アレイン
城は、静かだった。
夜でも、昼でもない。時間という概念が、ここでは薄れている。
ラグナート男爵家の居城。
かつて人が笑い、命令が飛び、宴が開かれた場所。
今は、死者が沈黙のまま立ち並ぶ器にすぎない。
アレインは、玉座の間の中央に立っていた。
座る気は、ない。
あれは、人が人を統治するための形だ。
彼には、もう必要ない。
(……魔王軍……)
その言葉が、脳裏に残っている。
ゼルヴァ・アル=ディオス。
丁寧な言葉。計算された距離。
従属、地位、軍団長、領地。
どれも、意味を持たなかった。
(……理解していないのは……あいつらの方だ……)
アレインの胸に、黒い感情が沈殿していく。
怒りというより、澱だ。
濁り。消えないもの。
魔王軍。
その名を聞いた瞬間、思い出した光景がある。
――燃える畑。
――逃げ惑う領民。
――城壁の上で交錯する、王国軍と魔族。
(……来た……あいつらも……)
グランデール領。
王国の北端。
捨てられた土地。
魔族は、侵攻した。
理由など、後付けだ。資源。戦略。圧力。
結果は一つ。
領民が死んだ。
守られるはずの民が、
王国にも、魔王軍にも、数として扱われた。
(……同じだ……)
アレインの指先が、微かに震える。
怒りではない。
思い出しただけだ。
魔王軍は言った。
「王国を憎むのは理解できる」と。
(……理解……?)
笑いが、喉の奥で引きつった。
理解など、必要ない。
理解は、後から語る者の言葉だ。
死んだ者には、関係ない。
(……お前たちも……王国と同じ……)
立場が違うだけ。
旗が違うだけ。
踏みにじる側であることに、変わりはない。
従属。
組織。
指揮系統。
(……なぜ……)
アレインの思考が、冷たくなる。
(……なぜ……俺が……従う……?)
アンデッドたちが、微かに反応する。
言葉はない。
だが、意思はある。
彼らは、同じものを感じている。
魔王軍は、秩序を提示した。
だが、アレインにとって、秩序はすでに壊れている。
壊したのは、王国だ。
その過程で、魔王軍もまた、加害者だった。
(……だから……)
アレインの中で、答えは最初から決まっている。
(……どちらにも……与しない……)
手を組む理由がない。
守るものも、分け合う未来もない。
あるのは、
――壊す対象。
――取り戻せない過去。
――復讐。
(……王国を……壊す……)
それが、すべてだ。
アンデッドたちが、静かに整列する。
意思表示。
彼の思考に、完全に同調している。
(……魔王軍が……邪魔をするなら……)
その先は、言葉にしなかった。
だが、結論は同じだ。
敵か、味方か。
そんな区分は、彼の中には存在しない。
進行方向にあるかどうか。
それだけだ。
アレインは、城の高窓から外を見た。
夜明け前の空。
遠くに、次の町の灯りが、かすかに見える。
(……沈黙している……)
王都も。
教会も。
北も。
魔王軍でさえ、様子見を選んだ。
(……なら……)
沈黙は、肯定だ。
少なくとも、今は。
(……進む……)
誰にも許可を求めない。
誰とも手を組まない。
ただ、壊す。
その先に、何が生まれるかなど、
考える意味はない。
アンデッドたちが、動き出す。
次の夜に向けて。
アレインの意識の奥で、
グランデールの名が、微かに脈打った。
復活ではない。
再生でもない。
回収だ。
世界が、どれだけ沈黙しようと。
魔王軍が、どれだけ計算しようと。
彼は、止まらない。
それだけが、確定していた。




