表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/118

勇者帰還

王都の空は、まだ赤かった。


夜明けを迎えているはずなのに、

南区の上空には、焦げた煙が滞留し、

朝の光を濁らせている。


レオン・アルヴァンは、城門をくぐった瞬間、

その匂いで理解してしまった。


――遅かった。


血と煤が混じった匂い。

焼け落ちた木材と、魔力残滓の刺激臭。

それらが、王都という「帰るべき場所」を、

まるで別の都市のように変えていた。


(……守れた……のか……?)


問いは、すでに自分に向けられていない。

答えは、街の有様そのものだった。



南区は、区画として機能していなかった。

通りは瓦礫で埋まり、

かつて市場だった場所には、黒く焼け焦げた骨組みが残るだけ。


担架で運ばれる兵士。

泣き崩れる市民。

呆然と立ち尽くす者。


誰も、勇者に歓声を上げない。


それは当然だった。


勇者がいない間に、

王都は血を流した。


レオンは、馬から降りる。

足が、わずかに震えた。


戦場ではなかった。

ここは、結果だった。



王城前広場で、近衛兵が整列している。

だが、その数は明らかに少ない。


聖女リーナが、前に立っていた。

白衣は煤に汚れ、

目の下には、はっきりとした隈がある。


彼女は、レオンを見ると、

一瞬だけ、安堵の色を浮かべ――

すぐに、それを消した。


「……お帰りなさい」


その声は、優しかった。

だが、そこに「喜び」はなかった。


「……被害は……」


レオンの問いに、

リーナは、ゆっくりと首を振る。


「数字は……後ほど。

 今は……」


言葉を、続けなかった。


続けられなかった。


剣聖カイルは、少し離れた場所に立っていた。

腕を組み、表情は硬い。


「……戻ったな」


それだけだ。


叱責も、労いもない。


それが、

この状況の重さを、何よりも物語っていた。



会議室の空気は、重苦しかった。


重臣たちが並び、

王が玉座に座している。


レオンは、中央に立たされた。


報告が始まる。


魔族の侵攻。

被害状況。

防衛の失敗。


淡々と、

事実だけが積み上げられていく。


そのすべてが、

勇者不在の時間に起きた。


「……勇者レオン」


王の声が、響く。


「そなたの帰還により、

 魔族は撤退した」


事実だ。

勇者が戻ったことで、

敵は目的を果たし、去った。


「王都は、完全な壊滅を免れた」


――それも、事実だ。


「よって、そなたは

 その役割を果たしたと言える」


レオンは、何も言えなかった。


役割。

その言葉が、胸に刺さる。


(……役割は……果たした……)


だが――


「……しかし」


王の声が、わずかに低くなる。


「市民の間では、

 不満が広がっている」


ざわめき。


「なぜ、勇者は王都にいなかったのか」

「なぜ、南区は見捨てられたのか」


レオンは、唇を噛む。


(……見捨ててなど……)


だが、言葉にすれば、

それは言い訳になる。


「……王都を守るため、

 そなたを呼び戻した判断は、正しかった」


王は、そう結論づける。


「しかし――

 同時に、

 勇者が“どこにいるべきか”について、

 再考が必要だろう」


それは、

信頼の再評価を意味していた。



会議が終わった後、

レオンは一人、城内を歩いた。


兵士たちの視線が、

微妙に逸らされる。


敬意は、まだある。

だが、そこにあったはずの

無条件の信頼が、消えていた。


(……俺は……)


王都を守った。

それは、事実だ。


だが、

「勇者がいれば安心」という幻想は、

この一夜で、壊れてしまった。


聖女リーナが、後ろから声をかける。


「……あなたは、間違っていません」


レオンは、振り返らない。


「……でも……」


リーナは、言葉を探す。


「……信仰は……

 理屈では……戻らないのです」


その通りだった。


英雄とは、

結果だけで評価される存在ではない。


「そこにいてくれる」という期待を、

満たし続けなければならない。


それを、

レオンは、初めて失った。



それでも――

全てが失われたわけではない。


王都は、落ちなかった。

王は、生きている。

国は、まだある。


それらを守ったのは、

間違いなく、勇者の帰還だった。


だが――


(……あいつは……)


脳裏に浮かぶのは、

あの森の沈黙。


追わず、

責めず、

ただ、待っていた存在。


アレイン。


(……俺が戻ったことで……

 何かが……進んだ……)


確信があった。


この襲撃は、

偶然ではない。


勇者を、王都に縛り付けるための一撃。


そして――

それに応じてしまったのは、

自分自身だ。


レオンは、拳を握る。


「……次は……」


何を選ぶべきか、

まだ分からない。


だが、

もう、迷っている時間はない。


信頼を失った勇者は、

選択を誤れば、

次は「役割」すら失う。


王都の上空で、

煙が、ゆっくりと流れていく。


この国は、

まだ立っている。


だが――

確実に、傾き始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ