合流
南へ向かう街道は、いつもより静かだった。
商隊も、旅人もいない。
あるのは、点々と続く野営の痕跡と、慌ただしく踏み荒らされた地面だけだ。
「……ここが、集結地か」
勇者は馬を止め、丘の上から下を見下ろした。
そこにあったのは、軍営――
だが、彼が知る“軍”とは、あまりにも違っていた。
整然と並ぶはずの陣列は歪み、
天幕は数も大きさもまちまち。
統一された旗はなく、代わりに各諸侯家の紋章が、ばらばらに掲げられている。
「……数は?」
剣聖が低く問う。
「……一万弱、でしょうか」
聖女が、慎重に答えた。
一万。
数字だけを見れば、小さくはない。
だが――
「兵の質が、違いすぎる」
勇者は、すでに理解していた。
歩兵の多くは、農民徴集兵。
鎧は古く、武具は不揃い。
中には、槍の持ち方すら怪しい者もいる。
「勇者様!」
慌てて駆け寄ってきたのは、初老の男だった。
派手な鎧ではないが、胸元の紋章で分かる。
南方の有力子爵の一人だ。
「お会いできて光栄です……!」
その声には、安堵が混じっていた。
だが、その奥に――
縋るような色がある。
「こちらこそ」
勇者は、形式的に応じる。
「状況を、教えてください」
「は、はい……」
子爵は、視線を伏せる。
「兵は……集められるだけ集めました。
しかし……」
言葉が、続かない。
「訓練不足ですね」
勇者が、代わりに言った。
子爵は、苦笑した。
「……正直に申し上げます。
彼らの多くは、戦場を知りません」
周囲を見回す。
兵たちは、勇者を見て、ざわめいている。
希望の視線。
不安の視線。
そして――
覚悟が決まっていない目。
「魔王軍三大将が来る、という噂は?」
「……伝えています」
「士気は?」
「……勇者様が来たことで、
“逃げ場がある”と思っている者もいます」
その言葉が、胸に刺さる。
(逃げ場じゃない……)
勇者は、心の中で否定した。
自分は、切り札ではない。
盾でもない。
ただの延命措置だ。
「勇者」
剣聖が、低く言った。
「この軍では、正面衝突は無理だ」
「分かっています」
分かっている。
だが、王都は、これで“対応した”つもりなのだ。
「中央軍は?」
勇者が、あえて聞く。
子爵は、答えなかった。
答えられなかった。
沈黙が、すべてを語っている。
その時、遠くで小さな騒ぎが起きた。
兵の一人が、仲間に詰め寄っている。
「……俺たち、本当に戦うのか?」
「勇者様がいるんだろ?」
「でも、魔王軍だぞ……!」
声が震えている。
「逃げたら、どうなる?」
「……王国に殺される」
その会話を、勇者は聞いてしまった。
胸の奥が、重くなる。
(これが……現実)
ここに集められた兵は、
王国を守るために来たのではない。
命令に逆らえなかっただけだ。
「……勇者様」
子爵が、意を決したように言う。
「我々は、勝とうとは思っていません」
勇者は、彼を見る。
「せめて……
領民が逃げる時間を、稼げればと」
それは、覚悟だった。
諦めに近い、覚悟。
勇者は、目を閉じた。
王都で決められた“最適解”。
防衛軍を動かさず、
親衛隊を守り、
南方諸侯と勇者に任せる。
理屈は、通っている。
だが――
その理屈の下で、
この軍が切り捨てられている。
「……私が、前に立ちます」
勇者は、はっきりと言った。
「前衛は、私と剣聖で引き受ける」
ざわめきが広がる。
「聖女は、後方支援に徹してください」
「はい……」
聖女の声は、震えていた。
「兵の損耗を、最小限に」
それは、できもしない理想だ。
だが、言わずにはいられなかった。
勇者は、空を見上げた。
南の空は、赤く染まり始めている。
魔王軍が、近い。
(……北では、ノルディア公爵が盾になっている)
(そして、グランデールでは……)
アレインの名が、脳裏をよぎる。
(俺は……何を守っている?)
答えは、出ない。
ただ一つ、分かっていることがある。
この軍は、
すでに追い詰められている。
勇者は、剣の柄を握り締めた。
逃げ場のない現実を前にして、
それでも、前に立つしかなかった。




