詰問の使者
その使者がグランデールに到着したのは、朝霧がまだ町を覆っている時刻だった。
城門前に現れた一団は五名。
全員が王都の紋章を胸に刻み、先頭に立つ男は無駄のない装備と、感情の読み取れない表情をしていた。
「王命により参上した。
グランデール伯、アレイン・フォン・グランデールに謁見を求める」
門番の兵が一瞬、言葉に詰まる。
“王命”という言葉は、この町ではすでに重い意味を帯びていた。
応接の間。
使者の名は、リヒャルト・フォン・ヴァイス。
王都監察府に属する中級官吏であり、貴族位は男爵相当――つまり、断罪を下す権限こそないが、告発を形にする役目を担う立場だった。
「本日はお時間をいただき感謝する、伯爵」
形式通りの礼を取るその声音に、敬意はあっても温度はない。
「単刀直入に申し上げる。
グランデール領において、王国に対する反逆の兆候が報告されている」
その瞬間、室内の空気が張り詰めた。
同席していたセインが、わずかに身じろぎする。
「具体的には?」
アレインは平静を崩さずに問い返した。
「王都の支援削減を受け、領民の間に不満が広がっている。
“王は我らを見捨てた”“伯爵が王国に見切りをつけるのではないか”
――そうした言葉が、市井で囁かれていると」
リヒャルトは淡々と告げる。
「さらに、町兵の訓練強化、備蓄の増加。
これらが“反乱準備”ではないかとの疑念も出ている」
セインが思わず声を荒げた。
「それは防衛のためだ! この町は――」
「承知している」
使者は遮るように手を上げた。
「ゆえに、本日は“詰問”であって“断罪”ではない」
その言葉に、かえって冷ややかさが増す。
「伯爵。
あなたに、王国へ叛意はあるか?」
短く、逃げ場のない問い。
アレインは一拍、間を置いた。
この問いに対し、言葉を誤れば――
たとえ事実でなくとも、記録には“疑義あり”と残る。
「ない」
即答だった。
「私は王国に叛く意思はない。
この町も同じだ」
リヒャルトは無表情のまま、羊皮紙に何かを書き留める。
「では、領民を説得できるか?」
「……努力はする」
「“する”では足りない」
使者は顔を上げ、初めてアレインを正面から見据えた。
「王都が恐れているのは、伯爵個人ではない。
あなたを信奉する“民”だ」
その言葉は、刃のように正確だった。
「民があなたを選べば、王国と敵対する形になる。
たとえあなたが望まなくとも」
沈黙が落ちる。
アレインは、その重みを理解していた。
民は、彼を信じすぎている。
だからこそ、彼が王国に従う姿を示さねばならない。
「私は反乱を否定する」
アレインは静かに言った。
「町民にも、それを伝える。
王国に刃を向ける選択はしない」
リヒャルトはしばらく考えるように目を伏せ、やがて頷いた。
「承った。
本日の報告はそのまま王都へ上げる」
立ち上がり、最後に一言だけ付け加える。
「――だが伯爵。
民を“説得できなかった”場合、王都はあなたを守らない」
それは忠告ではない。
宣告だった。
使者が去った後、応接の間に残ったのは重苦しい沈黙だけだった。
「……伯爵」
セインが、かすれた声で呼ぶ。
「民は……納得しません」
「分かっている」
アレインは椅子に深く腰掛け、目を閉じた。
王都はすでに決めている。
自分が民を抑えられなければ、切り捨てる。
ならば――
(説得しなければならない)
守るために。
民を、そしてこの町を。
たとえ、その先に何が待っていようとも。




