偶然ではない
王城の会議室は、これまでより一段階だけ重い空気に包まれていた。
怒号はない。混乱もない。
あるのは、否定できなくなった事実を前にした、静かな緊張だけだ。
机の中央に広げられているのは、地図だった。
王国北部から中部にかけて。
そこに、赤い印がいくつも打たれている。
ラグナート男爵領。
エルムハイン交易町。
隣接する二つの小領。
街道沿いの宿場町。
どれも、個別に見れば「地方の不幸」で済ませられた。
だが――
「……これで、七つ目です」
財務官が、乾いた声で告げた。
「七つ?」
宰相が、眉をひそめる。
「正式に“機能停止”と判断された地方領、及び準領です。
税の徴収が不能。人口移動なし。連絡断絶」
言葉を変えれば、
人が住んでいない。
「……偶然、とは言えんか」
誰かが、ぽつりと呟いた。
これまで、王都は言い訳を積み重ねてきた。
疫病。盗賊。魔族残党。
だが、それらは“点”だった。
今、地図上には――
道筋が見えている。
「進行方向が……」
軍務官が、地図を指でなぞる。
「ほぼ一直線です。
グランデール旧領を起点に、
南東へ」
その言葉に、会議室が静まり返った。
グランデール。
処刑された英雄アレインの出身地。
封鎖され、放置され、忘れられた領。
「……関連を示す証拠は?」
宰相が問う。
「ありません」
即答だった。
「ですが……関連を否定する証拠も、ありません」
沈黙。
それは、王都にとって最悪の答えだった。
「被害規模は?」
「現時点で、推定十二万から十五万」
数字が、場を冷やす。
「軍損耗は?」
「地方軍、民兵含め、千を超えます」
それでも、誰も声を荒げなかった。
怒りを向ける先が、まだ決まっていないからだ。
「……魔族の動きは?」
「大規模侵攻の兆候なし。
魔王軍も、距離を保っているようです」
その報告に、数人が顔を見合わせた。
「……魔族ですら、動いていない?」
「はい」
それは、安心材料ではない。
不気味さだった。
「勇者は?」
「南区防衛後、王都に戻っています。
現在は待機中」
「意見は?」
「……慎重です」
その言葉に、宰相は目を閉じた。
慎重。
それは、勇者が“分からない”と言っているのと同義だ。
「……では」
宰相は、ゆっくりと口を開いた。
「本件を、どう扱う?」
誰も、すぐには答えなかった。
これを“偶然”とし続ければ、
対処は不要だ。
だが、次の被害が出た時、責任は王都に向く。
「……公式見解として」
一人の高官が、慎重に言葉を選ぶ。
「一連の地方消失は、関連性を持つ可能性がある
と、認識するべきかと」
その一文は、重かった。
偶然ではない。
つまり――
敵対的な何かが存在する。
「名称は?」
「未定です」
「原因は?」
「不明」
「指揮者は?」
「……不明」
会議室に、微かな苦笑が広がる。
敵はいる。
だが、名前も、姿も、意図も、分からない。
「……では、決定する」
宰相が、机を軽く叩いた。
「本件を、特別事案として扱う」
それは、王都が初めて、
この事態を“異常”として認めた瞬間だった。
「地方への追加調査団を派遣」
「軍の動員は?」
「……保留」
保留。
それは、何も変わらないことを意味する。
「北方公爵家には?」
「情報共有のみ」
命令ではない。
要請でもない。
「教会は?」
「……既に、動いている可能性があります」
その言葉に、宰相は小さく息を吐いた。
「……遅れたな」
誰に向けた言葉かは、分からない。
会議は、淡々と終了した。
決定事項は、書類にまとめられ、封がされる。
その表題には、こう記された。
――地方消失事案に関する調査。
まだ、名前はついていない。
だが、王都はようやく理解した。
これは、事故ではない。
偶然でもない。
始まってしまったのだ。
だが同時に、王都はまだ気づいていない。
それが、
――止められる段階を、すでに過ぎていることに。




