリーヌは泣き崩れた。

「いいから帰りたい。ここはどこなの」


 かわいそうに。こんなに可愛い顔してるのに、国王陛下のプレッシャーに負けて気が触れてしまったのだ。私は召使いを呼びつけ、寝室につれていくよう命令した。きっと明日になれば、少しは気分もよくなるだろう。そうだ。何と言っても相手はこの私なのだ。富も名声も権力もある。王女相手に怯むつもりはない。


 翌日、私は午前中の仕事を素早く終え、食堂で彼女を迎えた。オリーヌは侍女が見立てたシックなドレスを身にまとい、それはそれはとても美しかった。だけど本人は浮かない顔をしていて、テーブルマナーもまったくなってなくて、不憫だった。


 昼食を終えて、私は彼女を庭へ連れ出した。今はナナイロチューリップが満開になり、庭を彩っている。ナナイロチューリップはオルアンダ共和国から私がじきじきに取り寄せたもので、赤から黄色、黄色から緑と徐々に色が変わっていく。私は噴水前のガゼボに歩いていき、オリーヌをそこへ座らせた。オリーヌはチューリップ畑を見て、綺麗、とだけ呟いた。それから私の方を見上げると、ぽつぽつと話し出した。


 自分は天涯孤独で家族はいない。フリーターのカレシがキャバジョウと浮気して、別れたばかりだった。コイワに住んでた。トウキョウトリツヒビヤジョシコウコウで教師をしてた。クミンゼイだってショトクゼイだってちゃんと納めてきたのに意味が分からない。もしかしてイセカイに転生してしまったのか、と。


 転生という言葉を、私はやけに素直に聞き入れた。なぜなら作り話にしては具体的すぎるし、彼女の目の焦点は合っているし、おでこを触ってみたら熱もないからだ。つまり、彼女は正気だ。神はときに、お戯れになる。前世で悪行を行ったのなら地獄行きだ。だが、この私のところへきたのだから、彼女はよほど善行を行なってきたのだろう。


 オリーヌの言うことをむげにすることなく、私は全部聞き入れてみることにした。

「ユーレス教会に行って、司祭に相談してみる。もしも帰り方が分かったら帰してあげるから、それまでここに居てくれるか」

 彼女は黙って頷いた。

「このことは他の誰にも言わないように、君の安全のためだよ。魔女だと疑われて、裁判にかけられるかもしれない」

 すると、彼女は途方もなく可愛らしい顔で笑った。その笑顔にハートを撃ち抜かれた。尊敬する両親を失い、人生になかば失望していたところだ。こんなにヘンテコな女神が降臨したのなら、大賛成と言うほかない。もちろん、帰す気はなかった。


 それから私達は、手探りでの夫婦生活が始まった。下手に怖がらせたくないから、まずは寝室を分けた。起きた時にいつもいい気分でいられるよう、私が庭でつんだ花とか、異国から取り寄せた香料とか、即興で書いた詩とかをオリーヌの寝室に毎朝、届けさせた。仕立て屋を呼んで山ほどドレスを買い与えたし、画家を呼んで、オリーヌの肖像画を描かせた。泉から妖精を呼んで斉唱させたり、ユニコーンが住む森へ連れてったりもした。


 オリーヌは異界人だから、素のままで過ごしていたらマズい。侍女をつけてやって、徹底的にレディ教育をさせることにした。教育役は、かつて私の母の第一侍女を務めたクロエだ。クロエは女性にしては珍しく理知的で無口で、悪く言えば愛想がない。だが、オリーヌが妙なことを口走ったりヘンテコなことをやらかしても動じない。元々、私が変人だからそれに慣れているのだろう。一度、オリーヌが庭に出て、勝手に靴を脱いで草の上で寝転び、思いきり昼寝をしていたことがある。他にも、テーブルに頬杖をついたり足をくんだまま本を読んだり、召使いの仕事を奪ったり。やりたい放題だ。クロエはそれを静かに注意するだけだった。


 オリーヌが貴婦人としての教養を詰め込んだ頃、私にこんなことを言い出した。

「デオ様。毎日退屈です。何か仕事をください」

 またまた突飛なことを言う。伯爵夫人が仕事とは。

「毎日、昼食のメニューを考えたり、食材の管理をしてくれてるだろ。十分さ」

 私が取り合わずにいると、オリーヌはその大きな茶色い瞳を光らせる。

「そんなの私がいなくても務まります」

「では、どのようなことを?」

「私にしかできない仕事です」


 翌朝、私は早速、御者に馬車を出させ、オリーヌを領地見学に連れ出した。彼女は馬車から見える広大な小麦畑やぶどう畑に興奮したようで始終、歓声をあげていた。ただ、ときどき無表情になって、川のほうを注意深く見ていた。

「楽しいかい?」

「ええ。最高に」

「せっかくだからワインを飲んでいこう」

 私は領内の小さな村に入って、居酒屋の前で馬車をとめた。オリーヌの手を取って、先に店のなかへ通すと、店主が素早く駆け寄ってきた。

「これはこれは、閣下。お目にかかれてうれしゅうございます」

 そう言って、店主は少し咳きこんだ。

「やあ。元気か」

「ちょっとこの頃、あまりよくなくて」

 店主はまた咳きこんだ。

「そうか。体に気をつけてくれ。今日は、妻に最高のワインと美味い食事をさせてやりたいんだが」

「かしこまりました」


 店主は急いで奥に引っ込んでから、最上級の赤ワイン『ルージュ・ピエネ』のボトルと、銀製の杯を二つ運んできた。また引っ込んで、今度は給仕役の小人が出てきた。彼らは季節野菜の前菜、ホロホロ鳥のオレンジバターソース、羊肉の腸詰め、ジンジャーブレッドなんかをテーブルいっぱいに並べた。

「こんなに食べきれません」

 そう言いながらオリーヌは目をきらきらさせて、ほろほろ鳥を頬張る。食前の祈りも捧げず、いきなり頬張ってるところが、まだまだレディ教育が足りてない。

「ピエネは美しいところだろう。我が先祖が代々守ってきた土地だ」

「はい。ここに居たら……楽しいでしょうね」

 オリーヌは自分の言葉にはっとした。茶色い瞳と目が合うも、彼女の方が先に目を逸らした。オリーヌは元の世界に帰りたがっていたはずだ。私はすかさず、その手を握りしめる。

「もし、そう思うならずっとここに居ればいい。君にはこれからも、何不自由ない生活をさせていくつもりだ」

 

 ふいに、オリーヌがナイフをテーブルに置いてうつむいた。どうしたのかと、私はその顔を覗き込む。オリーヌはテーブルクロスの端を持って、それで目をぬぐった。

「そんなこと言ってくれる(ひと)はいなかった」

 オリーヌは顔を上げる。茶色い瞳に、私自身が映りこんでいる。

「夫として、当然のことを言ったまでだ」

「ええ。ええ。この世界の男性はみんなそうなんでしょう。でも私がいた世界はそうじゃなかった」

「へえ。どんな」

「たとえば……。デート代は折半。そのうち家賃も、食費だって折半。男の方が食べるくせに。外食もファミレスばっかり。入籍してもいいけど金がかかるから結婚式はしない。家のローンを組むのも、子どもをつくってもメリット少ない、だけど結婚後も働いてほしいとか。可愛いとか好きとか大好きとか、そういうのもない」

 オリーヌの目はうつろだ。可愛いとか好きとか大好きとかが重要なのは、私も完全に同意するところである。

「学校に行っても生徒は言うこと聞かないし。教師なんてブラック企業もいいとこだし。なんで生きてんのかわかんなかったし」


「ヤチン? ブラックキギョウ?」

「とにかく、デオ様のような方はいなかったし、こんな快適な暮らしはなかったということです」

「まあ、そうだな。私と張り合うようなのが出てくるなら、決闘を申し出ればいいだけだ」

 私はおどけて胸を張る。

「決闘!」

 オリーヌは目を見開いて、声を立てて笑いだした。何がそんなにおかしいのか、私には皆目分からない。

「デオ様。おいくつですか」

「二十歳だ」

「本当に?」

「本当だとも」

「風格ありすぎて、四十くらいのおじさまに見えますよ」

 四十。そんな年寄りに見えるのか。それはそれでショックで、私はつい自分の頬をなでまわす。

「嘘です、ごめんなさい。私はもう、三十なんです。年増ですみません。この肉体(いれもの)は何歳なのか知りませんけど」


 子どもみたいにくしゃくしゃにして笑う顔を見て、急に愛おしくなった。女性が自分の年齢を公言するなど、本当にまだまだレディ教育が未達だし、私も大笑いしてしまった。でも、嬉しかった。この瞬間、二人の距離が縮まったような気がした。


 帰りの馬車のなかで、私はそっとオリーヌの手を握った。オリーヌは拒否はせず、私に向かってぎこちなくほほ笑んだ。だが、会話もなかった。妙な空気が走ったのだ。私は自分の心臓の音が聞かれてしまいやしないかと、気が気でなかった。

 最初に沈黙を破ったのは、オリーヌの方だった。

「デオ様。私、やりたい仕事を見つけました」

 オリーヌはもう私の方を見ていなかった。ただ、街道の路面をじっと見つめていた。


 領内を大掃除する。領地見学から帰るや否や、オリーヌが威勢よく言い放った。

「大掃除とは何だ」

「だって、どうしてこんなに汚くてほっとけるんです? 道路も川も、ゴミに、汚物ばかり。臭いし、耐えられません」

「道路も川もそういうものだが」

「そういうものではありません」

 いきなり、オリーヌが毅然とした態度になる。私は面食らって体をのけぞらせた。

「デオ様のご両親、流行病で亡くなったとおっしゃいましたね。今日行った居酒屋の主人、あまり具合がよくなさそうでしたよね。この衛生状態じゃ、当然ですよ」

「何だって」

 意味が分からない。だけどオリーヌの意味の分からなさは、今に始まったことじゃない。

「デオ様も公務が暇でしたら、手伝ってください」


 もはや私に命令できるのは国王陛下とオリーヌだけだ。翌朝、私は早々にオリーヌに叩き起こされた。叩き起こしたことをクロエに叱られていたが、オリーヌは耳を貸さず、私にブラシを持たせた。本人は使用人と同じ格好をして、口元を布で覆っている。さらに赤ワインを貯蔵庫から山ほど出してきて、それを荷車に乗せた。

「そんな格好で大掃除はできませんよ。一番汚れてもいい服に着替えてきてください」

 私は仕方なく、言われた通りの格好をして戻ってくる。

「大掃除に赤ワインが必要なのか」

「ワインじゃなくて、ワインビネガーです」

「ビネガー?」

「そう、酢です。ほら、みんなも行くよ。二列に並んで」

 私も屋敷の者も、みんなそろってオリーヌに肩を叩かれ、ついていった。互いに訝しい顔を向け合いながら、それでも生き生きとしているオリーヌの姿に誰も反発しなかった。大人しく屋敷を出て、城門を出て、街道に出た。

「まずはゴミ拾いから。汚物は桶に入れて」

オリーヌがてきぱきと指示を出し、自分も汚物を木の棒でつまみあげる。オリーヌは不思議だ。細くて短い二本の棒を右手だけで持って、器用につまんでいく。

「こんな汚いこと。奥様と旦那様はお屋敷にお戻りなさいませ」

 メイドの一人が金切り声をあげた。だけど私はメイドを無視して、オリーヌの指示に従う。


 ある区画の道からゴミと汚物を取り除くと、オリーヌはワインのコルク栓を抜き、中身を路面にぶちまけた。

「デオ様、さあブラシで磨いてくださいな」

「道をか」

「道をです」

 それから私と侍従達はせっせと石畳の道路を磨いた。付近で農作業をしていた農民や、通りかかった炭売りが、私の顔を見るなり手伝いはじめた。そこへ、登城した家臣達の馬車がとまった。

「閣下、気でも触れたか」

「やあ、私はこの通り元気だ」

 言いながら、私は吹き出してしまう。なんだか愉快だ。オリーヌの言うとおりにしておいた方が、いい気がする。

「辺境伯ともあろう方が、こんな馬鹿げたこと。すぐおやめなさい」

「あら、あなたも手伝ってよ」

 オリーヌがブラシを家臣に握らせた。家臣は理解の範疇を越えたらしく、目を白黒させている。

「奥様。なりません」

「じゃあ、あなたが命令して。領内のみんなに」


 かくして領内大掃除が始まった。オリーヌが総指揮をとり、屋外のゴミと汚物を回収した。ゴミは燃やし、汚物は所定の場所に溜めて畑の肥やしにすることになった。ネズミの駆除作業も始まった。尿は川に垂れ流しにするのではなく、所定の砂利を敷いたところでするようルールづけた。その川もまた汚いということで、数ヶ月に渡り、川のゴミ拾いと泥あげを実行した。


 ことあるごとに、オリーヌは酢水を持ち出した。目に見えないキンという毒物──つまり邪悪な存在であるが──それが領内にはびこる伝染病の根源らしい。根源を断ち切るのに、酢が役立っているという話だ。私は半信半疑だったが、実際に酢をばら撒いた城周辺のエリアから順に、流行病による死者が減っていった。


 季節はめぐり、秋がやってきた。領内では出生率が高まり、産後直後の死亡率も減った。毎年恒例の収穫祭では、市庁舎前の広場で私が挨拶した後、オリーヌにも挨拶させた。オリーヌは立ち振る舞いも美しく、全レディの鑑としか言いようがない。その人気はすさまじく、嵐みたいな拍手喝采が起こった。さすが王女様、ありがとうございますという歓声があがっていたが、中身が王女ではないのを知るのは私だけだ。

 しぼりたてのワインがふるまわれ、領民達が音楽とダンスに明け暮れるのを見届けてから、私たち夫妻は城に戻った。


 オリーヌが妻になってから初めて、私はオリーヌの寝室に入った。オリーヌの左手の薬指には、まだ何もない。その手をとって、黒水晶の指環をはめた。オリーヌは嬉々としているのに、私はため息をついた。

「デオ様……?」

「これは魔除けだよ。強力な」

「魔は、もう祓いましたよ」

 オリーヌがほほ笑んだ。その笑い方は、以前見たくしゃくしゃの笑顔とも、うちひしがれたときに垣間見せた笑顔とも違う。心からの、安らぎに満ちたほほ笑みだ。まさに豊穣の女神と呼ぶにふさわしい。

「ユーレス教会の者に話したところ、元の世界へ帰る方法があるらしい。行こう」

「え……」

 オリーヌの顔から笑みが消えた。私はさらに続けるが、自然と口調が重くなる。

「君は私の妻だ。だから護身用の指環を贈る。でも帰りたいって、言ってただろう。私には君を帰す義務がある」

「そんな!」

 唐突にオリーヌが胸に飛び込んできて、私は少しよろけた。本人はしゃくりあげているので、私は優しくその頭や背中をなでる。

「最初はそうでした。でも」オリーヌは泣きはらした顔を私に向けてくる。「今は違う」


 言われた瞬間、私はオリーヌの背骨が折れるほど、強く強く抱きしめた。言いようのない感情が腹の底からこみあげてきて、声に出して泣いた。オリーヌも嗚咽をもらしている。

「君は美しい。でも、それだけじゃない。君はいつもヘンテコで、いつも突飛だけど、あふれんばかりの知性がある。素晴らしいレディだ。君のいた世界ではそれが普通だったのかもしれない。でもここじゃ普通じゃない。稀有で、尊いものだ。それをこんなにも与えてくれた」

 オリーヌの瞳が私の瞳をホールドする。まるで吸い込まれるようだ。

「君は私の人生だ」

「デオ様……」

「カオリ、可愛い。好き。大好き」

 私が囁くと、オリーヌの瞳からまた一筋、涙が流れ落ちた。

「もう、カオリじゃない。私はオリーヌです」

「愛してる、オリーヌ」

 私がキスすると、オリーヌもそれに応えた。


 その晩、私達は初めて結ばれた。

 最初から最後まで、ずっと愛しかった。


 翌朝、左手薬指の指環を見ながら、隣のオリーヌが気恥ずかしそうにほほえむ。

「魔除けを渡して、本当に帰すつもりだったんですか」

「まさか」私は寝転がりながら、両手で自分の頭を支える。「教会に相談したなんて嘘だよ」

「え? じゃあ本当は帰れないの?」

「そう。だって向こうじゃ死んでるんだろ、君は」

「確かに……」

「オリーヌが残ってくれるか自信がなくて、どういう気持ちでいるのか知りたくて確かめたかったんだ。すまない」

「うん。でも、だったらこの魔除けって?」

「ほかの男が寄ってこないようにするため」

 私はそっとオリーヌを抱き寄せた。


 それから私は毎日、呪文のように唱えてる。家臣の前でも。領民の前でも。二人きりのときでも。「可愛い。好き。大好き」って。

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