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後方を捉える

夜は、まだ完全には明けていなかった。


東の空がわずかに灰色へと滲み始めた頃、

五百の騎兵は、音を殺して街道を外れていた。


「速度を落とすな」


先頭を行くエルディオは、低く命じた。


馬は訓練されている。

鎧も軽装。

蹄鉄には布が巻かれ、乾いた音は立たない。


(……遅れている)


それは、肌で分かった。


空気が、違う。

土地が、すでに踏み荒らされている。


「……臭いな」


隣を走る騎士が、呟いた。


エルディオも同じことを感じていた。


血の臭いではない。

焼け焦げた木でもない。


腐敗だ。


「止まるな」


声を潜めたまま、前進を続ける。


やがて、視界が開けた。


小さな村だった場所。

家屋は半分以上が崩れ、

残りは――立っているが、空だ。


「……人が、いない」


誰かが言った。


死体もない。

逃げた痕跡もない。


ただ、生活だけが剥ぎ取られている。


「魔王軍の主力ではないな」


エルディオは、地面に残る足跡を見て判断した。


重装兵ではない。

数も、そこまで多くない。


(……後処理部隊か)


主力が通過したあと、

街や村を「無力化」するための部隊。


抵抗がなければ、殺さない。

だが、残さない。


「……気持ち悪いな」


騎士の声が、震えた。


「戦ってないのに、

 負けたみたいだ」


エルディオは、否定しなかった。


それが、正しい感覚だった。


「前方、動きあり!」


斥候の報告が入る。


「丘の向こう、

 魔族部隊、規模は……百前後!」


「向きは?」


「王都方面へ移動中!」


エルディオの目が、鋭くなる。


(……主力じゃない)


だが、放置すれば、

さらに多くが“消される”。


「……全軍、展開」


声は、冷静だった。


「正面衝突は避ける。

 左右から絞る」


「騎射部隊、前へ」


五百騎は、二百、二百、百に分かれる。

中央は、エルディオ自身。


魔族の後方部隊は、

まだこちらに気づいていない。


「……行くぞ」


合図と同時に、

南方騎兵が丘を越えた。


「敵襲――!」


魔族の声が上がる。


遅い。


矢が、降る。

魔族が倒れる。


「突っ切れ!」


エルディオは、剣を抜いた。


魔族の斥候を斬る。

反撃が来る前に、次。


剣技は、勇者ほどではない。

だが、速く、正確だった。


「人間……!」


魔族が叫ぶ。


「後方だぞ、なぜ――」


答えは、剣だった。


戦いは、短かった。


後方処理部隊は、

正面戦闘を想定していない。


逃げようとする者。

反撃する者。


だが、騎兵に追いつかれる。


「……止めろ!」


魔族の一体が、叫んだ。


「主力は、すでに――」


その言葉で、

エルディオは確信した。


(……やはり)


戦闘が終わる。


生き残った魔族は、数体。


エルディオは、息を整えながら、

周囲を見回した。


五百騎の損害は、軽微。

だが――


「……これが、後ろか」


魔族の装備。

指示書。

簡易地図。


どれも、

戦争のためのものではない。


「……消去作業だ」


エルディオは、低く言った。


「主力は、

 戦わずに、国を壊している」


騎士たちの顔が、強張る。


「勇者様は……

 この外で、戦っているんですよね?」


「……ああ」


エルディオは、頷いた。


「だから、避けられている」


勇者がいる場所は、

“戦場”になる。


それ以外は、

戦場にすらならない。


「……急ぐぞ」


エルディオは、馬に跨った。


「この後方を捉えた以上、

 次は、勇者様の戦線だ」


「生き残りを、拾い上げる」


「それが、俺たちの役目だ」


五百騎は、再び疾走を始めた。


彼らはまだ知らない。


この行動が、

魔王軍の計算に、

**小さく、だが確実な“ズレ”**を生むことを。


そしてそのズレが、

やがて――

勇者と、アレインと、王国全体を巻き込む

分岐点になることを。


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