表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/134

教会の反応

聖教会の大聖堂には、夜でも人がいた。

祈る者。記録する者。沈黙を守る者。

だがその夜、中央祭壇に集められた者たちは、誰一人として祈ってはいなかった。


蝋燭の火が、静かに揺れている。

その光が照らすのは、白い大理石の床と、長机の上に置かれた一通の書簡。


王都印。

公式文書。


「……“偶然ではないと認める”」


聖教会最高位の一人、大司教エル=カリストは、その一文を低く読み上げた。

声は震えていない。だが、重さがあった。


「王都が、ようやくですか」


若い司祭が、息を詰めるように言った。


「遅すぎる」


別の老司教が、短く断じる。


教会は、最初から“知っていた”。

勇者の警告。

北方公爵家の沈黙。

そして、グランデール旧領から伸びる、消失の道筋。


それらは、最悪の形で整合していた。


「被害は、どこまで?」


「確認されているだけで、十を超えます。

 小領、交易町、男爵領……」


司祭が、言葉を詰まらせる。


「……信徒名簿が、追いついていません」


その一言が、場を沈黙させた。


信徒名簿。

それは、教会にとって“数字以上のもの”だ。

名前。家族。祈りの履歴。洗礼の日。


それが、まとめて途切れている。


「……奇跡は?」


誰かが、すがるように問う。


大司教は、首を横に振った。


「報告は、ありません。

 癒やしも、聖域も、意味を成していない」


聖属性が、機能していない。

それは、決定的だった。


「……アンデッド、なのですか?」


「違う」


エル=カリストは、ゆっくりと言った。


「アンデッドであれば、まだ救いはある」


アンデッドは、異常だが、分類できる。

浄化できる。

対処できる。


「これは……」


言葉を選び、続ける。


「死が、信仰を拒んでいる」


その表現に、司祭たちが息を呑む。


祈りが届かない。

聖句が意味を持たない。

祝福が、跳ね返される。


「……魔王軍は?」


「距離を取っています」


その報告に、誰も驚かなかった。


「でしょうね」


老司教が、目を閉じる。


「魔王軍が手を出さない存在……

 それが、何を意味するか」


誰もが理解していた。


教会の沈黙は、これまで“保留”だった。

だが、この夜、それは覚悟に変わった。


「……聖女は」


その名が出た瞬間、空気が張り詰める。


「リーナは、既に察しています」


司祭が答える。


「まだ、現地を見ていないにもかかわらず……

 “もう止められない”と」


エル=カリストは、深く頷いた。


「見なくても分かる段階に来た、ということです」


教会が頼ってきたのは、

奇跡。

祈り。

選ばれし者。


だが、今回の“それ”は――

選ばれてなどいない。


ただ、残された結果として、そこにいる。


「……王都は、我々に何を求めている?」


「調査協力と、公式声明です」


「公式声明、か……」


エル=カリストは、しばらく黙り込んだ後、言った。


「出さない」


即断だった。


「教会が声明を出した瞬間、

 人々は“神が認めた脅威”と理解する」


それは、恐慌を招く。


「……では?」


「沈黙を続ける」


それは、逃げではない。


「これは、神の領分を越えている」


その言葉に、誰も異を唱えなかった。


祈りが通じない相手に、

教会ができることは、もはや限られている。


「……覚悟を決めましょう」


エル=カリストは、静かに言った。


「これは、災厄です。

 英雄でも、魔王でもない」


名前を与えることすら、危険だ。


「聖女には、どう伝えます?」


「……正直に」


大司教は、目を閉じた。


「“神でも止められない可能性がある”と」


その夜、教会は祈らなかった。

祈りが、意味を持たないと知ってしまったからだ。


代わりに、記録を整理し、名簿を閉じ、

来るべき終わりに備え始めた。


王都が“偶然ではない”と認めたその時、

教会は一歩先で、こう結論づけていた。


――もう、始まってしまった。


止める段階は、

すでに、過去にある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ