大罪人と呼ばれた元勇者はそれでも復讐をしない
短編小噺シリーズ
魔王討伐から三日後。
王都アストレアは歓喜に包まれていた。
鐘が鳴り響き、民衆は英雄の名を叫ぶ。
――ただ一人を除いて。
「元勇者レオン・アルヴェイン。貴様を国家反逆罪、および王族殺害未遂罪で処刑する」
玉座の間に響いた国王の宣告に、レオンは静かに目を閉じた。
隣には聖女セレナ。かつて共に旅をした仲間たちもいる。
だが誰一人、彼を庇わなかった。
「……理由を聞いても? 」
「貴様は強すぎた」
冷たく告げたのは第一王子カインだった。
「魔王を倒した今、民が恐れるのは新たな“力”だ。お前がその気になれば、この国すら滅ぼせる」
レオンは理解した。
利用され、役目を終えたから捨てられるのだと。
そして彼は、“大罪人”の烙印を押された。
公開処刑。
そのはずだった。
しかし処刑直前、突如現れた黒竜によって護送車は崩壊する。
炎の中で鎖を断ち切ったレオンは、そのまま姿を消した。
人々は噂した。
「元勇者は復讐のために戻ってくる」
「王都を滅ぼすつもりだ」
「今度は人類が勇者に殺される」
誰もが、彼の復讐を恐れていた。
それから五年。
レオンは辺境の小村で静かに暮らしていた。
名前を変え、剣も捨て、薬師として生活している。
「先生ー! また怪我したー! 」
駆け込んでくる子供たちに、レオンは苦笑する。
「走り回るなと言っただろ」
かつて魔王を倒した英雄は、今では村医者のような存在になっていた。
そんなある日。
王都から一人の少女がやって来る。
銀髪の少女リシア。
彼女は王立騎士団の新人だった。
「あなたが……レオン・アルヴェインですね? 」
村の空気が凍りつく。
しかしレオンは否定しなかった。
「だったらどうする? 」
「……私は、あなたを監視する任務を受けています」
王国は今もなお、レオンの存在を恐れていた。
だがリシアは次第に違和感を抱く。
村人たちは皆、彼を慕っている。
飢えた者には食料を分け、病人を救い、魔物から村を守っていた。
とても“復讐者”には見えなかった。
ある夜、リシアはついに尋ねる。
「なぜ復讐しないんですか? 」
レオンは焚火を見つめながら答えた。
「僕はこの国が好きなんだ」
「でも、裏切られたんですよ!? 」
「……ああ」
レオンは静かに笑う。
「だからこそ、同じことをしたくない」
あぁ、この人は心から勇者なんだ。
リシアはレオンを見つめながら静かに涙を流した。
その頃、王都では異変が起きていた。
魔物たちが突如活性化し、各地で都市が襲撃され始めたのだ。
そして調査の結果、魔王が完全には死んでいなかったことが判明した。
魂の一部が残っていたことで、新たな器に転生しようとしていたのである。
だが王国にはもう、勇者はいない。
焦った王族は、かつて追放したレオンへ救援を求める。
使者として現れたのは、聖女セレナだった。
彼女は涙を流しながら頭を下げる。
「お願い……もう一度だけ、力を貸して」
リシアは怒った。
「都合が良すぎる! 」
当然だった。
彼らはレオンを裏切り、全てを奪ったのだから。
しかしレオンは静かに立ち上がる。
「行こう」
「どうして!? 」
「放っておけば、死ぬのは罪のない人たちだ」
レオンは剣を手に取る。
五年前に捨てたはずの、勇者の剣を。
王都へ戻ったレオンを待っていたのは、歓迎ではなかった。
民衆の怒号。投げつけられる石。
そして王城前の広場設置された巨大な処刑台。
「大罪人を再び裁け!」
人々は恐れていた。
五年前、王国が流した“元勇者は危険な存在”という噂は、今や国中に浸透していたのだ。
しかし、魔王軍の侵攻は止まらない。
各地の防衛線は崩壊し、騎士団も壊滅寸前。
王国はレオンの力を必要としている。
それでも彼を恐れることをやめられなかった。
そんな中、第一王子カインはある決断を下す。
「元勇者レオン・アルヴェインを公開裁判にかける」
名目は“国家反逆罪の再審”。
だが実際は違う。
王族は責任を押し付ける相手を必要としていた。
「魔王復活も、元勇者が原因なのではないか」
そんな陰謀論まで広まり始める。
広場の中央に立たされたレオンへ、第一王子カインが叫ぶ。
「お前が魔王討伐で何かを隠したから、この惨劇が起きたのではないか!」
民衆も怒声を浴びせる。
だがレオンは否定しなかった。
沈黙したまま、全てを受け入れるように立っていた。
その時だった。
広場に人々がなだれ込んでくる。
現れたのは、かつてレオンに救われた辺境の村人たちだった。
農民。子供。老人。冒険者。
彼らは次々と証言する。
「この人は俺たちを助けてくれた!」
「病気の娘を救ってくれた!」
「吹雪の日、一人で魔物から村を守ったんだ!」
次第に広場の空気が変わる。
人々は気づき始める。
“本当に恐れるべき存在”は誰なのかを。
そしてついに、沈黙していた聖女セレナが立ち上がった。
「罪人は……彼ではありません」
震える声で彼女は真実を語る。
五年前、王族と貴族たちは勇者を恐れ、罪を捏造したのだと。
広場は騒然となった。
第一王子カインは顔を歪める。
「黙れ! 勇者など所詮は兵器だ!」
その瞬間、王都上空に巨大な黒い影が現れる。
復活した魔王だった。
「醜いな、人間」
崩壊する広場。逃げ惑う民衆。
その中で、レオンは静かに剣を抜いた。
王都は徐々に炎に包まれていた。
復活した魔王は、人間たちの憎悪と恐怖を糧に力を増していく。
「見ろ、勇者よ!」
魔王は嗤う。
「人間は貴様を裏切った! それでも守る価値があるのか!」
レオンは答えない。
ただ、燃え落ちる街を見つめる。
泣いている子供。倒れた兵士。助けを求める人々。
その中には、かつて自分を石で打った民衆もいた。
リシアが叫ぶ。
「もう十分です! あなたはこの国に何も返さなくていい!」
だがレオンは、ゆっくり首を横に振った。
「返すために戦うんじゃない」
彼は剣を構える。
「誰かを憎み続けるのが、苦しいって知ってるからだ」
その言葉と共に、勇者の剣が蒼白く輝いた。
激闘の末、レオンは魔王を討ち滅ぼす。
しかし戦いの代償で、勇者の力は完全に失われた。
戦後。
第一王子カインは失脚し、王国は罪を認めることになる。
民衆はレオンへ謝罪した。
だが彼は王都に残らなかった。
「どこへ行くんですか? 」
見送りに来たリシアへ、
レオンは穏やかに笑う。
「少し旅をする」
「……また誰かを助けるんですか? 」
「かもしれない」
剣を失い、名誉も失い、英雄ですらなくなった男。
それでも彼は、最後まで誰かを憎むことを選ばなかった。
夕焼けの街道を歩いていくその背中を、人々は静かに見送る。
後に歴史は彼をこう呼ぶ。
“大罪人”。
そして同時に――
“最も優しかった勇者”と。
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