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南方の剣

その少年の名は、エルディオ。


南方ラグナート男爵領に隣接する小伯領の出身で、

年は、まだ十七。


だが、剣を握らせれば、

同年代で彼に並ぶ者はいなかった。


「……またか」


エルディオは、城壁の上で、木剣を振り下ろしながら呟いた。


重心は低く、無駄のない動き。

型は王国正統流だが、どこか実戦向きに削ぎ落とされている。


それは、魔族と戦った経験がある者の剣だった。


「そこまでだ、エルディオ」


背後から声がかかる。


振り返ると、白髪混じりの騎士団長が立っていた。


「今日も、十分だ」


「……まだ、やれます」


エルディオは、汗を拭いながら言った。


「南部戦線は、かなり厳しいと聞きました。

 迎撃軍が……」


「お前は、行かせられん」


団長は、即答した。


「若すぎる」


その言葉に、エルディオは唇を噛んだ。


「魔族の撃退なら、三度経験しています」


「知っている」


「小規模とはいえ、

 前線で剣を振りました」


「それでもだ」


団長は、静かに言った。


「お前は、領都の切り札だ」


南方諸侯の多くは理解していた。

勇者がいない場所では、

こうした“若く、突出した人材”が、

領そのものの命綱になる。


だから、エルディオは従軍を許されなかった。


守るために。


――だが。


その判断が、正しかったかどうか。


答えは、その夜、叩きつけられた。


「迎撃軍……消失?」


報告を聞いた瞬間、

エルディオは、言葉を失った。


「壊滅、ではありません」


使者は、青い顔で続ける。


「……戦線から、消えました」


「……勇者様は?」


「生存、確認。

 ですが、魔王軍主力は――」


その先を、聞く必要はなかった。


エルディオは、拳を握りしめた。


「……避けられている」


それは、理解できた。


勇者ほどの力を持つ存在を、

正面から相手取らない。


戦術として、正しい。


だが。


「だからって……

 他が、こうなるのか……!」


南方諸侯軍は、勇者を中心に戦っていた。

その周囲は、脆い。


(……間に合う)


エルディオは、決断した。


(まだ……救える)


「団長」


彼は、振り返った。


「騎兵を、五百」


団長の目が、見開かれる。


「正気か!

 それは、領都防衛の――」


「分かっています」


エルディオは、はっきり言った。


「でも、今動かなければ、

 南部は、もう戻らない」


沈黙。


団長は、エルディオを見つめた。


少年の目には、恐怖がないわけではない。

だが、それ以上に――

覚悟があった。


「……お前は、勇者ではない」


団長は、ゆっくり言った。


「魔王軍主力を止められるとは、思うな」


「分かっています」


エルディオは、剣を腰に差した。


「でも、

 “消される前に救う”ことはできる」


団長は、深く息を吐いた。


「……五百だ」


「精鋭のみ。

 戻らぬ覚悟の者だけを選べ」


夜明け前、騎兵が集まった。


南方では異例の速さだった。

それだけ、状況が逼迫している証拠でもある。


「目的は?」


騎士の一人が問う。


エルディオは、馬上で答えた。


「南部戦線への救援」


「魔王軍主力?」


「避ける」


即答だった。


「勇者様が戦っている場所へ向かう」


ざわめきが走る。


「……勇者様の戦場に?」


「そこだけが、

 まだ“戦場として存在している”」


エルディオの声は、若いが、迷いがなかった。


「俺たちは、

 消されかけている人間を拾い上げる」


「戦果は、求めない」


「生存を、最優先する」


五百騎が、動き出す。


夜を裂き、南へ。


エルディオは、歯を食いしばった。


(……遅いかもしれない)


(それでも)


勇者ほどの力はない。

魔王軍を止めることもできない。


それでも――

行かずにいられなかった。


それが、

この少年が“本物”である証だった。


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