王都の判断
王城の鐘が、三度鳴った。
夜明け前の時刻に鳴るそれは、良い知らせではない。
会議室に集められたのは、宰相、軍務卿、財務官、教会代表、そして勇者パーティ。
誰一人として、眠気を帯びた顔をしていなかった。
机の上には、二通の急報が並べられている。
「……読み上げます」
伝令官の声が、わずかに掠れていた。
「第一報。
北方公爵家、全軍動員を確認。
進軍方向、グランデール旧領方面」
空気が張り詰める。
「第二報。
魔王軍、南部国境を越境。
三大将のうち一名が指揮。
正規侵攻と判断」
誰かが、低く息を呑んだ。
北と南。
同時だ。
「……偶然ではない、な」
宰相が、乾いた声で言った。
「北は討伐。
南は侵攻」
軍務卿が、地図を広げる。
「両方に対応する余力は?」
「……ありません」
即答だった。
王都防衛軍。
親衛隊。
中央騎士団。
それらは、王都を守るための軍だ。
外に出せば、王都は空になる。
「親衛隊を動かすべきでは?」
一人の若い貴族が言う。
「魔王軍が来ているのですぞ!」
「だからだ」
宰相が、即座に切り返す。
「王都を空けるわけにはいかん」
「では北を?」
「北方公爵家が動いている」
その一言で、議論が止まる。
北は、自前で対応する。
それが、暗黙の了解だった。
「……残るは南か」
南部諸侯。
王都から距離があり、政治的にも“従属的”。
「防衛軍を動かさずに、南を守る方法は?」
沈黙の中、財務官が口を開く。
「……供出です」
「供出?」
「南方諸侯から、軍を出させる」
それは、合法だった。
王国法に基づく、非常時動員。
「彼らの兵で、魔王軍を止めると?」
「止める、ではありません」
財務官は、淡々と言った。
「時間を稼ぐ」
誰もが理解する。
それが、どういう意味かを。
「……勇者殿」
宰相は、視線を向けた。
「南部防衛を、任せたい」
勇者は、すぐには答えなかった。
「……魔王軍三大将が出ていると?」
「その通りです」
「南部諸侯の兵では、持たない」
勇者の言葉は、事実だった。
「だから、あなた方が必要なのです」
その瞬間、剣聖が小さく舌打ちした。
「……中央は、動かないんだな」
「動けない」
宰相は、訂正しなかった。
「親衛隊は、王都の象徴です。
これを失えば、民心が崩れます」
「民心より、人命だろう」
聖女が、静かに言った。
宰相は、一瞬だけ目を伏せた。
「……だからこそ、勇者が必要なのです」
それは、責任の転嫁だった。
だが、同時に――
王都が選べる唯一の策でもあった。
「結論を」
宰相は、会議を締めに入る。
「防衛軍、親衛隊は王都に留置」
反論は出なかった。
「南方諸侯に、軍の供出を命じる」
誰かが、拳を握り締めた。
「勇者パーティを、南部防衛の要とする」
勇者は、目を閉じた。
逃げ場は、ない。
「……承知しました」
その声に、安堵が広がる。
「北は?」
「北方公爵家の判断に任せる」
それは、責任を切り離す言葉だった。
「教会は?」
「支援は、限定的に」
祈りと補給。
それ以上は、出ない。
会議は、終わった。
決定事項は、すぐに文書化され、封が押される。
――王都防衛優先。
――南部防衛は、地方諸侯軍および勇者に委任。
理屈は通っている。
法も守っている。
王都は、安全だ。
だが、勇者は会議室を出た後、立ち止まった。
(……まただ)
誰も、全体を見ていない。
誰も、最悪を直視していない。
南に行けば、魔王軍。
北に行けば、アレイン。
王都は、そのどちらにも向かわない。
「……行きましょう」
聖女が、小さく言った。
勇者は、頷くしかなかった。
王都は、この夜、自分たちを守る選択をした。
それが、どれほど多くのものを切り捨てたかを、
まだ理解していないまま。




