王都での報告
――「反乱は否定されたが、危険」
王都ルミナス王城。
白亜の壁に囲まれたその最奥、外界から完全に切り離された会議室には、昼でありながら薄闇が落ちていた。高窓から差し込む光は、長卓の中央をかすめるだけで、列席者たちの顔をはっきりとは照らさない。
重厚な扉の前に立つ男――リヒャルト・フォン・ヴァイスは、一度だけ深く息を吸った。
王国監察局次官。
彼の役目は、事実を歪めず、感情を交えず、王が判断するための材料だけを差し出すことだ。
「――これより、グランデール伯アレイン・フォン・グランデールに関する報告を行います」
淡々とした声が、静寂を切り裂いた。
長卓には、宰相、軍務卿、財務卿、外務卿、そして聖教会代表である枢機卿が並ぶ。
いずれも王国の運命を左右する者たちだ。
「まず結論から申し上げます」
リヒャルトは羊皮紙を広げず、視線を上げた。
「伯爵本人に、反乱の意思は確認されませんでした」
宰相がわずかに顎を引く。
「言質は取れたのか」
「はい。王国への忠誠を明言。
また、王命に背く意図はないと、繰り返し述べています」
軍務卿が低く唸った。
「では、何が問題だ」
「――問題は、本人ではありません」
リヒャルトは一拍置いてから続ける。
「領民です」
その言葉に、空気が目に見えて張り詰めた。
「支援削減以降、グランデール領では王国への不信が急速に拡大しています。
税の取り立て、軍役、王都からの通達……それらが“当然の義務”として受け取られなくなっている」
「不満か?」
財務卿が問う。
「いいえ。不満では済みません」
リヒャルトは静かに首を振った。
「疑念です」
彼は続ける。
「彼らはこう考え始めています。
――“我々は王国に見捨てられたのではないか”と」
外務卿が眉をひそめる。
「それは感情論だろう」
「ええ。しかし感情は、時として理屈より強い」
リヒャルトの声は冷静だった。
「特に、グランデール伯は長年にわたり、魔族侵攻の防波堤として領民を守り続けてきました。
彼が前線に立ち、血を流し、町を救ったという“成功体験”が、民の記憶に深く刻まれています」
軍務卿が小さく舌打ちした。
「つまり、伯爵個人が象徴になっている、と」
「その通りです」
リヒャルトは即答した。
「彼はすでに、“王国の代行者”ではなく、
“王国に代わる守護者”として見られ始めている」
沈黙。
枢機卿がゆっくりと口を開いた。
「……信仰と同じですな。
本人が否定しようと、人は救いを求め、偶像を作る」
宰相が腕を組んだ。
「伯爵は、民を説得できるのか?」
「現時点では……難しいと判断します」
「理由は?」
「民の忠誠が、すでに“王国”ではなく“伯爵個人”に向かっているからです」
財務卿が苛立ちを隠さず言った。
「厄介な話だ。
力があり、実績があり、民望もある。
しかも本人に野心がない」
リヒャルトは静かに頷いた。
「ええ。だからこそ、制御が困難なのです」
その時、扉が開いた。
「――報告、ご苦労」
国王が入室する。
全員が立ち上がり、深く頭を垂れた。
「座れ」
王は短く命じ、玉座ではなく、長卓の一角に腰を下ろした。
「結論を聞こう」
宰相が代表して答える。
「反乱の意思は否定されました。
しかし――危険です」
王は目を細める。
「危険、とは?」
「伯爵自身ではなく、
彼を中心とした領民の結束が、王権の外側で固まりつつあります」
王はしばし沈黙し、低く呟いた。
「……英雄は、国に従う限り英雄だ」
誰も口を挟まない。
「従わぬ英雄は、火種に過ぎん」
軍務卿が慎重に言葉を選ぶ。
「現段階での武力介入は、逆効果となる恐れがあります」
「承知している」
王は即座に答えた。
「だから支援は戻さぬ」
その一言で、決定は下された。
「様子を見る」
それは猶予ではない。
試しであり、選別だった。
「もし民が動けば?」
宰相の問いに、王は一切の迷いなく答えた。
「秩序を優先する」
誰も異を唱えなかった。
王は最後に、ぽつりと呟いた。
「……彼は、民に愛されすぎた」
それは哀れみでも称賛でもない。
王としての、冷酷な評価だった。
こうしてグランデールは、
“反乱予備地”として王国の記録に刻まれた。




